市丸の雑記帳

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落語 「運のつき」

2008-01-02 18:19:28 | Weblog
 新年早々、つまらない話を一席。

 昨今は泥棒が流行っていて、セキュリティに神経質になっているようですが、あまりにも鍵に懲りすぎて、自分で開けられなくなってしまって、玄関先であれこれやっているところを警察に声をかけられ、自分の家に入るために、鍵を開けているだけだ、と言った者がいたとします。
 見ると、南京錠やらなにやら、十個ほども鍵を付けていて、錠と鍵の組み合わせが分からなくなって、いかにも不審な動きになってしまっていたのですね。どんなに説明しても、疑いが晴れず、とりあえず警察へ、と言われ、調べられて帰って来たら、手っ取り早く焼き破りをした者が住み付いていて、本物の不審者扱いにされた、なんてあったら恐い、と思いませんか。

 しかし昔は、田舎の家、鍵なんて掛けた事はありません。どこの家でもフリーパス。と言って、決してやましい目的で他人様の家に入る、なんて事はありませんでした。特別な場合を除いては、ですが。
 そんな、鍵など掛けた事のない、ある一軒の家に、一人の男が、入ろうとしていました。数少ない、特別な目的を持ってです。
「こんにちは」
 男は、とりあえず声をかけてみました。
「こんにちは、誰もいないんですか? 無用心ですね、誰もいなかったら、入りますよ」
 ガラガラガラ、と戸を開けて、すばやい身のこなしで中に入り、すばやく戸を閉めて、何食わぬ顔で家の中を物色し始めました。
「これは、無用心にしていたはずだ、誰もいない代わりに、何もないな」
 と泥棒があきれるほど、その家はきちんと片付けられています。いえ、片付けられすぎています。
「これじゃあ、入ったは良いが、持って行くものがないな。さてどうしたものかいな」
 と考えながら、さらに家の中を見て回っていると、仏間に大きな仏壇だけが、でーん、と座っていました。どんなに探しても、泥棒さんの目には、それしかこの家の財産らしいものは、ありません。そこでその仏壇の中を見てみることにしました。あわよくば、と言う気持ちもあったのですが、仏壇の中にも、一服の文字曼荼羅があるだけで、他には何もありません。
「へー、何か書いてある。何々、南無妙法蓮華経? そういえば、誰かが言っていたな、南無妙法蓮華経でなければ、幸せにはなれないぞ、と。これの事かな。もしこれがそうだと言うのなら、金のなる木、頂いていくほかはあるまい」
 内ポケットから、大きな風呂敷を引き出して、泥棒さん、仏壇ごと包んで、背負おうとしたその時、
「何しているんだね」
 と言って入ってきた人がありました。泥棒さん、仏壇を背負ったまま、腰を抜かして、その場に尻餅をついてしまって、声もありません。その様子を見れば、馬鹿でも状況は分かります。
「ああ、その仏壇を持って行こうとしていなさったのかい? それは良いけど、その中の物のお力も、分かっての事かね? それには、ただ文字が書いてあるだけだが、間違った事をしているものには、恐いぞ~~~。」
「は、はい、もう十分恐い思いをしています」
「いや、そんな物ではない、不正をして手に入れても、それは自分の命と同じものだから、自分の命を破壊してしまう事になる。しかし、正規の方法を通じて信仰を始めるのなら。無量の功徳を開く事が出来る。あんた、ここに泥棒に入ったのも何かの縁だ、どうだ、ここは正式に、会館に行って、正式に信仰を始めてみるかい」
「はい、警察に突き出されることに比べれば、何でも言うとおりにします。今日食べる物に事欠いて、初めて入った他人様の家で、まさかこんな事になろうとは。罪人になる以外なら、何でも構いません」
「ほう、初めてだったのかい。しかし初めて入った家で、この御本尊様に出会うなどと、あんたも、もうこれで、福・運のつきだ」
 お後がよろしい様で。