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リグレーフィールド“記者席の主”ジェローム・ホルツマン氏逝く

2008年07月22日 | Baseball/MLB

(野球史家、そしてセーブの考案者としても名高かった名野球記者ジェローム・ホルツマン氏)

 

 シカゴ・カブスの本拠地リグレーフィールドに取材で足を運ぶたびに、カブスの試合を見る以外の別の楽しみがあった。ひとつは名実況アナウンサーとして亡くなって10年以上経ったいまでも愛されているハリー・ケリーさんとお話をすること(彼は相手が日本人だと「私の名前を早口で言ってごらんというのが口癖だった。ハリー・ケリー→“ハラキリ”というわけである)。もうひとつは記者席、あるいはプレスダイニングに大黒様のように鎮座している太い眉毛が印象的な老紳士の姿を目にすることだった。

 彼の名はジェローム・ホルツマン。地元の有力紙シカゴ・サンタイムスやトリビューンで半世紀以上にわたって野球記者を務め、野球殿堂が名野球記者を表彰する、言わば記者の殿堂入りと呼ぶべき「J.G.テイラー・スピング賞」(余談だが私が所属する「野球文化學會」が制定した「野球出版・報道文化賞」はこの賞にあやかったものである)も受賞したアメリカを代表するベースボール・ライターだった。それ以上に、彼の名が多くのベースボールファンに知られているゆえんは「セーブ」を考案した業績であろう。

 1960年代にホルツマン氏によって考案された「セーブ」と、1973年からアメリカン・リーグに導入された「指名打者制度(DH制)」(A'sの名物オーナーだったチャーリー・O・フィンリーや大打者テッド・ウィリアムズらが考案者といわれている)は、今日も洋の東西を問わず、野球関係者やメディア、ファンの間で議論が絶えない制度である。ともに野球において「保守派」を自任する人たちにとっては、まさに「ベースボールという競技の根幹を覆しかねないルール改悪」であり、まあ実際ナ・リーグの試合を見ていると、確かに代打起用や選手交代の面白さはDHなしのほうが堪能できるのだが、それでもディヴィッド・オルティーズジム・トーミフランク・トーマス、そして松井秀喜(彼は結局手術を回避し、DH限定での復帰を目指すことになった。一日も早い完治を願う気持ちがある一方で、オールスター戦後追撃に転じたヤンキースの勢いを見ていると、あるいは彼にとって悲願である「ヤンキースでの世界一」はラストチャンスの可能性もあり、結局は彼自身の判断を尊重するほかない)らが抜けたア・リーグ各球団の打線を想像すると、やはりこのシステムの必要性も感じる。おそらく将来的にはケン・グリフィーJr.やAロッドもその恩恵をこうむることになるだろう(イチローはどうだろうか? 彼の性格からすると、仮に「打つだけ」の役割しか果たせなくなったら潔くユニフォームを脱ぐような気もするのだが。もちろんいつまでもパーフェクトプレーヤーとして長くプレーし続けてほしいのは言うまでもないことだ)。

 そのホルツマンさんが、現地時間19日にこの世を去った。享年81歳。1946年に兵役から「シカゴ・デイリー・ニューズ」紙に復帰して本格的に野球記者としての経歴を歩み始め、10年前からはバド・セリグ・コミッショナーからMLBの公式歴史研究者に任命されていた。

(MLB.com関連記事)
http://chicago.cubs.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20080721&content_id=3167355&vkey=news_mlb&fext=.jsp&c_id=mlb

 ホルツマンさんが考案し、1969年から野球規則に加えられたセーブ(日本では1974年から採用)は、新しいルールとしては1920年に「打点」の概念が加えられて以来のエポックメイキングな出来事だった。賛否が分かれる面はあるものの、救援投手の役割を数値・概念として明確にしたこの制度は、ベースボールという競技の発展に大きく寄与したのは間違いなく、その点でホルツマンさんの功績はスビング賞にとどまらず、クーパースタウンの殿堂にレリーフを飾られるだけの価値があると私は考えている。

 昨年の暮れには、はじめて私がメジャーリーグ取材のため渡米した際に大変お世話になった元ボストン・グローブ紙の名野球記者ラリー・ホワイトサイドさんが長いパーキンソン氏病との闘いの末旅立たれている。ホワイトサイドさんは今年遅まきながらJ.G.テイラー・スピング賞に選ばれたが、彼にヤンキースタジアムのプレスダイニングでいろいろ貴重かつ楽しいお話を伺い、さらに名野球コラムニストで私の憧れでもあるロジャー・エンジェルさんをご紹介いただいたことは、生涯の喜びでもある。

 ケリーさん、ホルツマンさんばかりでなく、メジャーリーグの球場で楽しい時間を過ごさせてもらった懐かしい人々が、この数年残念なことに何人かこの世を去っている。改めて彼らの業績に心からの敬意を表するとともに、心からご冥福を祈りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

The Jerome Holtzman Baseball Reader

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