現在、TPP=環太平洋パートナーシップ協定の承認を求める議案等の国会審議が行われているが、安倍内閣が4月5日提出し、国会質疑中継で映し出された交渉資料は文字列に沿って黒く塗り潰されていて、文字が印字してない空白部分が白く取り残されているシロモノであった。
民主党の玉木雄一郎が「まっ黒、黒助ですよ。パネルにすると分かるんですが、まさに、のり弁当みたいになってますね」と質疑で批判していた。同じ民主党の緒方林太郎も、「まさにのり弁みたいな」と言っていた。
TPP交渉はその内容を非公表、交渉文書は協定発効後4年間秘密にする合意がなされているという。
いわばTPP交渉参加各国政府は守秘義務を課せられた。政府提出の交渉資料が真っ黒に塗り潰されていたとしても、根拠があることになる。
但し国民の生活を秘密のエサにして交渉することに果たしてどのくらいの正当性があるのだろうか。
2011年12月22日付の「しんぶん赤旗」が秘密交渉であることを把握して報道している。
ニュージーランド国内で労働組合や非政府組織(NGO)が政府に対して交渉内容の公表を迫った。その要求が無視できなくなって、ニュージーランド外務貿易省のマーク・シンクレアTPP首席交渉官が2011年11月29日、同省の公式サイトに情報を公開できない事情を説明する文書を発表、交渉では各国の提案や交渉文書を極秘扱いとすることと交渉内容を公表しない合意があり、交渉文書は協定発効後4年間秘匿されることを明らかにした。
記事は「これまでに公表された唯一の文書は、どんな文書も公表されないという説明の文書だ」との米国のNGO「パブリック・シティズン(一般市民)」の批判の声を伝えている。
当時の民主党野田政権は2011年11月11日に首相官邸で記者会見し、TPP交渉参加を表明している。
野田佳彦「本日は11月11日ということでございます。東日本大震災の発災から8カ月目の節目を迎えます。この節目に当たりまして、改めて震災からの復旧・復興、そして福島原発事故への対応に最優先で取り組んでいく決意をまず表明をしたいというふうに思います。
TPPへの交渉参加の問題については、この間、与党内、政府内、国民各層において活発な議論が積み重ねられてまいりました。野田内閣発足後に限っても、20数回に亘って、50時間に及ぶ経済連携プロジェクトチームにおける議論が行われてまいりましたし、私自身も、各方面から様々な意見を拝聴をし、熟慮を重ねてまいりました。この間、熱心にご議論をいただき、幅広い視点から知見を提供いただいた関係者の皆さまに心から感謝を申し上げいと思います。
私としては、明日から参加するホノルルAPEC首脳会合においてTPP交渉参加に向けて関係国との協議に入ることといたしました。もとより、TPPについては、大きなメリットとともに、数多くの懸念が指摘されていることは十二分に認識をしております」
野田佳彦は2011年11月12日からTPP交渉参加に向けて関係国との協議に入った。協議に入った時点で秘密交渉となっていて、国会の承認を受けて成立し、協定が発効されたとしても、以後4年間はその文書は秘密に付されることを把握していたはずだ。
このことは17日後の2011年11月29日にニュージーランド外務貿易省のマーク・シンクレアTPP首席交渉官が秘密交渉であることと協定発効後4年間の守秘義務が合意されていることを明らかにしたことが何よりも証明している。
当然、安倍政権は合意に至ったプロセスは秘密にして、豚肉の関税はどうのこうのだといった出た答だけを国会審議の対象範囲としたのであり、民主党議員にしても黒塗りを承知の上で国会審議に臨まなければならなかったはずだ。
但しテストの答案用紙を黒塗りにして、点数だけを書き入れて返却するようなものである。
いわばテストの結果として出た点数だけでどこをどう正解したのか、どこをどう間違えたのか自分で検証しろと要求するのと同じである。
各国の利害が絡んでもつれにもつれた多国間交渉の合意に向けたプロセスこそが合意を導き出し、合意結果として表現される。当然、プロセスと合意結果との比較対照が結果の検証の材料足り得るから、国民の知る権利を満たす第一要件として合意に至ったプロセスは外すことのできない要素となる。
黒塗りして点数だけを書いたテストの答案用紙だけで、間違いや正解に至るプロセスを知ることはできない。結果としての点数よりも、質問から答がどう導き出されることになったのかのプロセスこそが重要となる。
それを合意結果だけで審議しろと言っている。当然、合意に至ったプロセスを秘密にしている分、国民の知る権利は満足な形を取らないことになる。
にも関わらず、安倍晋三は4月6日、首相官邸で谷垣幹事長を会談、TPPに関わる国会審議は農業関係者らの不安を払拭するために協定の内容などの丁寧な説明が重要だという認識で一致した同日付「NHK NEWS WEB」記事が伝えている。
安倍晋三はまた4月8日のTPP特別委員会で同じ趣旨の答弁をしている。
安倍晋三「政府に求められていることは、TPPによって国民にどういう影響が出るのか委員会での質問に答える中において、真摯(しんし)に説明し、その影響に対してどう対応していくのかだ。質疑を通じて国民に対する説明責任を果たしていきたい」(NHK NEWS WEB)/2016年4月8日 18時24分)
肝心要の合意に至ったプロセスを秘密にしている以上、国会審議を通じた国民の知る権利としての検証は合意結果からのみでは正確には求めようがないのだから、その国会審議で政府側からの「丁寧な説明」(=「国民に対する説明責任」)は政府側も野党側も最初から期待不可能性として予定していなければならなかったはずだ。
秘密を抱えていて、その秘密を誰にも漏らすまいと固く決意しているに違いないと明らかに見える人間に対して全てを正直に話すことを期待可能性とすることができるだろうか。
にも関わらず安倍晋三は「丁寧な説明」を言い、「国民に対する説明責任」を言う。
詭弁そのものだが、そう言わざるを得ないのは誠実な態度をしていないと取られて内閣支持率を下げた場合、今夏の参院選に響いてくることになるからであり、その対策のためなのだろう。
「丁寧な説明」と「国民に対する説明責任」をさもするかのように見せかけて参院対策としていると言うこともできる。