前回、『中庸に生きる~2~』の続き
私は嫌なことは嫌、とはっきり言うようになり、感情をプラスの感情だけではなく、マイナスの感情も出すようになった。
それで心がすっきりし、楽に生きることができるようになった。
一方で私の言動・振る舞いに周りが戸惑うようになった。
友人・知り合いをずいぶん傷つけたし私のもとを去って行った人も多かった。。。
自分本位、自分が大事
自分さえよければ良い
そんなところまで行ってしまったのだ。
自分が楽になると他人を傷つけることもある。
すると周りに人が去り
結果自分が傷つくことになる
因果応報
失って気づいた。
『中庸に生きること』
他人のために自己犠牲の精神だけで生きるのでもない
自分を守るために他人を犠牲に生きるのでもない
どちらでもない
両方大事にして生きていく生き方を今ようやく身に着けて生きている。
どうすればいいかというと一言では難しい。
一つだけ伝えたいことがある
それは
『人として正しいかどうか』
を常に判断基準にして生きることだ。
今の仕事も「利益のために」他人に犠牲を伴うことになるとその路線を変更するようにしている。
今の自分の言動・振る舞いは
『人として正しいのか?』
これを常に自問自答して生きること。
皆さんにも活用していただきたい。
ただ問題もある。
『人として正しい』
を自分ではなく他人に強要してはならない。
人は人。
私は電車で隣に座った女性が思いっきり私の腕に肘をぶつけながら化粧をしていた。
その女性に対し人として正しくないこととして注意した。
そしたら「うるせー、おやじ!」と言われてしまったのだ・・・
そこで私がむきになればこじれるだけだ。
少し前の私はむきになって自分の正しさを訴えただろう。
しかしそれがなくなった。
そういう人は悲しい人。
そう思い関わらないようになった。
まずは自分自身のこととして
『人として正しいかどうか』
判断して生きていこう。
『中庸に生きる』今の私を至誠塾を通して他の人にどんどん伝えていきたい。
問合せメールアドレス
至誠塾
heros@castle.ocn.ne.jp
私は嫌なことは嫌、とはっきり言うようになり、感情をプラスの感情だけではなく、マイナスの感情も出すようになった。
それで心がすっきりし、楽に生きることができるようになった。
一方で私の言動・振る舞いに周りが戸惑うようになった。
友人・知り合いをずいぶん傷つけたし私のもとを去って行った人も多かった。。。
自分本位、自分が大事
自分さえよければ良い
そんなところまで行ってしまったのだ。
自分が楽になると他人を傷つけることもある。
すると周りに人が去り
結果自分が傷つくことになる
因果応報
失って気づいた。
『中庸に生きること』
他人のために自己犠牲の精神だけで生きるのでもない
自分を守るために他人を犠牲に生きるのでもない
どちらでもない
両方大事にして生きていく生き方を今ようやく身に着けて生きている。
どうすればいいかというと一言では難しい。
一つだけ伝えたいことがある
それは
『人として正しいかどうか』
を常に判断基準にして生きることだ。
今の仕事も「利益のために」他人に犠牲を伴うことになるとその路線を変更するようにしている。
今の自分の言動・振る舞いは
『人として正しいのか?』
これを常に自問自答して生きること。
皆さんにも活用していただきたい。
ただ問題もある。
『人として正しい』
を自分ではなく他人に強要してはならない。
人は人。
私は電車で隣に座った女性が思いっきり私の腕に肘をぶつけながら化粧をしていた。
その女性に対し人として正しくないこととして注意した。
そしたら「うるせー、おやじ!」と言われてしまったのだ・・・
そこで私がむきになればこじれるだけだ。
少し前の私はむきになって自分の正しさを訴えただろう。
しかしそれがなくなった。
そういう人は悲しい人。
そう思い関わらないようになった。
まずは自分自身のこととして
『人として正しいかどうか』
判断して生きていこう。
『中庸に生きる』今の私を至誠塾を通して他の人にどんどん伝えていきたい。
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