虚無僧集団が金科玉条として振りかざす『慶長の御掟書』は、原本は
存在せず、『写し』が20以上もあるようです。私は全部は確認して
いませんが、短いのは 6項目、多いのは 20項目もの条文になっており、
ひとつとして同じ文章のものはないというものです。中には正反対の
記述になっているのもあるとか。
一例を挙げてみます。
一 虚無僧の儀は、勇士浪人一時の隠れ家となし、守護入れざるの宗門。
よりて天下の家臣諸士の席、定め置くべきの条、その意を得べき事。
(虚無僧は、勇士が浪人となって一時の隠れ家であり、幕府の警察権の
及ばない宗教団体である。従って虚無僧は武士と同じ資格を持つものと
定められていることを 理解せよ)
一 虚無僧、諸国行脚の節、疑わしき者見掛け候ときは、早速召し捕らえ、
その所へ留め置き、国領はその役人へ相渡し、地領代官所はその村役人へ
相渡し申すべき事。
(虚無僧は、諸国行脚の際に、疑わしい者を見つけた時は、捕まえて
役人に引き渡す任務と権限を持つ。これがいわゆる「公儀御用」の
役目をもつというもの)
一 虚無僧の儀は、勇士の兼帯なる為、自然 敵(かたき)など相尋ね候旅行、
托鉢に障り、むつかしき儀 出来候節は、その子細を相改め、本寺まで
申し達すべく候。本寺に於いて相済まざる儀は、早速、江戸奉行所へ告げ
来るべき事。
(虚無僧は敵討ちのために旅行していることもあるので、托鉢に際して
無礼な振る舞いを受けた時は、虚無僧の本寺へ申し伝え、それで
解決しなければ江戸奉行所へ訴えてよし)
一 虚無僧止宿は、諸寺院あるいは駅宿の役所へ旅宿いたすべき事。
(虚無僧は諸寺院や駅宿の役所へ宿泊すること。宿に泊まらずとも
寺院や役所は無料で宿泊させよということでしょうか。民家に泊める
ことは国法=藩の決めごとで禁じられていました)
一 虚無僧の法冠は猥(みだ)りに取るべからざるものと、万端心得べき事。
(虚無僧の法冠=天蓋は、みだりに取ってはいけない。逆に言えば、
顔を隠して天下を通行できる)
一 尋ね者申し付け候節は、宗門諸流、丹誠をぬき抽んずべき事。
(幕府がお尋ね者を捜す仕事を命じた時は、虚無僧諸流派は誠意を持って
励むこと。これも「公儀御用」。ここから「虚無僧は公儀隠密」などと
言われているのですが、幕末になって、幕府から「そのようなことを
いっているようだが、けしからん。仏道修行に専念すべし」と
お叱りをうけています)
一 虚無僧、敵討ち申したき者これあるは、吟味を遂げ、兼ねて
本寺に断り、本寺より訴え出すべき事。
(虚無僧で、敵討ちをしたい者があれば、本寺に許可を申し出ること。)
一 諸士血刀を提げて寺内に駆け込み、願を依る者は、その起本を
問うて抱え置くべし。もし弁舌を以て申し掠める者これ有らば、
早速訴え出づべき事。
(武士が血刀を持って虚無僧寺に駆け込んできたら、事情を確かめて
保護すること。)