白黒一家

ネコ暮らし

続・卒業おめでとう

2009-03-11 05:05:16 | ロック
昨日は仕事中に一人卒業ソングを口ずさんでいたら
隣にいたモーも一緒に仰げば尊しを歌ってくれたので、
さながら卒業式のようで目が潤んでしまった。
出席したかったけどしなくて良かった。
結局私も生徒のようにピーピー泣いてしまってたんだろうなぁ。
今年卒業した子は、一人一人のかかわりがあった分、
一人一人に先生としてではなくて、ちょっとだけ先に生まれた人間として
言葉を送ってあげたい気持ちが強かったなぁ。
去年卒業した面子は、ブーたれるかもしれないけど(笑)
また違った趣があって去年はおめでとうって笑って言えたけど
今年はおめでとうって笑っている自信がない感じ。(笑)

私は実際、学校という職場に仕事で向かうけれど
先生ではないんだよね。よく何の仕事をしてるの?って生徒に聞かれ
「雑用」と答えるけれど、まぁその答えがピッタリだと思ってるし
生徒に対して授業をするわけでもない。
それでも、今年の子達は私の事を先生って呼んでくれた。
その出来事は大きくて、(別に先生って呼ばれたいわけでもないけどさ)
私は一体、この子達に何をしてあげれるのかと思えたよ。
ある娘には先生って呼ばないでよって言った事もあるし、自分自身が
そんな風に呼ばれていいのかさえ考える時期もあった。
学校ってとっても、狭くて窮屈で教えて貰える事って
社会で無難に過ごしていく方法みたいに私には思えて・・・
もちろん担任の先生方もそんな窮屈に生徒を押し込めたい訳じゃなく
デモ、身につけておかなければ後々苦労して失敗する事があるから
親心のように教えてくれる。
ただ、私にはソレが窮屈だし、モノをツクルって夢を持って
生きていこうとする若者に信じ込ませていいのかと・・・
いつも密かに思っているのです。
就職で悩んでいた若者にも、就職しなければ・・・と諭す担任の先生を
横に「就職しなくてもいいんじゃない?」なんて言葉を発した事もある。
飛び出て見なきゃわからないこともある。
ただそれには苦労と貧乏がついてくる。
苦労と貧乏の中で夢を忘れ潰れていく人がほとんどだと思う。
(何度も言うがソレを知ってるからこそ、担任の先生達は口うるさく
言ってくれるのだ。)
それでも、自分自身の成長は安定したプールの中より
波の激しい海の方がきっと泳ぎもその時にあった泳ぎが出来るようになる。

何でも良いよ。自分の感情に流されて立ち止まってもいい。
仕事が嫌で辞めてもいい。
何でも良いよ。
でも、自分がやりたい事に対して諦めずに夢を捨てずにいて欲しい。
別に何を夢にしたって構わない。
おなかいっぱいお寿司を食べることがささやかな夢でも。

学校を卒業して社会に出たら、流されそうになるでしょう。
自分の夢も希望も流されそうになるでしょう。
自分の属する小さな社会に流されそうになって疑問に思ったら
メールを下さい。私もない頭で一緒に考えます。
健ちゃんはいつも、私の事を「反社会的先生」と呼んでました。
それが私はとっても嬉しかったです。

卒業おめでとう。