折々のうま-当たらぬでもなし

泉下で涙する杉浦 千畝

週刊文春「和田 誠」が体現する“日本の閉塞感”

2023年05月02日 00時00分44秒 | 文化

週刊誌の表紙は既視感の代名詞と言っても、大げさではないだろう。

きれいどころの女優やモデル、男性だったら時の人、

あるいは無難なイラストである。

なかでも、週刊文春は特異な経過をたどっており、

2019年の没後今日に至るまで、和田 誠のイラストで通している。

 

「文春砲」と言われる社会を賑わす際どい記事が増えてきた週刊文春にとって、

表紙の絵のおかげでかろうじて品性を保ち、ロゴを見なくても週刊文春だと分かるから

(Wikipedia)

これを惰性と言わずして何であろう。

思わず黒田 日本銀行 前総裁を思い浮かべてしまった。

次世代のクリエーターの育成を放棄した週刊文春。

「怠惰の公器」と化した週刊文春は、いつまで、和田 誠の表紙を続けるのだろうか。

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