人は、ふるさとびと

お帰りなさい と迎えて
下さる神様は、私達の
ふるさとなんです。

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神 わがふるさと “詩とことば” 序

2014-04-30 08:21:38 | スピリチュアル
       序文
                五井 昌久
 神は等しき人間のふるさとである。それは、
単に心のふるさとというばかりではない。
 我々本心本体を照らすふるさとなのである。

 人間というものは、光一元であり、肉体は
光を受け、つなぎ、ふりまく器であるのである。

 そして、この光は、宇宙神のみふところ
深くから放射される愛にほかならない。

 神は愛なりという言葉はこの真理を
あらわした言葉であって、千古を照らす
宇宙の万法なのである。
 だから、神をおもい、神に回帰することは、
永遠の生命につながることであるといっても
よい。

 永遠の生命は、神のみふところに流れ込む
人間の本来の相(すがた)であり、私どもは、
神をふるさととして、この地上に光をむすぶ
役割を、一人一人与えられているのである。
     昭和61年9月29日

(四)宝について(7)

2014-04-29 08:01:15 | スピリチュアル
      (前日からの続き)
 人間というのは何が大事かというと、休養
なんですね。休養を得るには、やはり自分を
見つめる心が大事なんです。ところが皆んな
自分というものがわからなくなってる訳ですよ。
 悩む自分、惑う自分、苦しい自分というのを
自分だという風につかみ間違えてしまうと、執着の
方へ行ってしまう、苦の方へ行ってしまう。
 しかし、自分というのは本当はそういうもん
じゃない。自分というのは、空っぽになって本当に
朗らかになった時に、その小さい人間の智恵なんて
ものは止まって、神様の方から、「こういう風に
すればいいんだよ」と、何も思わなくても、その
ように運命というものは作られてゆく。
 それは支配されてゆくという事ではなくて、
本当に神様と一つになった時に、朗らかな生命に
変わってゆくわけですね。ですから、その朗らかな
生命というものを、皆が心の奥に持っているんだ
ということを、ちゃんと自覚をしてね、その上に
立って世界平和の祈りをする。守護霊守護神に
祈りを捧げる。そういう中で、人間とはこういう
ものなんだと、私は人間に生まれて今は辛いけれど、
元々私というのは朗らかな生命そのものなんだと、
そういうところへ守護霊守護神が導いて下さるんだ
と、神様の導きがあるというところへ心を向けて
やってゆけば、人間というのは楽に生きることが
出来るのです。
          質問集 「宝もの」了

(四)宝について(6)

2014-04-28 06:33:39 | スピリチュアル
        (前日からの続き)
 合気道の植芝先生は、自分が宇宙だって
言ったんですね。私も宇宙だって、あの先生に
返したんです。と言うことは、宇宙というのは
競争者がいないんです。そして、人間という
ものは誰一人として例外なく、この宇宙
なんですね。本当に誰とも競争しない、誰とも
競合しない。それはもう厳然としてそこに
在る。存在そのものだとね。誰にも冒されない
誰も冒していかない。それでいてそこにキッチリ
立っていて光り輝いている。一人一人がそういう
存在なんですね。その人間の本質に気が付いて
ゆくと、楽になるんです。苦しまなくていいわけ
ですよ。苦しんでしまうと、無用な競争をしたり、
嫉妬心が起こったり、独占欲が出たりして、
そこで競争して疲れてしまって、ああ私は何で
出来ないんだろう、なんで私はこんなに
生まれついたんだろう─と思ってしまう。
 だけれども、それはなんていうか、徒労
なんですね。悩むことも一つの勉強だけれども、
そのことで振り廻されるほど人間はそんなに
小さく出来ていないんですね。
 本当は、もっともっと人間というのは朗らか
なんです。そりゃあ人の中に入れば、気を使わ
ないわけにはいけないけれど、気を使い過ぎて
クタクタになって、くたびれ切って、もう明日
から仕事するのはいやだ、生きるのはいやだ
という事になってしまうのも困るんですね。
            (翌日に続く)

(四)宝について(5)

2014-04-27 09:00:23 | スピリチュアル
       (前日からの続き)
 自分自身、こうやりたい、ああしたいとかいう
意気込みは大事だけれど、我(が)を出して
競争心が過剰になると、欲と二人連れになってね、
そのことによって執着が生まれ、その執着から
把われが出て来て、その把われがその人を離さなく
なった時に、これが苦になっていく訳ですから、
その苦にならない為には、大事なことは、
その時に、守護霊さん守護神さんよろしくお願い
します、私ガンバリますが御心にお任せします─
というような気持ちで頑張ってゆくと、これが
執着にも苦にもならない。

 ところが、やっぱり人間ですから、色々頑張っ
たのに、あっちの方が成績が良くて、私の方が
成績が悪かったというようなことに把われて
くると、純粋に頑張っていても、だんだんと
頑張れなくなってきて、夜も眠れなくなって
きてしまう。次の日に仕事に行くのに、すごい顔
して行かなくちゃならないとか、そういうことに
なってくるでしょ。それは結局何かというと、
自分の気持ちの中で頑張ればいいものを、私と
あの人とか、相手と競争しようとするからです。
              (翌日に続く)

(四)宝について(4)

2014-04-26 07:59:45 | スピリチュアル
        (前日からの続き)
 自分が体験してくるとね、神様の智恵というのは
私一人じゃなくね、色んな人に色んなかたちで
分けられている。その分けられているものを、皆が
それぞれ自分自身をいとおしんで、自分自身を
いたわって生きていく。神様から与えられた
その宝物が出て来る。自分がその宝物を
引き出すのではなくて、その宝物の方から、
その人自身を導いてくれて、その人が本当に
生き生きと生きてゆけるような所まで連れて
いってくれる訳ですよ。
              (翌日に続く)