現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える


愛知県出身のスポーツ選手

2014-08-27 08:34:20 | 虚無僧日記
愛知県出身のスポーツ選手。ネットで調べたら、いやはや何百人もいて
数え切れない。愛知県はスポーツ王国だそうだ。
 
柔道では
  • 吉田秀彦(1992年バルセロナ五輪男子78Kg級金メダリスト):大府市
  • 谷本歩実(2004年アテネ五輪 2008年北京五輪 女子63キロ級金メダリスト):安城市
  • 谷本育実(2007年ベルギー国際柔道大会、女子63kg級優勝):安城市

 陸上

フィギュアスケート

  • 浅田舞(姉):名古屋市
  • 浅田真央(妹)(バンクーバーオリンピック銀メダリスト。世界選手権、全日本選手権4連覇、世界ジュニア 優勝等):名古屋市
  • 安藤美姫(世界選手権、スケートアメリカ、全日本選手権2連覇、世界ジュニア 優勝等):名古屋市
  • 伊藤みどり(アルベールビル冬季五輪銀メダリスト、世界選手権 優勝、全日本選手権8連覇等、日本人初の「フィギュアスケート国際殿堂」入り):名古屋市
コメント

新ヤワラちゃん「近藤亜美」って、えぇぇぇ!?

2014-08-27 08:04:25 | 虚無僧日記

近藤亜美が金 新YAWARAちゃん誕生(日刊スポーツ) - goo ニュース

  「“勝っちゃった、勝っちゃった”で 決勝まで行っちゃった」と、無邪気に

飛び跳ねる “新ヤワラちゃん” こと 「近藤亜美」さん。19歳で、柔道・

世界選手権に初出場で 優勝、金メダルの快挙!。10代での優勝は、

田村亮子(現姓谷)、前田桂子(現姓手島)に次いで 3人目 とか。

 

今朝、毎朝行く喫茶店で、常連客がスポーツ新聞を広げ、「近藤亜美」さんの

ことで沸いていた。なんと、毎朝のように見えている方が、「近藤亜美」さんの

祖母と ご両親でした。 皆から 「おめでとう、おめでとう!」の祝福。

「亜美」さんも、高校生の頃、この喫茶店に 来たことがあるとか。

この喫茶店に集まる人は、有名人が いっぱい。 (私もその一人??)

身近に、こういう人が出ると、自分まで “ガンバロウ” と元気が出る。

名古屋は、こうして有名人と 身近に会える。住むには、ほんとに

手ごろな広さだ。

コメント

「山本権八・三郎」と並んで「山室鉄蔵」の名が

2014-08-25 21:20:30 | わが家のこと

ネットでみつけました。「福島県史料情報」第35号(平成25年2月25日発行)

『旧会藩士戦死名簿・貫属士族名簿』
(福島県神社庁文書553号)と題された若松県作成の公文書。


『旧会藩士戦死名簿』は、明治2年に若松県の戸籍係によって
会津藩関係の戦死者 2,634人が書き上げられたもので、
その内訳は、男 2,390人、女201人、農兵43人。

氏名はイロハ順に士・卒別に分けられ、戊辰戦争時の所属・
役職および続柄なども記されている。

ネットにアップされているページは、『八重の桜』に因んで、
「八重」の父「山本権八」と、弟の「山本三郎」が載っている。

弟の「三郎」は、「諸生組」に属し、慶応4年(1868)1月5日、
鳥羽・伏見の戦いで負傷し、船で江戸に送られ、芝の会津藩
中屋敷で亡くなった。

父の「山本権八」は『八重の桜』でも描かれていました。
会津藩玄武士中「伊与田隊」に所属し、9月17日、城の南の
門田一ノ堰の戦いで戦死しています。

そしてその隣りに、私の母方の「山室鉄蔵」の名がありました。
「鉄蔵」は9月8日、飯寺で負傷し、10月27日南原の病院で歿。
(36歳)。なんと母は「牧原」より嫁いでいました。
右のページには「山川大蔵の妻」としか書かれていませんが、
『八重の桜』で爆弾の火を消そうとして爆死した「登勢」です。


また、たぶん次ページに載っているでしょう。「山室清治」は
玄武士中・伊与田隊に属し、9月17日の一之堰の戦いで戦死(58歳)。

そう「八重」の父「山本権八」と一緒の隊で、共に戦死したの
でした。

コメント

8月23日は、白虎隊自刃の日

2014-08-25 21:03:59 | 会津藩のこと

毎年書いてますので、やはり今年も書きましょう。

8月23日は、会津人にとって忘れることのできない日です。

一昨年でしたか、ラジオの「今日は何の日」で 「白虎隊自刃の日」と

取り上げられたり、カレンダーにも書いてあったりで、 「へぇ~」と

思ったものでした。歴史的事件で、一般に 日にちまで記憶されているのは

せいぜい「三月三日の桜田門外の変」ぐらいでしょう。

それが「会津が降伏した日」でもなく、西軍が城下に攻め込んだ日

として 未だに とりあげられるとは稀有なことです。

「8月23日」は、当家にとっても 先祖の弔いの日です。

本家の最長老、隠居の「牧原一郎(63歳)」と その弟の「奇平(61歳)」、

さらに甥の「源八郎(18歳)」は、「容保」公の供をして滝沢本陣に向かいます。

猪苗代陥落の知らせに、白虎士中二番隊とともに、「牧原奇平」は、僧侶や

神主、山伏、相撲の力士等を かり集めて「戸の口原」に向かいます。

それに甥の「源八郎」も従いました。しかし、大砲と鉄砲には敵うべくもなく、

みな敗走してしまい、「奇平」は責任をとって強清水で自刃します。

「源八郎」は、腕を撃たれますが、叔父の最期に立会い(介錯したか?)、

北会津の新田家まで帰りつき、そこに匿われて、命をつなぎました。

私の直接の先祖です。


そして「奇兵」の兄、「牧原一郎」は、「容保」公が滝沢本陣から城に

退却する際、「老いの身、足手まといになっては」と、首をかき切るのですが、

殿様から「君、あわて はやまるなかれ」と諭され、殿様の護衛をしながら

甲賀口郭門横の自邸まで戻り、しばし防戦。力尽きて孫の「豊四郎」に

介錯してもらい果てました。

(孫が祖父の首を切り落とす、現代なら猟奇事件です)。


以前の年末時代劇 『白虎隊』では、牧原邸の隣人「井上丘隅」を
森繁久弥が演じ感動でした。「井上丘隅」は「神保雪」の実父です。
ドラマ『白虎隊』では「井上丘隅」は最後まで生き残りますが、
事実は、「甲賀町口」で子供たちを連れて防戦し、牧原一郎と
ともに自害して果てます。

■土佐藩士「氷室隼人」の手記に「この時の戦に、七十歳ばかりの
老人 槍を引っ提げ躍り出て、味方の一人を刺し、引き込む槍の
石突で他の一人の腰を突いたので、遂に鉄砲で撃ち倒した。

それと同時に十四、五歳の少年が 槍を構えて手向かって来たので、
其奴を生け捕れ、生け捕れと叫んだが、またぞろ一人が刺されたので、
鉄砲で射殺した。

その夜は 酒の宴に その少年の首を大皿に乗せ、“愉快極まる
この夜の酒宴、中にますらお美少年”と歌って、一同、大いに
酒を飲みほした」と。その少年というのが、門番役 佐藤與左衛門
(74歳)の孫の「勝之助」十四歳であった。

この話は、NHKの『八重の桜』では さすが カットされましたな。

コメント

1300年も昔にも、柴又に「寅」さんが

2014-08-25 21:02:42 | 虚無僧日記

(昨年書いたブログの再掲です)


「瘋癲(ふうてん)」という語は、虚無僧が宗祖と仰ぐ
普化禅師につけられたあだ名でした。師の指示にも従わない
ヤンチャな「普化(プーケ)」ですが、それでいて真理を突いている。

中日新聞に今『寅さんのことば』として「佐藤利明」氏の寄稿。6/28。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

東大寺正倉院に遺る『下総国葛飾郡大嶋郡の戸籍』。
養老5年(721)に、なんと「嶋俣(しままた)の里」に
姓は「孔王部(あなほべ)」名を「刀良(とら)」。その
弟に「小刀良」。「小」は次男を意味するので、まさに
「寅次郎」。「柴又の寅次郎」は、1,300年前の日本最古の
戸籍にもあったというのです。さらに「佐久良売(さくらめ)」と
いう女性の名も。

「山田洋次」は、それを知って名づけたのでしょうか。

ところで、『男はつらいよ』1980年(S55)第26作の
冒頭。寅さんが観る夢。なんと寅さんが虚無僧になって
飢饉で苦しむ葛飾村にやってくる。そして悪代官を
やっつけるというストーリー。虚無僧は“善者”として
描かれているとはうれしい。

コメント

「寅さん」ファンの集い

2014-08-25 20:09:34 | テレビ・映画・芸能人

「KEIKO」さんのライブを企画したのは、伏見白川の

居酒屋「結(ゆい)」のママさん。水商売の女将さんには

見えない、普通の女性。 その“たよりなさ”が、多くの人を

惹きつける魅力になっている。

その店で、毎月? 「寅さん」のファンの集いがあるとの

ことで行ってみた。 20人も入れば  いっぱい。狭い店だが

常連さんもいっぱい。新参者の私も、すぐに受け入れてくれる

ホットな仲間たち。「寅さん」をこよなく愛する人たちだからか。

 

その日のDVDでの鑑賞は、「寅さんシリーズ、第19作目」、

『男はつらいよ、寅次郎と殿様』

なんと、往年の時代劇大スター「嵐 寛寿郎」が特別ゲスト出演。

その執事役に「三木のり平」。この二人が実にいい味を出している。

「嵐寛寿郎」は、愛媛県大洲の殿様の子孫。今でも町の人は

「殿様、殿様」と 敬意を払っている。言葉にも態度にも 時代錯誤な

殿様は、やはり「嵐寛寿郎」でなければ、勤まらない。

 

さて、冒頭、久しぶりに柴又の家に帰ってきた寅次郎が、すぐ

家族とひと悶着を起こす。家で飼われていた犬の名が「トラ」。

みんなが「トラ、トラ」と呼び捨てにすることが 気にいらない。

腹を立てる寅次郎に、「定職も無く、結婚もせず、フラフラ遊び

歩いて、金も無い、そんな生活をしているから、バカにされるんだ。

悔しかったら、まともな人間になれ!」と 皆から叱責される寅。

 

おぉ、耳が痛い私。そうだ虚無僧の祖は「フウテンの普化」。

「普化」は「フウテン」の元祖でござった。

親の顔に泥を塗り、妹にまでバカにされ、親戚一同に 顔向け

できない私。 まったく“男はつらいよ” は 私のこと。

でも 世間ずれしたところは 「嵐寛」 演じる 「お殿様」の気品と

風格もあると自負している私でござるよ。

 

 

 

コメント

映画 『飢餓海峡』

2014-08-25 19:03:16 | テレビ・映画・芸能人

水上勉原作の『飢餓海峡』。1965年に映画化。

私を夢中にさせ、3回も観た映画だ。
 
事件は、昭和29年。まだまだ続く戦後の混乱期。多くの人が
貧しく、食ベものにも、愛にも飢えていた時代だった。 
 
冒頭に「洞爺丸の遭難事件」。台風で連絡線が沈没し、
その遺体が浜辺に打ち上げられる凄惨なシーン。重苦しく
地を這うような重厚さ。これは、わざわざモノクロの16mm
フイルムで撮影して、粒子を荒くし、戦後のニユース映画のように
仕立てたとか。「内田吐夢」のこだわりに驚かされる。
 
遺体回収のドサクサに紛れて、放火・殺人。強盗を犯した
犬飼多吉(三國連太郎)が小舟を奪って、津軽海峡を渡る。
漂着したところが「仏が浜」。 善と悪、天国と地獄。飢餓と
人間の心の闇、すべてを暗示させる。
 
そして一夜を明かした売春宿で 娼婦「杉戸八重」に 大金を
渡す。これが後に仇(あだ)となる。切ってあげた足の爪を
後生大事に持ち続けて、男を慕う女、八重を演じた「左幸子」。
主演の「三國連太郎」の凄み。犯人を追い続ける刑事に
「伴淳三郎」。この三人の役に「代われる者はいない」と
多くの人が絶賛。
 
水上勉の『飢餓海峡』は、松本清張の『砂の器』、内田康夫の
『平家伝説殺人事件』のモチーフになっているが、重厚さで
一ランク引き離している。日本映画のトップにくるような作品と
私は思っている。
コメント

KEIKOさんのライブ「飢餓海峡」

2014-08-25 18:37:46 | 虚無僧日記

癌と闘いながら、歌で、同病の方に勇気を与えようと、

がんばってる「KEIKO」さんのライブありました。

「名古屋観光ホテル」の一室で、舞台、客席、音響、

照明を本格的に設定して。ホテルとしても「初めての

試み」とか。観客100人ぐらいと見込んでいたのが、

160人。超満席の大盛況。 

KEIKOさん自身も、多くの人に支えられて、また

それを喜びにして、笑顔と幸せを 周りの人にふりまく。

なんとステキなことよ。

 

第一部は、なんと 『飢餓海峡』。 原作「水上勉」。

薄幸な女性「杉戸八重」の一人語り。その合間々々で

「石川さゆり」の『飢餓海峡』を歌う。

KEIKOさんは青森県出身。ステキなお顔に似合わず

津軽弁はお得意。「八重」の語り口は、“地”まるだしで。

悲しい話なのに、目は笑っている不思議な感覚。

「まあ、 えがったことオ~」。

私も10月26日 『一休語り』。語りの合間に尺八です。

多いに参考になりました。

 

 

コメント

ご無沙汰しました。ブログ再開です

2014-08-25 18:30:40 | 虚無僧日記

東京に行っている間、ブログ更新できませんでした。

それでも、毎日300件以上のアクセスがあり、

開いていただいた方には、申し訳なく、また感謝です。

さてさて、母につきあって、一日ボケ~とテレビを

見続けるばかりで、私的には、何もご報告すべき

こともありませんが、福知山や広島では水害、

山崩れで大変なことになって、心痛みます。

 

コメント

ブログ お休みです

2014-08-18 14:19:45 | 虚無僧日記

18日 今日から、21日(木)まで、東京に行ってきます。

コメント