(写真は薬王院本堂)
薬王院
元吉田町682
本堂は国の重要文化財で、その美しさは見るだけの価値があります。近くにある吉田神社の神宮寺だったそうです。十二神将像はパリで行われた日本の美術展に展示されたそうです。
仏性寺
栗崎町1984
本堂の国の重要文化財八角堂は、H26/3修復復元されました。
六地蔵寺
六反田町767
シダレザクラで有名です。根来塗布薩盥(ねごろぬりさつたらい)4点は国指定重要文化財です。旧法宝蔵から明治42年小判30枚が発見され、徳川光圀が修理費として納めたものとわかったそうです。
祇園寺
八幡町11-69
徳川光圀の招請した明の心越禅師(しんえつぜんじ)が開山だそうです。ドウダンツツジが見事です。中村彝、山村暮鳥、山田みのるの墓、諸生党の慰霊碑があります。
常照寺
元吉田町2723
徳川光圀が敬峰和尚を水戸に迎えて建立しようとしたそうですが、はたさないまま光圀が亡くなってしまったそうです。そのため、以前から現在地にあった別の寺の建物を引き継いで敬峰が開山となり、常照寺が創建されたそうです。茨城では非常に数少ない臨済宗大徳寺派の寺院だそうです。
光台寺
上水戸3-1-39
浄土宗のお寺で、はじめ並松町にあり、徳川光圀の命で今の地へ移されたそうです。斉昭の改革で破却され、明治12年に再建されたそうです。寺内には彰考館総裁・吉弘菊潭、明治の小説家・菊池幽芳の墓があります。
中原不動尊
中原町786
もと東光院という寺院だったそうですが、明治20年代に廃寺となり、残った不動堂が、現在、中原区の管理となっているそうです。不動堂及び宮殿は市指定文化財です。
二十三夜尊桂岸寺
松本町13-19
水戸藩の付家老(つけがろう)であった中山備前守信正(のぶまさ)を供養するために、養継子(信正の弟)の信治(のぶはる)が建てた寺だそうです。「霜月三夜は逃げても詣れ」といわれているそうです。徳川光圀がその庭を好んで、保和苑という名をつけたそうです。真言宗です。
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