この暑さのせいもあり、今日は体力の限界や老年を意識している。まあ、来年は私も65歳となり前期高齢者となるので、老年を考えて良い年なのだろう。もう一つ、昨日は広島の原爆記念日で朝から、慰霊祭や夜のNHKスペシャルも観て、あらためてこの世の悲惨さや空しさを意識したことも自らの死や老年を考える良いきっかけになったようだ。
暗い話題なようであるが、老とか死に接している人は二通りに分けられるようだ。一つのグループは恐らく思想的な柱がきちっとしていて、老や死を恐れず、感謝しつつ明るく生きる方々。そして、その反対に絶望感の中に迷い込むグループの二つだ。
思想は、私はカトリックであるが信仰を持って最後まで明るく生きた方は沢山知っている。キリスト教だけでなく、仏教や神道等を信じて明るく生きた方も沢山いらっしゃる。さらに、私の知っている筋金入りの唯物論者もあのように生きたいと思わせる方がいらっしゃる。
自分は何のために生きているのか、雲をつかむような問題で経済的合理性は全くないようでだが、その問題を深く考え意識している人は老や死に際して安定性があるように思えてならない。私も、一応クリスチャンであるが、憶病なので死や老いに対してきちっとブレず対処できるかは不安だ。さらに深めることは残された課題なのだろう。
発達心理学で有名であり、臨床心理学の分野でも大きな影響をもたらしたエリクソンは、8つの人格発達段階の最後に(61歳以降が当てはまるようだ)、知恵・自我統合性・絶望をキーワードとして挙げた。しかし、この段階でのストレス曲線である絶望感を思索した人はエリクソンだけでなく、古から、日本の伝説や神話にも沢山あるようだ。昨日と同じように、百人一首の歌と萬葉集に収められた詩歌をのぞいてみよう。
まずは、私が軽薄な中高校生だったころ、一番先に覚えた百人一首の句は小野小町の歌
花の色はうつりにけりないたづらに 我身世にふるながめせしまに
桜の花が、長雨のなかで色あせている様に、自分の容姿も衰える。それを意識する春の長雨の時。衰えても小野小町。鮮やかにきっぱりと歌っていてなかなかの名歌だ。こうした客観性を備えている小町はきっと、思想的にも柱の通った方だったに違いない。
さらに、萬葉集の高橋虫麻呂の長歌(1740)を。今日は長いのでWikipediaから引用!
春の日の 霞める時に 住吉の 岸に出で居て 釣舟の とをらふ見れば いにしへの ことぞ思ほゆる 水江の 浦島の子が 鰹釣り 鯛釣りほこり 七日まで 家にも来ずて 海境を 過ぎて漕ぎ行くに 海神の 神の娘子に たまさかに い漕ぎ向ひ 相とぶらひ 言成りしかば かき結び 常世に至り 海神の 神の宮の 内のへの 妙なる殿に たづさはり ふたり入り居て 老いもせず 死にもせずして 長き世に ありけるものを 世間の 愚か人の 我妹子に 告りて語らく しましくは 家に帰りて 父母に 事も告らひ 明日のごと 我れは来なむと 言ひければ 妹が言へらく 常世辺に また帰り来て 今のごと 逢はむとならば この櫛笥 開くなゆめと そこらくに 堅めし言を 住吉に 帰り来りて 家見れど 家も見かねて 里見れど 里も見かねて あやしみと そこに思はく 家ゆ出でて 三年の間に 垣もなく 家失せめやと この箱を 開きて見てば もとのごと 家はあらむと 玉櫛笥 少し開くに 白雲の 箱より出でて 常世辺に たなびきぬれば 立ち走り 叫び袖振り こいまろび 足ずりしつつ たちまちに 心消失せぬ 若くありし 肌も皺みぬ 黒くありし 髪も白けぬ ゆなゆなは 息さへ絶えて 後つひに 命死にける 水江の 浦島の子が 家ところ見ゆ
大意:水の江の浦島の子が7日ほど鯛や鰹を釣り帰って来ると、海と陸の境で海神(わたつみ)の娘(亀姫)と出会った。二人は語らいて結婚し、常世にある海神の宮で暮らすこととなった。3年ほど暮らし、父母にこの事を知らせたいと、海神の娘に言ったところ「これを開くな」と篋(くしげ・玉手箱のこと。もともとは化粧道具を入れるためのもの)を渡され、水江に帰ってきた。海神の宮で過ごした3年の間に家や里は無くなり、見る影もなくなっていた。箱を開ければ元の家などが戻ると思い開けたところ常世との間に白い雲がわき起こり、浦島の子は白髪の老人の様になり、ついには息絶えてしまった。
この伝説は、日本書紀等にも出ているので、日本に流布していた典型的な古からの伝説だと思うが、その起源はどのくらいであろう。調べてみるとアイルランドのオシーン伝説というのがあり、この浦島伝説と酷似しているそうだ。また、父親がアイルランド人であるラフカディオ・ハーンが浦島伝説に興味を持ったという興味ある話もある。きっと、浦島伝説の起源はかなり古い(縄文時代以前?)のではないか。
また、この話は永遠不滅の魂や、時間と共に衰え消えていく肉体、そして信じること・・・など、先にあげたエリクソンの典型的な智恵にあたるの先祖代々の知恵ではと思うのである。童話のようであり、実に老話なのかも・・・
昨日のNHKスペシャルでは原爆の中心地点で被災した少年少女について、リアルな写真をもとに説明されていた。自分の老後すら考える間もなく亡くなった御霊に対し、老後も無駄にできないとしみじみ思った。
詩歌とストレス 5/10