飛騨さるぼぼ湧水

飛騨の山奥から発信しています。少々目が悪い山猿かな?

(続)連載小説「幸福の木」 303話 魚道と堰

2022-03-26 14:57:16 | 小説の部屋

ハイハイハイハーイ、おまたせ、いやいやウクライナは大変です、震災も戦災も庶民の人々で互いに助け合って生き延びてほしいものです。
とウチの先生が祈るだけとしおらしく言ってます。
さて今回は文字数はどうなるか?はい、原稿が届きましたので、早速、小説にまいります、はい、では、開幕、開幕!

303 魚道と堰

ハナ達の乗った観覧船は小規模ながらもクルーズ船のように快適な設備がゆきとどいていた。
海や湖とは違って河を行き来するので、船底は平らになっていて、浅瀬で多少底を擦っても大丈夫な弾力構造になっていた。
船の前の甲板にはカフェテラスのようにテーブルとイスがあり周りを観覧できた。
中央には、船の両側いっぱいまで四方透明な窓の大広間があり、応接間のようなソファーや椅子があった。
そして、奥の1/3ほどは、段差のある畳床の和風の署員造りとなっていて、床の間や茶席があった。
その奥はトイレ、バス、調理室に階上の操縦室があった。
一番奥は豪華列車のようなトイレバス付きの個室となっていた。
外国の貴賓の人達は個室にいたので、ハナ達は大きな広間を自由伸び伸びと使用できた。
観覧船は鵜飼船の真横を並ぶように川下りしていたので、皆は大きな透明窓を開いて見物した。
夜の長良河の水音や夜風を感じながら、鵜匠が鵜達を操る様子を目の前に見る事ができた。
おもしろうて やがてかなしき 鵜舟かな
これは、江戸時代に有名な芭蕉が詠んだ句である。
ハナとハナナは、青い制服の女性の傍に、ずっとくっ付いていた。
「あの、それでは、話の途中だった前の質問についてお答えいたしましょう。
どうして鮎が獲り尽きてしまわないかと言う事でしたね?」
と彼女がハナに言うと、ハナはこくんとうなづいた。
「それに、天然鮎ってどうして言うのって事もよね?」
隣りのハナナが付け足した。
「そうですね、鮎は元々天然でした。ところが人間達が堰やダムを造って河をせき止めたので、鮎や五月鱒やウナギ達が上流へ遡る事ができなくなってしまいました。
この長良川にも残念ながら近年に河口に堰が造られました。
そのために一時期に全く天然鮎が獲れなくなりました。
元々、鮎達は上流で卵を産んで、ふ化した幼魚達は冬近くに河を下り海の河口で冬の間に成長します。
そして初夏から河を遡って川底の藻を食べながらどんどん大きくなって晩秋に上流で産卵します。
鵜飼は夏から秋にかけての大きく成長したばかりの鮎を獲るのです」
「えっ、それじゃ、どうしてこの川に鮎がいるの?」
ハナナが待ち切れず質問した。
「はい、それで、人間が鮎の卵を取って人工ふ化して池で鮎を養殖するようになったのです。
その養殖した稚鮎を、初夏に大量にそれぞれの河に放流するのです。ダムや堰の上流に放流された鮎達は、その後は天然鮎のように川を遡上しながら成長するのです」
「なーんだ、そう言う事なのか、だったらほとんどが養殖鮎なんだ」
とハナナが納得すると、今度はハナが、
「えっ、さっきは天然鮎って言わなかった?確かそう聞こえたけど」
と問い詰めた。
「はい、今までの話は、以前の話です。これからが現在の話になります。
この長良河も数十年前に河口堰が造られるまでは、昔から日本の本州唯一のダムの無い川として有名でした。
その頃までは、もちろん天然鮎がたくさんいて鵜飼も盛んでした。
ところが先ほどの話のように、数十年前に多くの反対運動の中、河口に堰を造ってしまったのです。
しかし、その後に環境保護や観光資源としての重要性が改めて見直され、河口堰を大改造する事になりました。
これはとても画期的な事です。
今では大改造されて、堰の三か所に大きなゆるやかな魚道が設置されました。
そのため、鮎達が昔のように遡る事ができるようになったのです」
「えっ、ぎょっ、魚道って何ですか?」
「魚道と言うのは魚達が水の流れに逆らって上流に登る道の事です。
天然の川底は岩や石でデコボコしてますから、流れが速くても川底には局部的に流れが遅い箇所があります。魚達は、そこを利用して遡るのです。
しかし人工の堰は平らな急な切り立ったコンクリート製なので、流れが遅くなる場所がありません。
もし、堰の下側を石や岩で埋めてゆるやかなスロープにすれば魚達は遡上できるのです。
そこで世界的な大英断によって、堰の数箇所にゆるやかなスロープの流れる場所を造ったのです。
そして、表面をデコボコにしたのです。すると、流れの遅くなる場所ができて魚達が遡上できるのです。
デコボコ表面には穴の空いた箱を重ね並べる方式やいろいろ工夫して鮎達や鱒達やウナギ達も遡上できるようにしたのです」
それを珍しくまじめに聞いていた太郎が、遠くから、
「へえーっ、そうなんだ、けっこう苦労したんだ、やっぱりコンクリートって奴がまずかったんだな」
と突然大声を上げた。
「そうじゃ、コンクリートって、こちらへ来てからアチコチで見るが、ワシも気に入らん、嫌いじゃ。転んだら骨を折るし、擦り無垢し、止まりそうもない、どうしてこんな変な物を作ったんじゃ」
と長老が不満を言い出した。
「全くじゃ、土なら転んでも骨を折らないし、擦り無たりしないし、すぐに止まる」
と修験者も同感だと言うように合槌を打った。
「はい、その通りですね。経済優先時代の人間達は傲慢でした、今は環境面からも今までのコンクリートの使い過ぎを見直しているところです。小さな水路もコンクリートから石積みに変えたら、メダカやホタル達がもどって来たと言う報告が多くあります」
と青い制服の彼女が説明を加えた。
「ワンワンワンワン!」
前面の甲板にいたケンが、突然吠えだした。
「あっ、暗くて見にくいが、小さな舟が近づいて来るぞ」
タタロが叫んだ。
皆がその声に暗い川に目を向けると、船頭のような着衣の男が小舟で近づいてきて、甲板の上に重そうな袋を投げ入れた。
「たった今、獲れたばかりの鮎でーす!」
と言い残して、忙しそうに去った。
「ああ、あれは獲れた鮎を配っているのです、すぐにこの船の料理人が取りに来ます」
と青い制服の彼女が言うや否や、料理人らしき男性が箱を持って出て来た。
そして、その袋を開いて覗き込んだ。
もう皆は甲板に出て取り囲んでいた。
「わーっ!」
皆の歓声が夜空に飛んだ。
料理人が袋の底を持ち上げて中身を箱に落とすと、たくさんの鮎がぬるぬると滑り落ちた。
「おお、たくさんの鮎が、美味そうじゃ、美味そうじゃ!」
長老が叫ぶと、修験者も
「ほらっ、よく見ろ!鮎達に鵜のクチバシの跡が残っているぞ、まちがいなく鵜が獲った鮎じゃ」
と鮎を素手で触っていた。
すると青い制服の彼女が、
「さあ、皆さん、これからの予定は、この鮎を料理してもらって晩餐会となります。地元産の美味しいお酒やワインも用意しております、もちろん鮎以外の美味しい料理もありますよ、そう、飛騨牛なんかも」
と皆に笑顔を向けて言った。
「わーっ!嬉しい」
ハナ達は大歓声を上げた。
「飛騨牛って、牛の肉でしょ?美味しいけど高価だとか誰か言ってたわ」
ハナナ達がいっそう盛り上がった。
ところが、それを聞いていた太郎が、突然、怒鳴った。
「待てー、鮎って言ったら、焚火で串焼きだ、決まってるじゃないか、俺は晩餐会なんて嫌だ、この鮎をもらって河原で焚火で串焼きで食べる・・、さて、どこで船から降ろしてもらうかな?」
と岸の方を見回した。
ハナ達は一時、呆然としていたが、
「止めてよ!太郎兄ちゃん、そんな事できる訳ないでしょ?ここは五万年前と違うのよ、河原には焚き木も焚き付けも無いわ。それにどうやってこの船から降りるのよ、馬鹿!」
とハナは本気で怒った。
「いや、それなら、岸近くへ飛び降りるまでだ、多少濡れても焚火で乾く。俺はもう鵜飼見物なんか飽きたから、帰りに寄って俺を乗せてくれ。俺はここで鮎を食べながら待っているからな。あっ、そうだ!ついでに酒とワインももらっていこう、いいでしょ?案内のお嬢さん?あっ、そうだ!爺さん達よ、あんた達も一緒に降りないか?一緒に飲まないか?河原に寝ころんで気楽だぜ」
と言うと、長老達も、つい一緒に行くよ!と言い出しそうな顔になった。
やはり、もう見るだけは飽きてしまったようだった。
「駄目よ、駄目よ!」
慌てたハナ達は、長老達が言い出さないように必至で駄目押しした。
すると、成り行きを黙って見守っていた料理人が言った。
「ああ、それなら、この甲板で炭火で串焼きをしたらどうですか?いつも海外のお客さん達には喜ばれますけど・・?」
と言って皆の顔を見渡した。
「・?・・」
皆はどう言う事か判らず返事が無かった。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
調理人が、甲板の上の板を押して小さな木フタを開けると、頑丈な取っ手が出てきた。
皆を離れさせ彼が、その取っ手を力まかせに引き上げると、甲板が四角く割れた。
それを滑らすように引くと、下から砂地の小さな土俵が現れた。
「おお、何じゃ、これは?」
長老達が思わずうなった。
現れたのは砂でできた小さな丸い凹んだ焚火跡だった。
調理人は、すぐに炭のたくさん入った丸い竈を持ってきて、凹部み置くと、火を付けた。
そして手早く鮎に塩を付け、竹串を射して、周りの砂地に立て始めた。
呆気にとられて見ていた太郎が、フと我に返って叫んだ。
「そっ、そんな事は俺達がやるよ、鮎焼きは俺達の方が上だ、子供の時からやっているんだ」
と料理人から串や鮎を取りあげた。
すると、背後から木花咲姫の声がした。
「あらあら、始まるのですか?鮎焼きが、それなら、あの海外の方達にも声をかけましょうね」