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岡崎城(愛知県岡崎市)へ行って来ました!

2011年05月23日 01時00分00秒 | イベント・外出
<月曜はお勧めなおはなし>

 愛知県岡崎市にある岡崎城へ行って来ました!

 岡崎城は、徳川家康が1542年12月26日に生まれた場所で、その後6歳で織田信秀の人質として尾張へ、8歳から今川義元の人質として駿府へ行きましたが、1560年の桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に敗れたことを契機に、徳川家康はこの岡崎城に戻り、拠点として自立しました。

 1570年に浜松城へ移るまで、この岡崎城が徳川家康の本拠地です。

1570年からは嫡男信康が岡崎城主となり、1579年に信康が自刃したあとは、重臣の石川数正、本多重次が城代となり、1590年に徳川家が関東へ移されると、秀吉の家臣である田中吉政が城主となったようです。

 徳川家康が江戸に幕府を開いてからは、譜代大名が城主となったようです。

 明治維新を迎えると、1873~1874年にかけて取り壊されますが、1959年に、ほぼ昔どおりの外観の天守閣が復元されました。3層5階建ての鉄筋コンクリート製とのことです。

 岡崎城は、岡崎公園内にあります。岡崎公園案内図は以下の写真の通りです。

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↑岡崎公園案内図


岡崎城は、立派な天守閣ですが、そんなに大きい訳ではありません。掛川城や浜松城と同じぐらいでしょうか。

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↑岡崎城

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↑違う角度での岡崎城


入館料200円を支払って入ります。2Fから4Fが資料館となっていて、5Fが展望台です。

以下の写真のように岡崎城の歴史があります。明治時代の始めに天守閣が解体されているんですね。

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↑岡崎城の歴史


それから、岡崎城のジオラマもあります。かなり立派です。

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↑岡崎城のジオラマ


それから、東海道五十三次の紹介もありました。

ここ浜松は、城下町であると共に、「そのにぎわいは駿府(静岡市)につぐべし」といわれるほどの宿場町だったようです。

宿場の中心伝馬町には、参勤交代の大名が宿泊する本陣・脇本陣のほか、大小百十数軒ほどの旅籠・木賃宿が軒を連ねていたようです。

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↑東海道五十三次の案内


5Fの展望台に上がると、三河平野が広がっていました。

天気がよくて、景色がいいです!!

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↑展望台西側風景


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↑展望台南側風景


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↑展望台東側風景


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↑展望台北側風景


岡崎城はとてもオススメです!!


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