+3Kの牛の如く

前に向かってひたすら歩く。
感動し、希望を胸に、明るく楽しく元気に。
大地を踏みしめて歩く。牛の如く。

不動岩巡り・山鹿市指定名勝

2010年06月14日 | 熊本県の山


させぼ卸団地「山歩き会」の例会が行われた。
今回の目的地は山鹿市内の『不動岩』。標高も389mとそれ程の高くもなく、『不動岩巡り』と案内があったのも肯けた。
今回は、入梅したばかりで天気が心配であったが、みんなの願いが通じてか曇りであったので決行となった。
とはいえ、車の中で話を聞いていると、中には、今日は雨と思って慌てて支度してきたという人、そのまま不参加となった人がいるようだ。

私はいつものように多久インターからの参加である。毎回私のためにインターを出入りして休日割引料金の恩恵をふいにしていることに申し訳なく思いながら、今日も図々しく参加した。

9時過ぎに多久インターから乗り込んだ。みんなは8時30分卸団地会館出発である。
今日の参加は9名ということだが、私が乗った車には、会長さん、白田さん、藤原さん、西山さん、今回初めての松尾さんが乗っていた。もう一台には、南里さん、松永さんご夫妻の3名が乗っているということだった。

久留米を過ぎた頃から雨が降ってきた。天気予報では雨雲は東に移動することになっていたが、「このまま降り続くのでは?」と不安がよぎった。
しかしながら、南下する方向の空が明るくなって来た。このまま行けば雨も上がるのではないかとの期待が膨らんできた。
植木・玉名インターを降りる頃は、我々の期待通り雨も上がり、薄日さえ差すほどになってきた。

10時45分出発地点の金比羅神社駐車場に着いた。
早速身支度をして、参道の階段前で集合写真を撮り、11時に階段を上り始めた。
登り口には竹の杖が沢山用意してあり、参拝客への心使いを感じた。感謝である。


階段を上がった境内には、大岩をくり抜いて石像を祀ってある「穴観音」様の社があった。


その横には、写真を撮るのを忘れたが「建立350年祭記念」「400年祭記念」の石碑が建てられていた。
更に横には、「足手荒神」の社と鳥居が建てられていた。


境内を取り巻く樹木も苔むしたものが多く、ここが神聖な場所であったことが窺われた。


気になって、帰ってから調べてみた。その結果、「石原周次」氏が「山岳信仰の山」の中で「不動岩」に関して以下のような解説をされていた。

苔むした参道を上ると金比羅神社に着く。大岩を背にしている。足手荒神、穴観音なども祀られている。金比羅神社は日露戦争の戦没者を慰霊して建立されたという。ここを整地したとき平安時代の経筒が出土した。凡導寺を中心に修験道場であったといわれる。
 不動岩は修験者が好む岩山で前不動、中不動、奥不動の岩場がある。凡導寺は平安時代以降、不動岩の不動尊を信奉する修験道場であった。近世寛文の頃(17世紀)には廃寺になったようである。

それぞれにお参りをして、境内横の登山道(参道)に進んだ。落ち葉が優しく支えてくれる気持ちいい参道である。


間もなく、不動明王が祀ってある前不動岩に着いた。


見上げるとどっしりと屹立する大岩があった。正面からは、なんとなく高さが分からないが、冒頭の横からの写真で見ると正に「屹立する」姿が分かる。


不動明王の横には、「不動岩にまつわる伝説」が記されている探勝コース案内板があった。


「不動明王」の横には展望台があって、阿蘇方面から有明海方面まで見渡せた。
下のような方位盤があった。


この方位盤を参考にした山々の紹介は、後不動岩からの写真に回したい。

この後、前不動岩と中不動岩の鞍部に登った。目の前に中不動岩から独立した岩がそそり立っていた。


その後、登山道に戻り分岐から第一展望所である中不動岩に登った。
写真のように丸木段が整備され、史跡を護る人々の熱意を感じた。


展望所から見た前不動岩と中不動の間にある大岩


背後に見える後不動岩(蒲生山)


中不動岩が展望所であり、前方は断崖である。少し下がって展望を楽しむ仲間。


展望を楽しんだ後再び後不動岩を目指した。
途中で、大岩を巻いて行く所がありその岩肌に驚いた。

これが正に「さざれ石の巌」なのか。
不動岩巡りを調べているとき、5億年以上も前の「変はんれい岩」が気の遠くなる年月をかけて崩れて海に流され、海水に洗われ丸い小石や砂(さざれ石)になり、それが海底に厚く積み重なって強い圧力を受け岩盤となり、その周囲が削り取られて出来たということが書かれていた。
その「さざれ石の巌・不動岩」を初めて目の当たりにして、自然の偉大さとパワーに感動を覚えた。

クサリ場を避けて周回路を登った。30分程歩くと蒲生山(389m)の山頂に着いた。

三等三角点があった。
山頂標識を過ぎて尾根伝いに後不動岩を目指した。遂に後不動岩の突端に着いた。
我々9名がやっとという広さで三方は絶壁である。
丁度12時を過ぎていたので、ここで昼食を取った。昼食後の一枚。


後不動岩からの眺め。金峯山(左)と三ノ岳(右)方面


雲仙岳方面(平成新山は最後まで雲の隠れていた)


多良岳方面


下山は、往路を引き返すことになったが、私と会長さんと白田さんは、クサリ場を下ってみようということで別行動を取った。
食事をした岩の下部には、ロープが渡してあった。ここまでは序の口である。


実は、この後の写真はない。何故かというと、余りにも急な傾斜のクサリ場、細くて長い岩の間を下るのに必死であったからが正直なところである。
もし挑戦されるなら、上りに使われることをお薦めする。
我々だ早いだろうと高を括っていたが、難所を下るのに時間を使って、結局みんなを待たせてしまった。
既に体験済みの南里さんは、「言わないことはない」と言いたげなしたり顔して待っていた。

「不動岩巡り」という言葉の響きに山歩きとは程遠い観光気分であったが、後不動岩までの登りや岩場歩き、さらにはクサリ場を経験すると、しっかり「山歩き」だったという達成感が湧いてきた。

低山といえども「さざれ石の巌」である屹立した岩峰、対岸まで見渡せる眺望、さらには由緒ある修験の山等々、癒しとパワーをいただいて山歩きを終えた。

帰路は、水辺プラザ「かもと」にある「湯花里」温泉に入って汗を流した。






楽しい「第26回卸団地山歩き会」が終わった。次は秋の紅葉を求めての遠征が予定されている。
帰りの車の中は、次回の話で盛り上がり、あっという間に多久インターに着いた。
「お世話になりました」「またよろしく」と別れを告げて車を見送った。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿