イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

未知の世界に入る!(傾聴力 1/10)

2011-11-20 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

 学生生活に別れを告げ、新たに社会人となった日、初めて会社の門をくぐり、定められた会議室のドアを開けたときのことを思い出す。その時は人事のKさんが笑顔で迎えてくれた。

 不安な気持ちの中で、勇気を出してドアを開ける。そこから、何かが始まる。パンドラの箱を開けるように、もう引き返すことができない世界もある。

 さて、傾聴の世界も、ドアを開けて入るような感覚がある。人の話を聞くぐらいは幼いころからやっているが、傾聴は、かなり特殊である。

 ふつう、カウンセリングは50分くらいが限界といわれている。カウンセリングでなくても、生き甲斐の心理学の勉強会なども、傾聴モードで勉強していると、1時間くらいで実に疲れる。かなり集中力が要求されてるようだ。

 傾聴により、自分の想像を超えた、他人の心が響いてくる。傾聴がうまくいけばいくほど、神秘的なまでの、他人のこころの動きが入ってくる。よく、心理学の勉強で、「自分以外の他人は驚きの対象」といわれる。

 戦いのときは、同じような鎧、兜に身を固めたりするが(普通の生活では、鎧や兜、旗で済んでしまうことが多い)、生身の人は違う。生き甲斐の心理学の勉強を深めていくと、夫婦は当然であっても、親子でも友達でも、驚きの対象なのかなと思ったりする(笑)。

 ただ、驚きの対象であっても、慈しんだり愛したりすることはできる。個性の美が感じられるからだろうか。

 これから、個性とは何かも考えつつ、傾聴について述べていきたい。

 傾聴力 1/10

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「生き甲斐」はあぶりだしながら点火するもの!(信頼力 10/10)

2011-11-19 | 第五章「和解と平和」

 昨晩遅く、仕事場から帰ると、アマゾンから「職業は武装解除」(瀬谷ルミ子著 朝日新聞出版)が来ていた。NPOの仲間が、熱く絶賛していた本で、到着を楽しみにしていた。

 まだ、中途を読んでいるのだが、自己実現の三つの自問自答(①何のためにいきているか②自分をを大切にしているか③生き甲斐は何か)を深く考えるためにも素晴らしい本である。信頼力を高めたいという方にも絶好の本だ。

 さて、今日はこの「職業は武装解除」を読み触発され、「生き甲斐」についての想いを書いてみたい。他人はともかく、自分はどうか?

 「生き甲斐」は、初めは自分の中に隠れていて、はっきりわからないもの。増してや他人がわかるはずはない。そして、「生き甲斐」により命が燃えるというか、自己実現への方向に動き出す。

 今日は、「生き甲斐」でも自分のライフワークにつながるようなことに限ってみよう。こころの問題に興味があったのは、どうも小学生のころからだ。6歳の時の友達の交通事故死ということが発端かもしれない。やがて青春時代には心理学に興味をもち、実験心理学の勉強に没頭。

 ただ、それは継続することなく就職した(ただ、今考えると、この時のちょっと現実吟味の足りないような決断も、大きな意味があるように感じる)。そして、40歳台の後半、子供のこころの問題を契機に点火。U先生との出会いも大きかった。8年前に退職したのは「生き甲斐」が点火されたからかもしれない。

 「生き甲斐の心理学」は、正規の臨床心理学を学びつつ、自分の中の防衛機制で隠れている?本音を探求していく。そして、「生き甲斐」をあぶり出していく。そして、点火し(人それぞれの勇気の出し方、進路の決め方があるだろうが)、自己実現の道に少しずつでも向かう。

 今の自分を考えると、まだまだ、やることは多い。やっていないことも多い。この信頼力でも述べたが、私は元来意志力が弱い、なかなか重要なことがスタートしない。ロケットスタートの天才とは違う。しかし人生は短い、勇気をだそうではないか。

信頼力 10/10

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自分を大事にすること・・・深く考えてみよう!(信頼力 9/10)

2011-11-18 | 第五章「和解と平和」

 生き甲斐の心理学を勉強すると、自己実現の領域の勉強をする。その中で、大事な3つの自問自答があるのだが、そのうちの一つが「自分を大事にしているか?」という問いかけである。アイデンティティの問題とか、生き甲斐はなんとなくわかるが、この問いは何だろうかと以前は不思議に思った。

 通常自分を大事にするというと、健康を大事に、というように多くの人の共感を得る領域もあるが、さまざまな自分の要素を大事にするということは、だれも抵抗を感じるのではないかと思う(私もそうであった)。

 話を簡単にするために、人(自分であってもいい)はどういう要素から成り立つかと考えてみよう。さまざまな思想があるが、身体と霊魂とかの二つに分けて考えるのはポピューラなように思う。日本人も宗教はとにかく、何か死後にも魂のようなものがあると考える人が多いように思う。生き甲斐の心理学では、身体と心(成育史からなる)と魂(宗教の領域)と三分割して考えることが多い(臨床心理学の知識を大切にしているので、そうなるのはご理解いただけると思う)。

 そして、自分を大事にするとは、身体と心と魂を大事にするということになる。

 ありのままの自分を大事にする。これはどういうことなのだろうか。3つに分けて考えだすと、少し親しみ深く思索することができるようだ。

 おそらく算数の問題のような、簡単な回答はなく、きりがない自問自答になると思う。

 さて、最近、自分の成育史のことに想いをはせることが多いが、自分の歴史の中で、うきうきするような時期もあるが、その反対の思い出すも厭な時期もあるものだ。しかし、大事にするという観点で考えていくと、きれいごとの話ではなく、自分の成育史全体が自分にとって、決して完全否定すべきものでなく、何か価値があるものに見えてくることを味わっている。

 私はオセロゲームが好きで、ときどきやるが、黒が優勢の局面が、ある時、白にあっというまに変わる。こういうことが心の世界にはある。世の中の過去などの事実は変えることができないが、解釈や思想一つで、人生が変わるとことがあるというのも本当だと思う。

信頼力 9/10

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いざという時に頼りになる人!(信頼力 8/10)

2011-11-17 | 第五章「和解と平和」

 11月の初めに、パソコンのディスクがクラッシュし、その後修理から戻ってきたパソコンを前の状態に戻そうとしたときに外部ディスクまでクラッシュ。一時は、混乱感の中で茫然としていましたが、まだ混乱はあるものの何とか平和な状態になってきています。感謝・感謝です。

 さて、今回は、パソコンの問題で情報を提供してくれた方、プロのしっかりとした仕事で助けてくれたかた。何人かの方々に深く感謝しているが、いざという時に頼りになる人について、いろいろ考えさせていただいた。

 どういう人が頼りになるのだろうか?

 やはり、具体的な問題に直面しているときは、自分の役割を熟知し、できること、できないことを明確にしつつ活動する人の存在が大きい。つまり、役割を意識し実現する能力といったものであろうか。

 生き甲斐の心理学で役割の問題を考えてみると、これは、昨日の自分は何のために生きているのか?という問いと関係がある。家庭での役割、人間関係での役割、仕事での役割、生き甲斐の心理学学徒としての役割、さまざまな所属する組織での役割・・・そういうものは、結局は何のために生きているのかというアイデンティティの問題と密接に連関する。

 自分は何のために生きているのか?この問いは、浮世離れしているようで、最終的には、自分の日々の役割にまで展開してくる具体的な役割に関する問いかもしれない。

 しかし、今回外部ディスクが故障したとき、お世話になった方は、電話でしかコミュニケーションしなかったが、地味な感じだったが、実にスマートだった。その時の会話の一つひとつを思い出すと、プロとは何かが少し垣間見られるようだ。

信頼力 8/10

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何の為に生きているか?・・・この問いかけが大事!(信頼力 7/10)

2011-11-16 | 第五章「和解と平和」

 心の健康でも、あるいは悔いのない人生を目指すにせよ、やはり大事なのは自己実現の領域の問題である。

 小学生のころ、父の部屋に入って父の本棚を見ると、不思議な記号が羅列されている数学の本や、全くわからない謎の世界が広がっていた。世の中はわからないことだらけ、自分は何とちっぽけだと思った。

 こうした、劣等感や自己混乱。当時は、居心地が悪い感情であったが、ずっと後から考えると、劣等感ゆえにまじめに勉強したり、将来に対する夢をもったりでで、成長のためには良かったと思う。

 しかし、今現実に生きていると、日々様々なことが起こり、大変である。いつの間にか、大所高所の自分の方向性を見失ったり、あるいは考える意味を失ってくる。すると、大体混迷が深まり、悪い循環に入るようだ(それでも繰り返すのが私だ)。

 「何の為に生きているのか?」、こんな問いかけを、時々忘れないでしてみる(この問いかけの大切さはな臨床心理学で定説になっているようだ)。そして、できれば、お風呂に入っているときなど、リラックスしているときが良いようだ。

 この問いは浮世離れしているように見える。しかし、のんびりと自問自答していると、気がつかなかったアイデアがふと浮かんだりする。自問自答だから、他人の批判があるわけではない。自由に、本音を探ってみることが大切だ。

 だが、綺麗な回答がでてくることは、だいたい経験上少ない。それでも、オリンピックではないが、参加することに意義がある。少なくとも、こんなことはやるべきでない・・・など自分の中から回答のいったんが出てきたりする。

信頼力 7/10