珍しく冬にしては暖かで晴天。この天気を逃さずほうれん草の収穫。
種類は縮みほうれん草いわゆる寒締めほうれん草だ。
肉厚で1本で普通の数倍の重さで美味だ。それを1畝、今年ラストの畑作業を終えた。
気になっている番組があった。「海に眠るダイヤモンド」だ。ビデオで視聴。
長崎の軍艦島で知られる、はしま炭鉱。史実に即した内容で今回は特に見ごたえがあった。
海底1キロでの発掘作業。気温35℃、湿度95%。
そこに8時間、海底坑道で働く。想像できない程過酷な労働だ。
1963年の昭和38年三池炭鉱の事故。458人が犠牲に839人が🈩酸化炭素中毒。炭鉱最大の事故。
そして1年後の1964年。夏の盆休暇後、その隣の県のはしま炭鉱でも事故があった。
原因は自然発火。その3日間が今回の放送で描かれていた。
これをきっかけに10年後の1974年に閉山に追い込まれていく。
当時多くの鉱山が閉山していった。福岡の筑豊、夕張炭鉱等々。
さて北の軍艦島といわれるのがわが県の松尾鉱山だ。東洋一の硫黄鉱山。
明治時代に発見。大正時代は国内の半分の生産量を誇った鉱山だ。
最盛期、雲上の楽園ともいわれ4500人の炭坑労働者がおり家族を含めると13000人が住んでいた。
石油産業に押され1969年に閉山。1972年に廃山。
処分でその家屋が焼却されていくのをカメラで撮影にいった記憶がある。
現在も4階建のAPの一部が残っている。
そして残ったのは鉱毒。
松尾鉱山から排出された赤茶色の鉱毒で北上川は茶褐色になり死の川とも言われた。
明治時代の啄木の短歌
やわらかに 柳あおめる北上の 岸辺目に見ゆ 泣けと如くに 当時は清流だった。
もし、彼が大正時代まで生きていたら、怒りに震えただろう。
明治の足尾銅山の鉱毒事件でも怒っていたのだから。
さて今は四十四田ダムもでき中和の排水処理もされ昔の清流に戻っているのだが
その費用は毎年、数億円かかる。負の遺産とも言われているのだ。
種類は縮みほうれん草いわゆる寒締めほうれん草だ。
肉厚で1本で普通の数倍の重さで美味だ。それを1畝、今年ラストの畑作業を終えた。
気になっている番組があった。「海に眠るダイヤモンド」だ。ビデオで視聴。
長崎の軍艦島で知られる、はしま炭鉱。史実に即した内容で今回は特に見ごたえがあった。
海底1キロでの発掘作業。気温35℃、湿度95%。
そこに8時間、海底坑道で働く。想像できない程過酷な労働だ。
1963年の昭和38年三池炭鉱の事故。458人が犠牲に839人が🈩酸化炭素中毒。炭鉱最大の事故。
そして1年後の1964年。夏の盆休暇後、その隣の県のはしま炭鉱でも事故があった。
原因は自然発火。その3日間が今回の放送で描かれていた。
これをきっかけに10年後の1974年に閉山に追い込まれていく。
当時多くの鉱山が閉山していった。福岡の筑豊、夕張炭鉱等々。
さて北の軍艦島といわれるのがわが県の松尾鉱山だ。東洋一の硫黄鉱山。
明治時代に発見。大正時代は国内の半分の生産量を誇った鉱山だ。
最盛期、雲上の楽園ともいわれ4500人の炭坑労働者がおり家族を含めると13000人が住んでいた。
石油産業に押され1969年に閉山。1972年に廃山。
処分でその家屋が焼却されていくのをカメラで撮影にいった記憶がある。
現在も4階建のAPの一部が残っている。
そして残ったのは鉱毒。
松尾鉱山から排出された赤茶色の鉱毒で北上川は茶褐色になり死の川とも言われた。
明治時代の啄木の短歌
やわらかに 柳あおめる北上の 岸辺目に見ゆ 泣けと如くに 当時は清流だった。
もし、彼が大正時代まで生きていたら、怒りに震えただろう。
明治の足尾銅山の鉱毒事件でも怒っていたのだから。
さて今は四十四田ダムもでき中和の排水処理もされ昔の清流に戻っているのだが
その費用は毎年、数億円かかる。負の遺産とも言われているのだ。