元外資系企業ITマネージャーの徒然なるままに

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スピノザ第四部定理67*「自由な人間は何より死について考えることがない。そして彼の知恵は、死についての省察ではなく、生きることについての省察である。」*

2017-03-02 21:47:50 | 哲学エッセイ
スピノザ第四部定理67*「自由な人間は何より死について考えることがない。そして彼の知恵は、死についての省察ではなく、生きることについての省察である。」*

司馬遼太郎著「竜馬が行く」に出てくる竜馬の死生観
「寿命ちゅうもんは天が決めるもんじゃき、生きとるうちは楽しめるだけ楽しまんといかんのじゃ」

「人の一生というのは、たかが五十年そこそこである。いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、いやしくも弱気を発してはいけない。たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ。生死は自然現象だからこれを計算に入れてはいけない」

「京の一人歩きはあぶのうございますぞ」
「わしには、天がついちょる。大事をなそうとする者にはみな天がついちょるもンじゃ」

「生きるも死ぬも、物の一表現にすぎぬ。いちいちかかずらわっておれるものか。人間、事を成すか成さぬかだけを考えておればよいとおれは思うようになった」

これは小説の世界の話であるが、全くその通りで、竜馬が言っているように前向きに生きている人は、いつやって来るのか誰にもわからない死は気にしない。どうやって生きるか?何をするか?を考える。

また、医療の発達した現代ではなかなか死なせてもらえない。昔ならとっくに老衰で死んでいただろうと思われるが、点滴や胃ろう、その他数々の手術で治る病気が増えた。
もうよっぽど身体が弱くなった時を除いて、死は考えなくても、いいのではないか?

落語の演目に「死神」があり、各人の寿命は死神が決めていて、年齢に関係無くロウソクの炎が燃えつきた時に死ぬ時。人間が、どうのこうの考える範疇を超えている。こんな物語を考える昔の噺家さんの死生観が、スピノザに近いものがったなんて凄い。

*の引用元は、スピノザ著「エチカ」中公クラッシクス、工藤喜作&斎藤博訳

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