元外資系企業ITマネージャーの徒然なるままに

日々の所感を日記のつもりで記録

プラトン著(納富信留訳)「ソクラテスの弁明」読了。 哲学の原点である「知を愛し求める営み」に、公共哲学の目的である「より良い社会を築くこと」を加えて、さらに勉強して行かねば

2021-09-19 14:43:00 | 哲学エッセイ
プラトン著(納富信留訳)「ソクラテスの弁明」読了。
哲学を志す者にとって、一番最初に読む本であった。
哲学の原点である「知を愛し求める営み」(フィロソフィアー)に、公共哲学の目的である「より良い社会を築くこと」を加えて、さらに勉強して行かねば。
#哲学 #思想 #ソクラテス #公共哲学

放送大学大学院の公共政策と公共哲学の試験合格して単位が取れた。 後期は「西洋中世史」と「美学・芸術学研究」、「道を極める」でも取ろうかと考えている。

2021-08-20 15:08:00 | 哲学エッセイ
放送大学大学院の公共政策と公共哲学の試験合格して単位が取れた。
後期は「西洋中世史」と「美学・芸術学研究」、「道を極める」でも取ろうかと考えている。
#放送大学大学院 #公共哲学 #公共政策 

國分功一郎著「はじめてのスピノザ 自由へのエチカ 私たちはまだ、「自由」を知らない」読了。

2021-08-03 09:19:00 | 哲学エッセイ
以下の定理がよくわかる。自己の喜び(コナツゥス)を最大限に上げるように生きることだ。
「無知者は、外部の諸原因から様々仕方で揺り動かされ決して精神の真の満足を享有しないばかりでなく、その上自己・神および物をほとんど意識せずに生活し、そして彼は働きを受けることをやめるや否や同時にまた存在することもやめる」(エチカ第五部 定理42の備考)

人は生きている間に何回苦笑いをするのだろうか。もしくは何回他人が苦笑いする場面に遭遇するのだろうか。私には忘れられない経験がある。

2021-07-28 10:03:09 | 哲学エッセイ
人は生きている間に何回苦笑いをするのだろうか。もしくは何回他人が苦笑いする場面に遭遇するのだろうか。きっと笑わざるを得ない場面はたくさんあると思うが、私には忘れられない経験がある。
昭和五十二年の後楽園球場での巨人と阪急の日本シリーズでの経験である。その年は阪急が強く長嶋監督率いる巨人軍は苦戦を強いられていた。球場内は超満員で外野席の後ろの通路からの立ち見である。当時の若者はみな長髪である。私も長髪をなびかせて見ていた。誰かが私のお尻を触っているような感覚がした。振り返ったら無精ひげのおっさんと目が合った。彼は私を見て苦笑いをした。初めて痴漢にあった瞬間である。くせっけ毛でパーマがかかったような長髪の私を女の子と間違えたらしい。
翻って自分が苦笑いしたことや、笑ってごまかすしかない場面はたくさんあったはずである。しかし、自分が苦笑いしたことは全然憶えていないのである。

横田南嶺著「人生を照らす禅の言葉」読了。ごくごく当たり前のことだらけの人生訓。やっぱり禅は本を読むよりも実践あるのに、実践しか悟りを開くことは出来ない。まさに実践の哲学だ。

2021-06-09 11:54:01 | 哲学エッセイ
横田南嶺著「人生を照らす禅の言葉」読了。
ごくごく当たり前のことだらけの人生訓。やっぱり禅は本を読むよりも実践あるのに、実践しか悟りを開くことは出来ない。まさに実践の哲学だ。ここが他の哲学と根本的に違うところ。まだまだ自我が抜けないから、いろいろと思い煩ってしまう。これから毎日修行して70歳までには、悟りの境地に到達したいものだ。まずは自分を捨てること、これから始めよう。
そしてなぜか?北鎌倉円覚寺派管長の横田南嶺さんに出会ってしまって、明日(6月10日)もWebセミナーを聴くのだけれど、悟りを開いたら、何故また街に戻ってきて世の為に仕事をこなすのか?を質問してみよう。世の中を少しでもよくする為にまた社会に戻って仕事をする気持ちは、その通りだが、必ずしも社会の為になるとは限らない。働くことで特定の企業の金儲けだけに貢献するかもしれない。後世から見ないと、本当にそれが社会の為に良かったことなのか、誰もわからない。