一法学生の記録

2014年4月に慶應大学通信部に進んだ法学生の記録である
(更新)2017年4月に神戸大学法科大学院へ進学しました。

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 事実の錯誤と違法性の錯誤(法律の錯誤) 

2016-03-05 18:47:35 | 刑法総論
 

事実の錯誤と違法性の錯誤(法律の錯誤) 

 議論のための議論であるかもしれないが、考え方を基礎づけるものさしを知らなければ、何事も是非を論ずることが困難であろう。錯誤論では、事実の錯誤と違法性の錯誤が、それぞれ全く異なる取り扱いを受ける。すなわち、事実の錯誤は故意が阻却されるが、違法性の錯誤(法律の錯誤)では影響を受けない。教科書P172~、その根拠を行為無価値を前提に説明をしているのであるが、難解に過ぎる。このため、図を描いて理解することにした。「行為規範を通じた法益保護、それ自体刑法の存在理由である」という、認識に基づけば、とうぜん違法性の錯誤をただすという意味において、問答無用で処罰されなければならない、ということだろう。

 以上
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レポート完成(^_-)-☆

2016-02-11 11:08:10 | 刑法総論
レポート完成(^_-)-☆

難解、刑法総論のレポートが仕上がった。
うまれてはじめての答案作成なので、正しく出来ているのか、分らない。
作成に要した時間は、全部で三日余り。
民総レポート作成との兼ね合いで、昨日中に終了させる予定が、
意外にも新たな論点(身分犯と事後強盗に関する)を発現してしまい、
危うく重大ミスを犯すところだったが、午前中に補充完了。
向うに戻ってから紙だしの上、提出したい。

以上
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過失犯

2016-01-17 13:29:47 | 刑法総論
過失犯

 このままのペースで勉強をしていてもおよそレポートの提出(すなわち、科目試験の受験前提)の期日には間に合わないにも関わらず(予見可能性)、勉強方法を改善(結果回避措置)しようとせず、結果としてレポート提出の期限が封切られてしまった場合は、未必の故意か、過失か???

 このばあい、レポートの提出が間に合わなくっても、まあいいやと(結果の認容)思っていれば未必の故意であり、レポートの提出が間に合わなくなる可能性が有るに留まる場合を、認識ある過失という。(maybe)

 以上
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刑法総論

2016-01-10 16:37:03 | 刑法総論
刑法総論

 ものすごい勢いで、総論の教科書を勉強している。狙いは、2月末のレポート提出(4月科目試験へのエントリー)である。

 総論の内容は、一般的な評価としては、各論を学ぶ上で必要ではあるが議論が抽象的であって苦手な人は飽きが来てしまうらしい。

 たしかに、刑法総論の総論については、犯罪論(構成要件論・違法性論・責任論・・・)及び刑罰論を、さらに抽象化した議論であって、犯罪とは何か?罪刑法定主義とは何か?を云々する議論であり、その理論的内容も去ることながら、話は歴史的経緯におよび、リストの「社会政策こそ最良の刑事政策である」という有名な言葉に代表する目的論と、刑罰は行為者の意思決定を非難するためのものであるという応報刑の理論にも学ぶものだ。

 罪刑法定主義の背後には、国家の介入から私的な領域を守ろうとする自由主義的な市民空間を確保するためであり、あるいは人民主権の立場から市民の基本的人権に関わる刑罰法規は議会を通じて民主主義的に決めなければならないという、思想が垣間見られるのである。それは、モンテスキューが行政官たる裁判官には法律を解釈する権限を持たせず、議会が(すなわち法律)そのすべてを規律し、裁判所はただ機械的に文理解釈につとめるべきだとしたのは、以上の事情がある。

 日本でもかつては応報刑論の立場から、旧刑法は400条以上にも上る詳細な刑罰が規律されていたが、次第に目的論の立場が強くなって大正デモクラシーの時代には、牧野英一など新派の主張が取り入れられたとされる。その後、世界はリヴァイアサンの脅威をもう一度体験して、応報刑論と目的論の立場を折衷した、相対的応報論の立場が現在の日本の刑事制度を支えている。
 
 以上
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