ズッキーニの味噌煮込みBlog版

コンピュータのこと、食べ物のこと、なんでもないこと、とんでもないこと。

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視力、握力、そして体力(チャンスをつかむために)

2009年08月27日 21時04分59秒 | Weblog
まぁ、ジジイなんでね。言うことがジジ臭くなるのは勘弁してもらう。人に言われるとさすがに腹立つから、自分で言っちゃうけどね。^_^;

単なる気まぐれなんだけど、アタシの人生観の端っこを書いてみたくなった。

    *

もちろん個人的な意見だが、そう頻繁ではないもののチャンスというものは誰にでも訪れる。チャンスがまったく来ない人なんていないはずだ。逆に、「朝昼晩食前食後に三つずつ来る」という人もいない。だいたい忘れたころにポツン、という感じで来ているもんだ。感覚的には、数年に一個くらいのものかなぁ。ちっちゃなのはもっと来ているかも知れない。なんだか隕石みたいだが。


■ チャンスを見つける視力

でもオレには全然来ないよ、という人がいる。考えられる理由はふたつあって、ひとつはものすごく努力していて、し過ぎるくらいしていて、「こんなに頑張っているのにチャンスがない」と思うケース。目をつぶって頑張っているから、チャンスが見えないんだ。

もうひとつは、来ているけどそれがチャンスには見えないケース。前者に当てはまる人、つまりものすごく頑張って努力しているという人は、三年から五年くらいの間に本当にひとつもなかったか振り返ってみるといい。あったでしょ。それでも「なかった」という人も、こちらに該当する。チャンスを見つける視力がないのだ。

だいたいチャンスなんて別に「チャンス」と名札が付いているわけじゃないから、自分で見つけなければならないものだ。自分のチャンスなんだから、人が見つけてくれようはずもなく、いろんな出来事や情報の中から自分で「おっ、これがオレのチャンスだ」と見つけなければならない。

そういう視力を身につけるには、まず自分の人生に目標を持つことだ。自分が将来どうなりたいか、どう生きていきたいか、それをしっかりと見つけること。自分がどうしたいかもわからない人間に合うチャンスなんか、あるはずがない。逆にそれが見つかれば、チャンスに対する視力がグッと増す。いままでないと思っていたチャンスが、下手するとその辺にあふれかえっていることに気付くはずだ。まぁそこまで劇的じゃないがね。たとえばの話。

まずチャンスを見つけるための視力を養うこと。そのためには、自分がどうなりたいか、どう生きたいかを見つけること。


■ チャンスをつかむ握力

で、見つかったとする。見つかったら、さっそくつかまえよう。ぐずぐずしていると、隣の人が掴んじゃう。チャンスってのは「誰それさま専用」ではない。チャンスはチャンス。誰のものでもなく、つかまえた人のもの。

この辺、誤解している人が多いと思う。自分のチャンスっていうものがあるんだと思っている。そう思うから、他人がうまいことやると「なんであいつばかり」って思う。そうじゃないんだ。つかんだらそれは自分のもの。他人がつかんだらそれは他人のもの。チャンスっていうのはそういうもの。たまに視力が悪くて自分に合わないチャンスをつかんじゃうこともある。それも仕方がない。そういうものなの。だから、視力が大事なんだ。

で、チャンスの握力はどうすれば身につくかというと、一番は積極性。とにかく手を出してつかむことが必要なんだから、どうしようかと手をポケットに突っ込んだまま、腕組みしたままだと、どうしようもない。まず積極的に手を出す。

積極性とともに必要なのは、惚れ込み。これは自分のチャンスだ、これこそ自分が待ち望んでいたものだ、そういう惚れ込み。信念とかカッコのいいことを言うもんじゃない。思い込み、惚れ込みでいいんだ。

見つけたチャンスは握力でつかむこと。これだと思ったらさっと手を出し、ギュッとつかみ、もう誰にも渡さないぞ、これこそ自分のチャンスだと惚れ込むこと。


■ チャンスを実にする体力

見つけた、つかんだ。でもそれだけじゃダメなんだ。それをずっとつかんだままで、育てて行かなきゃならない。だいたい特別に視力を養わないと見えないくらい、チャンスってのはちっちゃいんだ。ビッグチャンスとか言うけど、それは視力のいい人が大きく見えるだけ。チャンスそのものはちっちゃいの。だから育てなければならない。

チャンスを大きく育てて、自分のために実を付けてくれるようになるまで、長い年月がかかる。何年かかるか、それは運。早ければ数年で実を付けるかも知れないし、10年、20年とかかるかも知れない。でもその間、絶対にそれを離さず、一所懸命に育てていけば、必ずいつかは実がなる。何年かかるか、どんな実がなるか、それはわからない。どう育てるかってことだからね。でも結果はいつか必ず出る。

せっかく見つけ、つかんでも、育てる体力がないと途中でチャンスが逃げてしまう。枯れてしまうかも知れない。だいたいみんな、体力が続かなくてせっかくつかまえたチャンスを逃してしまう。だから、体力が必要。

体力はどうすれば身につく? これはねぇ、実はチャンスをつかんだときから身についていくんだ。自然にね。事前に用意できるもんじゃない。

これだっと見つけて、手を出してつかんで惚れ込んだチャンスだ。大事にしたいよね。いつまでも離したくないよね。大きく育てて実にしたいよね。そういう気持ちは、つまりチャンスを育てる体力は、チャンスを見つけてつかんだときから身についていくんだ。逆に、「あ、これ違うわ」と思った瞬間になくなる。なくなるとチャンスは逃げていく。「これくらいでいいや」と思ったとたんに、チャンスは枯れてしまう。そういうものなの。自分が見つけてつかんだチャンスに、惚れ続けることが大事。それが体力になるの。

    *

チャンスがないってことは、ない。チャンスが目の前に来ていても、目をつぶっていたり見つける視力がないと、わからない。それだけ。見つけたらグッとつかみ、惚れ込んで、絶対に離さずに大きく育てること。

不幸にして逃してしまったら、またつぎのチャンスを見つけるまで待てばいい。来るよ、必ず。努力をしていても、していなくてもね。それは不公平って思うかも知れないけど、チャンスっていうのはそういうもんなんだって。

でも、見つけてつかんだらそこからは努力が必要だ。チャンスはゴールじゃない。よーいドンの「ドン」だから。そこから走るの。

…? それはわかったけど頭の「よーい」はなにかって? 落語の「ちはやふる」じゃないんだけどなぁ…。^_^;

それはだから、視力を養うこと。人生の目標をしっかりと定めることだよ。これが「よーい」だ。それで、チャンスを見つけたら「ドン」だ。

    *

今月の花
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「量」と「確率」

2009年08月14日 18時32分37秒 | Weblog
Twitterで遊んでたらこっちに書く意欲が盛り上がらなくなっちゃって、そろそろ存在証明しておかないと。^^;

iPhone用のアプリに「ウェザーニュースTouch」というのがあって、ウェザーニューズ社が無料で提供している。なかなかよく出来ているんだが、一番ほしい降水確率がなぜか、項目として入っていない。

週間予報だと出るんだが、一日にひとつの数字しかないのであまり役に立たない。気象庁のデータを拾っているWebサービスみたいに6時間ごとの降水確率が見られるといいのだが、、、ない。

Twitterでつぶやくとさっそく2件ツッコミがあり、1時間ごとの降水「量」予報があるんだからその方が正確だろと言われた。しかし、「量」と「確率」は意味合いが違うと思う。明日(15日)の降水「確率」は気象庁のデータを拾っている(と称している)サービスでは10/20/20/10だ。これが降水「量」(予想)だと、ずっと0mmが並んでいる。

おもしろくもなんともない。別に天気予報で面白がりたいわけではないが、つまらん。それに、これでは夫婦の会話のネタがひとつ減ってしまう。

嫁さんはアタシのiPhoneですぐに天気予報が見られることを知っているので、「明日、どう?」とよく聞く。これを受けてアタシはiPhoneでアイコンをタップして、「えーとね、朝から10/20/20/10っ」と答える。「あ、降らないね。それじゃどっか遊びにいくか」という展開がその後に待っているわけで、これが「えーとね、朝からずーっとゼロっ」では気合が入らない。別に天気予報に気合を入れてもしかたがないが、これが「30」という数字が入っていると、さまざま知恵を巡らせる。こういう場合でも降水量だとたぶん「ずーっと1っ」だ。く、く、くだらん。所詮は予報じゃないか。そんなに細かく数字を出してどうするつもりだ。えーいこのっ。

というわけで、結局「ウェザーニュースTouch」はお払い箱。こいつは(ついに「こいつ」扱いだ)起動直後は必ず全国予報が面なので、見たい札幌の天気に行き着くまでに煩わしい手順を踏まなくてはならない。その上に欲しくもない細かい数字が出るだけでは、全然楽しくない。

ちょっと探したら「そら案内」というのがあって、こいつはWebサービスではなくiPhoneネイティブのアプリ。ちゃんと降水確率が出て(「量」も出るが)、しかもGPS対応なので出先でも便利に使えそうだ。
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