平成の虚無僧一路の日記

平成の世を虚無僧で生きる一路の日記


尺八を吹く羅漢様

2020-01-03 07:15:38 | 私の尺八遍歴

 京都嵯峨野の奥の「愛宕念仏寺」に行ってきました。
「愛宕」と書いて「おたぎ」と読みます。

「化野(あだしの)の念仏寺」は有名ですが、そこより
ずっと奥、清滝トンネルの手前。京都駅から清滝行きの
バスに乗って1時間ですから、ここまで訪れる人は
少ないようです。

「行けば、驚きます。絶対行くべきです」と天の声に
誘われて行ってきました。

行って初めて知りました。先代住職は、彫刻家として
知られる「西村公朝師」。西村師も躊躇するほど
荒れた寺だったのを、寺の復興のために、参詣者
みずから羅漢像を彫ることを企画。昭和56年頃から
スタートし、今やその数1200体とか。

その羅漢像が、ひとつひとつ個性的で愉快なのです。
テニスのラケットやカセットテープをもった羅漢。
笑ったり、泣いたり。そしてありました、尺八を吹く
羅漢様の像が2体も。これを作った人は尺八の
愛好家だったのでしょうか。

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福沢楡吉の孫「堀井小二朗」

2019-04-04 08:39:20 | 私の尺八遍歴

昭和40年代に「日本音楽集団」や「尺八三本会」が
邦楽界の最先端を行き、それを学生達が熱烈支持
したのは、安保反対の学生運動と無関係では
ありませんでした。私は“右寄り”でしたが、
因習的な邦楽界、家元制度への反発もありました。

「堀井小二朗」師は「福沢諭吉」の次男「捨次郎」の
妾腹の子でしたが、「福沢楡吉」の孫たちの中で
一番「福沢諭吉」に 顔が似ていました。「福沢楡吉」が
「封建制度は親の仇でござる」といい、西洋の文物を
日本に紹介し、因習を否定し、啓蒙を図ったように、
「堀井小二朗」師は、邦楽界の改革を行った人でした。

まず、「音程もリズムもデタラメな尺八界」をなんとか
しなければと、尺八の楽器としての改良を目ざしました。
チューナーなど無い時代ですから、製管師は耳だけが
頼りで、音律など合わない尺八がほとんどでした。

箏の会などに尺八家が伴奏で呼ばれていきますが、
所詮尺八家は“素人の旦那衆”ですから、“先生、先生”と
チヤホヤされますが、「御祝」を持参して出させて
いただく立場でした。堀井師は「私は“音楽家”
ですから、演奏で食べていますので」と、ギャラを
要求したのです。すると筝曲界では「なんてお金に
汚い人だ」という噂が広まり、三曲界からも干されて
しまったのです。

堀井師が「演奏家ですから演奏料をください」と
云ってくれたおかげで、今日の尺八家が「演奏料」を
いただけるようになったのです。

私も昔、ある箏の会から「3万円でいいですか」と
いわれて、てっきりギャラだと思ってOKしたら、
当日「出演料(会費)」として3万円を請求され、
真っ青になったことがありました。そんな時代
だったのです。

堀井師は「家元制度」と「免状制度」も否定して
いました。年数だけで、調弦もロクにできない、
歌も歌えない人が、箏の師範免状をもらっている
のはおかしい。洋楽の世界にはそんなものは無いと
いうのです。

ですから、私も、学生の頃は「家元制度 粉砕」を
叫んでいました。今、この歳になると「家元制度は
邦楽家の老後の生活ために必要なもの」との理解を
示しています。

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『青い目の人形』

2019-01-10 20:42:15 | 私の尺八遍歴

『青い眼の人形』は、『赤い靴』同様、野口雨情作詞、
本居長世作曲で 1921年に発表された童謡。


 青い眼をした
お人形は
アメリカ生れの
セルロイド

日本の港へ
ついたとき
一杯涙を
うかべてた

わたしは言葉が
わからない
迷ひ子になつたら
なんとせう

やさしい日本の
嬢ちやんよ
仲よく遊んで
やつとくれ


1927年(昭和2年)緊張高まる日米の友好の架け橋になればと、
米国人宣教師のシドニー・ギューリック氏の提案で、12,739体の
人形が日本に贈られてきた。仲介者は渋沢栄一であった。
この人形は、全国各地の幼稚園・小学校に配られて歓迎された。

その「青い目の人形」の多くは、太平洋戦争中、“敵性人形”と
して焼却処分されてしまったが、今323体が現存しているそうだ。

童謡の『青い目の人形』は、このアメリカから贈られてきた人形の
ことかと思っていたら、これまた とんでもはっぷん。野口雨情作詞、
本居長世作曲で発表されたのは、6年遡り、1921年のことだった。

この歌がアメリカでも歌われ、それがギューリック氏の心を動かし、
「日本に人形を贈ろうという提案につながったのでは」という
推測もある。

10年ほど前、京都、嵐山の西、清滝を旅していて、廃業となった
旅館の2階ガラス窓を見ると、「青い目のフランス人形」が
空ろな目で外を見つめているのにでくわして、ぎょっとした
ことがあった。その後、訪ねた時はもう建物もろとも無くなっていた。


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ネプチューン氏のおかげで

2016-10-02 20:54:16 | 私の尺八遍歴

ネプチユーン氏の『青風』『四人乗り』『五足十三和
十八』などのレッスンを受けていて、難しいフレーズで
「とても無理、できない」とあきらめかけていても、
彼は「大じょうぶ、大じょうぶ、できる。できるヨォ」と、
励ましてくれ、帰る頃にはできるようになっているのです。
1レッスン1万円以上でしたが、それはもうそのくらいの
価値あるレッスンでした。

常にプラス志向。人の悪口や批判は絶対に言わない。
陽気なネプチューンさんに接して、それまで“ネクラ”
だった私は、180度生き方が変わり、それで今日が
あるのです。

ネプチューン氏は、1年に何回かは、ヨーロッパ、東南
アジアの国々で公演をし、尺八を世界に広めてくれました。
彼の尺八を聞いて、尺八を習いたいという外人が、ぞくぞくと
日本に来ました。そして彼を訪ねていくのですが、彼は
忙しいことを理由に、私を紹介してくれたのです。

それで、一時は20人ほどの外国人に尺八を教えていました。

それがまた、視野を広げることになりました。50年前、
私が尺八を始めた頃は、『尺八独習』というテキストに
「尺八は日本人の誇り、不器用に外国人には絶対に吹けない」
なんて書いてあったものですが、50年で、今や尺八は
すっかり「国際的」になり、プロの数は外国人の方が
多いくらいです。技術的にも、日本人をはるかに凌駕して
います。

「回転すし」も、今はイギリスの会社が世界を席捲して
いるとか。日本人が考えもつかないような「ネタ」や
デザインで、ワンパターンの日本は劣勢に立たされています。

尺八も、やたら権威付けているうちに、すっかり外国の
楽器になってしまったようです。

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エンターテイナーのネプチューン氏

2016-10-02 20:53:52 | 私の尺八遍歴

ジョン海山ネプチューンはエンターテイナーです。

尺八を逆にして管尻からでも吹きます。
「はい“逆八”ね」。横にして裏孔に口を当て、
横笛のようにも吹きます。「これ横八」。
管尻を叩いて「叩く八」。歌口から数cmだけの
「ミニ尺八」でも曲を吹いてしまいます。
「後ろの人見えますか?、あとでミニきてね」

さらにトロンボーンのような構造の「スライド尺八」。
8孔でドレミファソラシドの音階にした「ドレミ八」。
尺八を吹きながら声も出す。倍音も出す、重音も
出す。とにかく神業のような超絶技巧とジョークで、
観客を虜(とりこ)にしてしまいます。

私の「9孔尺八」を見せると、「は~い、急孔!
エクスプレス、早く吹けていいね」。それでいて
指使いの早さでは私の方が負けるのです。

中継ぎをはずして上下二本に別けてみせ「は~い、
日本(二本)の楽器ですから」と笑いをとる。

変拍子などのリズムがとれないと「勘はあかんよ」。
甲乙を間違えると、「甲(カン)は、アカ~ン」

この曲は『六段』、私は『尺八“ごじょう段(冗談)』。


NHKで「アマチュア・ビデオ・コンテスト」と
いうのがありました。私は、それまでに撮りためていた
ネプチューンさんの「面白映像」とインタビューを
編集して応募し「ドキュメンタリー賞」に輝きました。

「審査結果発表」の時のディレクターが、なんと
「神」氏でした。古典尺八の大御所「神如道」の
息子さんで、現在は、NHKを退職し「神如正」
として、一門を率いている方です。これも不思議な
“ご縁”でした。

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「ジョン海山ネプチューン」に学んだこと

2016-10-02 20:53:23 | 私の尺八遍歴

私は、ネプチューン氏のライブやコンサートは大抵
観にいきました。そのパワー、メロデイの美しさ、
超絶技巧にすっかり魅了されたのです。

ある時、コンサートで、最前列に、尺八家が数人
陣取っていました。腕組みをして苦虫を噛み潰した
ような顔でじっと、にらみつけるような目で観て
いるのです。プログラムが一通り終わって、鳴り
止まぬ拍手で、これからアンコールという時、
最前列の数人の“おっさん達”が立ち上がり、
「フン、あんなの尺八じゃないや」と、周りに
聞こえよがしに捨てゼリフを残して 出ていきました。

尺八家の大半はそんな人たちです。自分が習った
師匠の尺八しか認めないのです。ネプチューン氏の
コンサートに来る観客は、尺八家以外の人ばかり
です。尺八家で、彼に師事したのは、私以外に
3人だけでした。

まずネプチューンの尺八からして、普通の尺八と
違うのです。手孔の位置を下げ、手孔の直径が
1.5mmもあります。ですから大きな音が出せるし、
メリ音も楽に出ます。日本人は、旧来の製管法に
こだわり、手孔の位置や大きさを変えるという
発想がありません。

ある時、テレビ局の取材で、私も京都までお供を
しました。テレビ局のディレクターは、あくまで
「変な外人が、日本の伝統文化に憧れて、尺八を
習っている」という取り上げ方しかしようと
しません。彼に紋付袴を着せて、南禅寺で、庭石の
上に座らせて尺八の古典を吹かせる。「はい、石の
上にも3年ネ」。私がコメントを求められて、
「彼のすごいのは、尺八を完全に自分のものとして
しまって、尺八の可能性を格段に広げてくれたこと
です」と言ったのですが、全部カットされてしまい
ました。
あくまで、伝統芸能を習っている立場でなければ
ならなかったのです。

ある番組では、生放送で、ネプチューン氏は冒頭で
「サテンドール」というジャズの曲を吹いたのですが、
司会者は、尺八で吹く曲はすべて日本の古典との
思い込みで、ジャズの曲とは知らず、「ネプチューン
さんは、尺八でジャズもお吹きになるんですね。今度
また機会がありましたら、ぜひジャズの曲を聞かせて
ください」と。ネプチューン氏は「はぁ?」と目を白黒。
「ボク 今吹きましたよォ」と。

日本人の思い込みの強さには、あきれるばかりです。



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「ジョン海山ネプチューン」との出会い

2016-10-02 20:52:54 | 私の尺八遍歴

1980年(昭和55)、アメリカ人の尺八奏者、ジョン海山
ネプチューンのアルバム『バンブー』が、文化庁の
芸術祭(レコード部門)で「優秀賞」を受賞したことは
大変な衝撃でした。アメリカ人のレコードが「文化庁
の芸術祭優秀賞」とは何ごとかと、クレームもたくさん
あったように聞きます。

それは、尺八であって尺八でない。彼のオリジナル曲
ばかりでした。「尺八でこんな音が出せるのか、こんな
曲が吹けるのか」とビックリするほど、彼は尺八の
可能性を大きく広げてくれたのです。

それは、伝統にしばられる日本人には不可能なこと
でした。即刻、私はネプチューンに尺八を習うことに
しました。

彼のレッスンは、日本人にとっては斬新で、目から鱗
でした。まず最初はロングトーン。ロツレチを一音ずつ
10秒クレッシェンド、10秒デ・クレッシェンドで20秒。
それを3回ですから1分のロングトーンです。私は一回
20秒がやっとでした。また、一音を8秒、4秒、2秒と
短くしていき、ロツレチハロツレチハヒを徹底的に
練習するのです。考えてみれば、ピアノを習いにいけば、
ドレミファソラシドを毎日何度も弾くわけですから、
「そういう基礎練習が尺八の指導に無いことがおかしい」と
彼は言います。音出しの基礎練習だけで、30分じっくり
やります。彼の音は、側にいると耳をつんざくほどの
パワーです。目一杯の音量を出して練習すると、喉が
焼けるように痛くなってきます。

それから、ドミソミド、レファラソミといったフレーズを
徹底的に練習します。ネプチューンさんは、コードや
フレーズを書いた ぶ厚いテキストを見せてくれ、
「これを500回ずつ吹いた」と言います。働いている人は
一日8時間は仕事しているわけだから、尺八のプロなら
1日8時間吹くのは当然でしょう」と。

私は、ネプチューンさんより尺八歴では10年先輩ですが、
練習量は一日平均したら10分も無いでしょう。練習量の
トータルでは、完全に彼に追い抜かれています。その差が
技量に現れるのは当然でした。


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モスクワの邦楽事情

2013-12-13 03:51:52 | 私の尺八遍歴
モスクワには過去2回行っている。詩吟の尺八伴奏で
付いていったので、旅行手続きなどは すべておまかせだった。

モスクワの「チャイコスキー音楽院」に「民俗音楽学部」が
あり、学生やOBが箏、三絃、尺八に親しんでいる。
地歌の『茶音頭』『吾妻獅子』や『今小町』など古曲や
尺八の本曲まで演奏するのには驚いた。

邦楽は日本では廃れても、ロシアに生き続けるかもしれない。

モスクワには、尺八の愛好家が数人いて、彼ら(女性が半数)
から熱烈な歓迎を受けた。その一人がサーシャ。彼は もう
「音楽院」を卒業して、モスクワで「尺八教室」を開いている。
黒の紋付袴だけでなく白の紋付や着物、虚無僧用具一式も
揃えている。尺八の製管師もロシアにいるようで、超長管から
短管までいろいろ持っている。


ロシアでは、柔道、合気道、空手がすごい人気。私が
行った時も、柔道の試合で、なんとプーチンが実演?
していた。

ぶっそうな国だから、男女問わず子供の頃から習わせて
いるのか。女性だからと侮ると、いきなり“廻し蹴り”を
くらいそうだ。合気道や空手、といっても日本とは
ちょっと違う。日本は“静=間”を重んじる。しかし
ロシアは のべつくまなく 飛んだり跳ねたり、バクテン
したり、めまぐるしく動くスポーツ。

瞑想(メディテーション)もブームで、その一環として
長管尺八での“海童道々曲”が好まれているようだ。
しかし、やたらと“ムラ息”を多様する。

日本人の尺八家のCDや尺八譜はたいてい 揃っている。
「あなたの『雲井獅子』は、誰々のと どこどこが違う」
などと、実によく研究しているからおそれいる。


2回目に行った時は、FMラジオに出演を依頼された。
「一人で2時間 尺八本曲を吹いてくれ」という。
ラジオだが、広い録音スタジオに200名ほどの観客。
中には「シベリアから3日も車を走らせて 聞きにきた」と
いう人。日本のアニメのコスプレを着た女の子もいて
流暢な日本語で挨拶された。「どこで覚えたのか」と
訊いたら、「アニメを見て覚えた」とのこと。


さてさて、行ってみないと どこで 何を演奏させられるのか
全く判らない国。

箏のKさんが、「10月にモスクワに行ったら、あなたの
ポスターが貼ってがありましたよ」と、知らせてくれた。
12月23日「日本の心」というタイトルで 私の尺八独演会が
あることだけは確かのよう。その他にもライブや講習会が
あるようだが、何の連絡もない。

全く、行ってみなければ わからない国。でも、これって
実に“虚無僧”らしい生き方。行き当たりばったり。
“明にも暗にも柔軟に対応する”虚無僧の私でなければ、
この仕事は無理でしょ。
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8/31 オールトヨタ詩吟大会

2013-09-01 20:45:49 | 私の尺八遍歴
8/31 は「オール・トヨタ詩吟大会」。トヨタ自動車、
豊田織機、アイシン、デンソーなどトヨタ・グループ各社の
詩吟愛好家の「懇親一吟会」。といってもOBばかり。
現役は ほんの数名。

出吟者は、なんと155人。これだけの大会は 近年 稀れ。
朝9時半から4時半まで、正味6時間。午後5時からは懇親会。

さすが、トヨタ・マン。詩吟のレベルは高い。そして、
会場の設営から進行、懇親会まで、各人がみごとな行動を
みせ、予定通りきっちり。お見事。感心する。

最近は詩吟をやる人も減少の一途。それに加えて、どこも
CDカラオケ伴奏を使うから。尺八伴奏の仕事も激減。

鈴花も箏の伴奏の腕をあげた。箏は、一吟ごとにその人の声の
高さに合わせて、13の柱(じ)を全部動かし、調絃変えを
しなければならない。それに要する時間は わずか 15秒。

尺八と箏の伴奏は“最高”、と思うのだが、出番が無いのが
ザンネン。



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安物買いの銭失い

2013-08-20 11:12:18 | 私の尺八遍歴
ヤフオクで「絽(ろ)の紋付」5着 1,000円で落札。
夏場に紋付を着ることなどめったに無いのだが、
なんぞの時のためにと買い求めた。

今日、品物が到着。わくわくしながら開いてみたら、
ガ~ン、全部「女物」。男女の別まで考え及ばす。

古布のパッチワークなどに入用な方に差し上げます。

以前、「絽の僧衣」を入手したら、一日でボロボロに。
「講演」を終えて帰る頃には「破れ衣に破れ笠」の
一休さんになってしもうた。

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