今日は 機関区根繰りではなく 多久駅で写した西唐津機関区の9600形をアップします。
当時唐津線には 厳木越えの難所が存在し 貨物列車には9600形の補機が付き 二輌の9600で勾配を押し上げていました。
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1973年3月某日撮影 唐津線 多久~厳木 9600形牽引 後補機付き貨物列車
次の補機運用に備え 多久駅で待機する9600形機関車。
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多久駅で停車中の49621号機
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大きなデフレクターに化粧煙突の美しい 西唐津機関区の49621号機。
夜の久保田駅で待機する9600形機関車。
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1973年3月某日撮影 長崎本線 久保田駅 9600形 29692号機
ブルートレイン全盛の時代 この頃は 全国で夜行急行や普通列車が運転されていて 門司港駅から日豊本線経由の鹿児島行
521レ 鹿児島本線人吉を経て肥薩線・吉都線経由の都城行1121レ 長崎本線を経て肥前山口分割運転の長崎・佐世保行の
1421レと 貧乏撮り鉄にはとても有難い普通夜行列車が運転されていて 夜になると三脚・カメラ持参の班の姿が集まり始め そ
れぞれの目的に合った列車に乗り込み 西に南に向かって散って行くのが普通でした 私もガラガラの車内で適当なボックスを
占領し 発車を待ったのがつい先日の様に思い出されます。