歴史に学ぶ人事・経営論

横浜の社会保険労務士・行政書士関口英樹です。

人事配置の件

2022-03-12 14:03:39 | 歴史に学ぶ人事経営論
徳川家康の功臣である鳥居元忠。
家康よりも2歳年上で、
家康が竹千代と呼ばれていた頃から仕え、数多の戦いに参戦。
家康が関東に移封されると、下総国矢作城4万石を与えられた。
徳川四天王の筆頭である酒井家も下総臼井4万石なので、かなりのポジションだ。
が、しかし、彼には、特段目立った功績はない。
秀吉が没した後、家康は、会津征伐に出兵。そんな折、家康の側近が、家康に進言した。
「家康殿の留守を狙い、石田三成が決起し、挙兵することが想定されます。その際、真っ先に襲撃を受けるのは、家康殿の拠点である伏見城だと思われます。」
家康は、討ち死に必至の伏見城の留守役に、元忠を指名した。
「彼は忠臣である。幼い頃から徳川家に仕えていた元忠なら、徳川を裏切ることはないだろう。それともう一つ。
天下太平の時代となり、新たな徳川の世になれば、もはや、彼は、不要であろう。」
会津征伐の前日、家康は、伏見城に宿泊し、元忠と酒を酌み交わした。
「会津の伊達は、つわものぞろいであり、会津征伐は困難を極めるであろう。守備兵を十分に割くことはできず、申し訳ない。我が拠点である伏見城の留守を任せられるのは、そなたをおいて、他にいないのじゃ。」
「私は最後まで戦い、立派な討ち死にをする覚悟でございます。守備兵が幾万あろうとも、もはや落城は避けられません。家康殿は、少しでも多くの兵をお連れ下さい。天下取りのお力になれれば、何もございません。」
かくして家康の留守を狙い、想定通り、三成は挙兵。
三成の大軍相手に、忠臣は10数日間以上籠城し、持ちこたえた。自らの命に代えて、徳川家の繁栄と存続を実現した。
皆さんが同じ立場なら、どのような人事配置をしますか。

~中小企業の人事・法務担当~
関口総合法務事務所 社会保険労務士・行政書士
ALPHA FOLKS株式会社 代表取締役
関口 英樹

〒221-0005 神奈川県横浜市神奈川区松見町1-12-12-3F
℡&F 045-401-0842 携 帯 080-1174-9553
E-mail hide@hide2008.com https://www.hide2008.com/

関口総合法務事務所
★社会保険・就業規則等の人事労務手続
★建設・産廃・宅建・運輸等の許認可
★請負契約書・合意書等の企業法務書類
<人事・企業法務・許認可を総合的にサポート>

ALPHA FOLKS株式会社
★社外パートナー面談制度
★社外相談・通報窓口制度
・社員が抱えている課題を吸い上げたい
・芽が大きくなる前に問題を摘み取りたい
・外部には相談しづらい内容も相談・通報できる
<社外の第三者だからできることがある>

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ダイバーシティの件 | トップ | 労災保険の細目 最新版 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史に学ぶ人事経営論」カテゴリの最新記事