セブンイレブンの100円コーヒー、スターバックスの2000円コーヒー、「コーヒー界のアップル」ブルーボトルなど、最近コーヒー市場を巡る各企業の競争が加熱している。
『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!』の著者である永井孝尚氏によると、「コーヒー業界を巡り各社が打ち出す商品、ビジネスモデルは最新ビジネス戦略を学ぶ好材料」という。そこでコーヒーの裏側にある高度なビジネス戦略について語ってもらった。
ポテトピューレに最高級の分厚い牛ヒレとフォアグラをのせ、黒トリュフソースをかけた「牛ヒレとフォアグラのロッシーニ」。超高級フレンチレストランで1皿1万5000円はするであろう、一流シェフによる逸品だ。これがたったの1280円だとしたら、いかがだろうか。
最高級食材を使って、一流シェフが作るフレンチを、居酒屋並みの価格で――。それを実現したのが「俺のフレンチ」だ。店の外には平日の昼間から超格安でおいしい食事を求める客が絶えず行列を作っている。
運営する俺の株式会社は、今や「俺のイタリアン」「俺のスパニッシュ」「俺のやきとり」「俺の割烹」「俺のそば」「俺の焼肉」「俺の揚子江」(中華)、「俺のだし」(おでん)と多角化し、快進撃を続ける。
■原価率100%でも、なぜ儲かる?
社長の坂本孝氏の著書『俺のイタリアン 俺のフレンチ』によると、超高級フランス料理店のフード原価率18%に対して、俺のフレンチはなんと60%を超えている。原価率90%のメニューも多い。中には冒頭で紹介したように、集客目的で原価率100%を超えるメニューもある。
原価率18%と90%の違いは圧倒的だ。超高級フランス料理店で1皿3000円するメニューが、たったの600円で食べられるということだ。
とはいえ「俺のフレンチ」は慈善事業ではない。しっかりと利益を出している。その秘密が「回転数」だ。
回転数とは1日の総来店客数を、店の総席数で割ったもの。要は1日で、店のお客さんが何回入れ替わったかという数字だ。
従来の超高級フランス料理店では、1晩で4人席に3人しか座らないこともある。これだと0.75回転だ。「俺の――」では、どの店も1日3回転以上している。そのために立ち食い形式にして、狭い場所でも多くの客が入るようにし、さらに早く入れ替わるようにしている。だから一流シェフによる超高級食材を驚くような格安の価格で提供しても、十分に利益が出るのである。
このように「俺のフレンチ」は、ちまたでは大きな話題になっているが、実は今から34年前、「俺のフレンチ」とまったく同じ発想で成功した会社が、日本のコーヒー業界にあった。日本最大級のコーヒーチェーンであるドトールである。
■半額のコーヒーで4倍集客し、2倍の売り上げ!
今からさかのぼること34年の1980年。喫茶店のコーヒーは1杯300~400円が当たり前。当時の物価を考えると、毎日飲める価格ではない。そんな時代、「おいしい本格派コーヒーを、日本人に毎日飲んでほしい」と考えた人がいた。ドトール創業者の鳥羽博道社長(当時)だ。
鳥羽社長は、1970年代にパリのシャンゼリゼ通りで、出勤途中のビジネスマンが立ち飲みコーヒー店に立ち寄って、サッとコーヒーを飲んでオフィスに向かう姿を見て、「格好いいな。同じような店を日本でも作れないものか」と考えた。
しかし前述のとおり、1970年代当時の日本の喫茶店は高かった。鳥羽社長はこれを何としても変えたいと考えた。
そこで「本格コーヒーを1杯150円で出せば、毎日飲んでもらえる」と考えた。しかりビジネスなので、150円でも収益を上げなければならない。そのためにどうするか? 鳥羽社長は頭をひねった。
鳥羽社長が導き出した答えは、極めてシンプルだ。
「4倍の客に、半額の150円で提供すれば、2倍の売り上げが上がる」
すべてはここが出発点だった。
普通であれば、半額以下でコーヒーを出そうと考えると、店の賃料が安い場所で出店しようと考えがちだ。しかし鳥羽社長は逆の発想をした。4倍の客に来てもらうために、むしろ1号店は土地代が高い原宿駅前に作ることにしたのだ。
次の課題は、従来と同じ人数のスタッフで、4倍の客に対していかにサービスを提供するかだ。「とにかく頑張れ!」とハッパをかけるだけでは、すぐに限界が来るのは明らかだ。
当時の喫茶店はすべて、客席で注文を取り、従業員が席までコーヒーを運び、最後に精算するフルサービスを提供していた。ドトールコーヒーショップはこの常識に挑戦し、カウンターで注文を受けて精算し、その場でコーヒーを出すセルフサービスに切り替えた。今は当たり前になったこのセルフサービス方式を定着させたのだ。
さらに最新の自動コーヒーマシン、自動食器洗い機、自動パン焼き機を海外から調達した。これらの機械は高価だったこともあり、当時はほとんど普及していなかった。これにより少人数スタッフでもサービスを提供できるように、徹底的に省力化を図ったのだ。
そしてコーヒー豆の品質は落とさず、本格派コーヒーを追求し続けた。この結果、ドトールコーヒーショップは急成長。1000店舗を超えたのである。
しかしドトールといえども、このモデルを最初に実現した企業ではない。今からさかのぼること100年、ドトールよりもさらに先行して、世の中を大きく変えた企業がある。自動車メーカーのフォードだ。
かつて超高級品だった自動車を一般家庭に普及させるきっかけになったのが、1908年にヘンリー・フォードにより発売されたT型フォードだ。T型フォードは1927年までに、実に1500万台も生産された。
一般にヘンリー・フォードは、「大量生産の天才」とされている。組み立てラインを作ったことにより、生産コストが劇的に下がり、売価を下げることに成功。そうして、500ドルの車が何百万台も売れたと称えられている。
しかし「マーケティング界のドラッカー」と呼ばれたセオドア・レビットは、こう述べている。(出典:『T.レビット マーケティング論』セオドア・レビット著、ダイヤモンド社)
世間は決まってフォードを生産の天才としてほめるが、これは適切ではない。彼の本当の才能はマーケティングにあった。
フォードの組み立てラインによってコストが切り下げられたので売価が下がり、500ドルの車が何百万台も売れたのだ、といわれている。しかし事実は、フォードが1台500ドルの車なら何百万台も売れると考えたので、それを可能にする組み立てラインを発明したのである。
大量生産は、フォードの低価格の原因ではなく、結果なのだ。
フォードがその経営哲学を簡潔に述べた文章を紹介しよう。
「まず価格を低いところに決め、その価格で経営が成り立つよう、全員が最も効率よく働かざるをえないようにすることだ。....このように追い込まれた状況の中で、製造方法や販売方法について発見を重ねていくのであって、時間をかけてゆっくり調査研究した結果ではない」
いかがだろうか? 俺の株式会社の坂本社長、34年前のドトールの鳥羽社長、そして100年前のフォードは、業界の常識に挑戦し、価格破壊を起こして社会を大きく変えた。そして時代を超えて彼らに共通するのは、価格設定の方法論なのである。
■一見、非常識な価格設定の方法論は、王道である
世の中で一般的な価格設定の方法は、「コスト基準型価格設定」だ。
「何を作るか?→そのためのコストを見積もる→利益を乗せる→価格を決める」という順番に考える。
多くの人が当たり前に、この方法で価格を設定している。しかし、この考え方には、「その価格が顧客にとってどういう価値があるか」という視点が欠けている。
坂本社長、鳥羽社長、フォードが行ったのは、逆の考え方だ。これは「価値基準型価格設定」と呼ばれている。
最初に顧客の価値を決めたうえで、売値を決める。そこから必要な利益を差し引き、残ったコストでどのように商品を作るかを考えるのだ。
この考え方が有効なのは、消費者が高価格を強いられている市場だ。「俺のフレンチ」は超高級フランス料理店。ドトールの場合は1杯300~400円の喫茶店。フォードの場合は富裕層の持ち物だった自動車だ。
そしてより多くの消費者にその価値を享受してもらおうと考え、まず顧客価値を先に考えて価格を決定し、その価格を実現するための方法を考え抜いて、市場の「破壊と創造」を実現したのだ。
一見斬新に見える彼らのビジネスモデルだが、実は極めてオーソドックスな方法論にのっとっている。これこそが、王道であり、われわれにとって学ぶべきところが極めて多いのだ。
(撮影:今井康一)
『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!』の著者である永井孝尚氏によると、「コーヒー業界を巡り各社が打ち出す商品、ビジネスモデルは最新ビジネス戦略を学ぶ好材料」という。そこでコーヒーの裏側にある高度なビジネス戦略について語ってもらった。
ポテトピューレに最高級の分厚い牛ヒレとフォアグラをのせ、黒トリュフソースをかけた「牛ヒレとフォアグラのロッシーニ」。超高級フレンチレストランで1皿1万5000円はするであろう、一流シェフによる逸品だ。これがたったの1280円だとしたら、いかがだろうか。
最高級食材を使って、一流シェフが作るフレンチを、居酒屋並みの価格で――。それを実現したのが「俺のフレンチ」だ。店の外には平日の昼間から超格安でおいしい食事を求める客が絶えず行列を作っている。
運営する俺の株式会社は、今や「俺のイタリアン」「俺のスパニッシュ」「俺のやきとり」「俺の割烹」「俺のそば」「俺の焼肉」「俺の揚子江」(中華)、「俺のだし」(おでん)と多角化し、快進撃を続ける。
■原価率100%でも、なぜ儲かる?
社長の坂本孝氏の著書『俺のイタリアン 俺のフレンチ』によると、超高級フランス料理店のフード原価率18%に対して、俺のフレンチはなんと60%を超えている。原価率90%のメニューも多い。中には冒頭で紹介したように、集客目的で原価率100%を超えるメニューもある。
原価率18%と90%の違いは圧倒的だ。超高級フランス料理店で1皿3000円するメニューが、たったの600円で食べられるということだ。
とはいえ「俺のフレンチ」は慈善事業ではない。しっかりと利益を出している。その秘密が「回転数」だ。
回転数とは1日の総来店客数を、店の総席数で割ったもの。要は1日で、店のお客さんが何回入れ替わったかという数字だ。
従来の超高級フランス料理店では、1晩で4人席に3人しか座らないこともある。これだと0.75回転だ。「俺の――」では、どの店も1日3回転以上している。そのために立ち食い形式にして、狭い場所でも多くの客が入るようにし、さらに早く入れ替わるようにしている。だから一流シェフによる超高級食材を驚くような格安の価格で提供しても、十分に利益が出るのである。
このように「俺のフレンチ」は、ちまたでは大きな話題になっているが、実は今から34年前、「俺のフレンチ」とまったく同じ発想で成功した会社が、日本のコーヒー業界にあった。日本最大級のコーヒーチェーンであるドトールである。
■半額のコーヒーで4倍集客し、2倍の売り上げ!
今からさかのぼること34年の1980年。喫茶店のコーヒーは1杯300~400円が当たり前。当時の物価を考えると、毎日飲める価格ではない。そんな時代、「おいしい本格派コーヒーを、日本人に毎日飲んでほしい」と考えた人がいた。ドトール創業者の鳥羽博道社長(当時)だ。
鳥羽社長は、1970年代にパリのシャンゼリゼ通りで、出勤途中のビジネスマンが立ち飲みコーヒー店に立ち寄って、サッとコーヒーを飲んでオフィスに向かう姿を見て、「格好いいな。同じような店を日本でも作れないものか」と考えた。
しかし前述のとおり、1970年代当時の日本の喫茶店は高かった。鳥羽社長はこれを何としても変えたいと考えた。
そこで「本格コーヒーを1杯150円で出せば、毎日飲んでもらえる」と考えた。しかりビジネスなので、150円でも収益を上げなければならない。そのためにどうするか? 鳥羽社長は頭をひねった。
鳥羽社長が導き出した答えは、極めてシンプルだ。
「4倍の客に、半額の150円で提供すれば、2倍の売り上げが上がる」
すべてはここが出発点だった。
普通であれば、半額以下でコーヒーを出そうと考えると、店の賃料が安い場所で出店しようと考えがちだ。しかし鳥羽社長は逆の発想をした。4倍の客に来てもらうために、むしろ1号店は土地代が高い原宿駅前に作ることにしたのだ。
次の課題は、従来と同じ人数のスタッフで、4倍の客に対していかにサービスを提供するかだ。「とにかく頑張れ!」とハッパをかけるだけでは、すぐに限界が来るのは明らかだ。
当時の喫茶店はすべて、客席で注文を取り、従業員が席までコーヒーを運び、最後に精算するフルサービスを提供していた。ドトールコーヒーショップはこの常識に挑戦し、カウンターで注文を受けて精算し、その場でコーヒーを出すセルフサービスに切り替えた。今は当たり前になったこのセルフサービス方式を定着させたのだ。
さらに最新の自動コーヒーマシン、自動食器洗い機、自動パン焼き機を海外から調達した。これらの機械は高価だったこともあり、当時はほとんど普及していなかった。これにより少人数スタッフでもサービスを提供できるように、徹底的に省力化を図ったのだ。
そしてコーヒー豆の品質は落とさず、本格派コーヒーを追求し続けた。この結果、ドトールコーヒーショップは急成長。1000店舗を超えたのである。
しかしドトールといえども、このモデルを最初に実現した企業ではない。今からさかのぼること100年、ドトールよりもさらに先行して、世の中を大きく変えた企業がある。自動車メーカーのフォードだ。
かつて超高級品だった自動車を一般家庭に普及させるきっかけになったのが、1908年にヘンリー・フォードにより発売されたT型フォードだ。T型フォードは1927年までに、実に1500万台も生産された。
一般にヘンリー・フォードは、「大量生産の天才」とされている。組み立てラインを作ったことにより、生産コストが劇的に下がり、売価を下げることに成功。そうして、500ドルの車が何百万台も売れたと称えられている。
しかし「マーケティング界のドラッカー」と呼ばれたセオドア・レビットは、こう述べている。(出典:『T.レビット マーケティング論』セオドア・レビット著、ダイヤモンド社)
世間は決まってフォードを生産の天才としてほめるが、これは適切ではない。彼の本当の才能はマーケティングにあった。
フォードの組み立てラインによってコストが切り下げられたので売価が下がり、500ドルの車が何百万台も売れたのだ、といわれている。しかし事実は、フォードが1台500ドルの車なら何百万台も売れると考えたので、それを可能にする組み立てラインを発明したのである。
大量生産は、フォードの低価格の原因ではなく、結果なのだ。
フォードがその経営哲学を簡潔に述べた文章を紹介しよう。
「まず価格を低いところに決め、その価格で経営が成り立つよう、全員が最も効率よく働かざるをえないようにすることだ。....このように追い込まれた状況の中で、製造方法や販売方法について発見を重ねていくのであって、時間をかけてゆっくり調査研究した結果ではない」
いかがだろうか? 俺の株式会社の坂本社長、34年前のドトールの鳥羽社長、そして100年前のフォードは、業界の常識に挑戦し、価格破壊を起こして社会を大きく変えた。そして時代を超えて彼らに共通するのは、価格設定の方法論なのである。
■一見、非常識な価格設定の方法論は、王道である
世の中で一般的な価格設定の方法は、「コスト基準型価格設定」だ。
「何を作るか?→そのためのコストを見積もる→利益を乗せる→価格を決める」という順番に考える。
多くの人が当たり前に、この方法で価格を設定している。しかし、この考え方には、「その価格が顧客にとってどういう価値があるか」という視点が欠けている。
坂本社長、鳥羽社長、フォードが行ったのは、逆の考え方だ。これは「価値基準型価格設定」と呼ばれている。
最初に顧客の価値を決めたうえで、売値を決める。そこから必要な利益を差し引き、残ったコストでどのように商品を作るかを考えるのだ。
この考え方が有効なのは、消費者が高価格を強いられている市場だ。「俺のフレンチ」は超高級フランス料理店。ドトールの場合は1杯300~400円の喫茶店。フォードの場合は富裕層の持ち物だった自動車だ。
そしてより多くの消費者にその価値を享受してもらおうと考え、まず顧客価値を先に考えて価格を決定し、その価格を実現するための方法を考え抜いて、市場の「破壊と創造」を実現したのだ。
一見斬新に見える彼らのビジネスモデルだが、実は極めてオーソドックスな方法論にのっとっている。これこそが、王道であり、われわれにとって学ぶべきところが極めて多いのだ。
(撮影:今井康一)