安倍晋三の玉串料奉納は靖国参拝そのもの 戦前国家とその戦争の肯定であると同時に国民の戦争犠牲は視野の外

2018-08-17 11:29:26 | 政治
 
 
 8月15日の終戦の日に安倍晋三が自民党総裁特別補佐の柴山昌彦 を通じて自民党総裁として私費で靖国神社に玉串料を納めたと2018年8月15日付「NHK政治マガジン」が伝え、柴山昌彦の奉納後の対記者団発言を紹介している。

 柴山昌彦「昨年に引き続き自由民主党・安倍晋三総裁の名代として私がただいま参拝をさせていただいた。安倍総裁からは『先人たちのみ霊にしっかりとお参りをしてください。本日は、参拝に行けずに申し訳ない』という言葉があった」

 首相名ではなく、自民党総裁名としたのはご都合主義以外の何ものでもない。

 記事解説。〈安倍総理大臣は、第2次安倍内閣が発足して1年後となる5年前平成25年12月に靖国神社に参拝しましたが、それ以降は参拝しておらず「終戦の日」には、毎年、私費で玉串料を納めています。〉――

 この玉串料奉納に対して記事は韓国と中国の反応を伝えている。

 韓国外務省「日本政府と議会の責任ある指導者たちが、過去の植民地収奪と侵略戦争の歴史を美化している靖国神社に、ふたたび玉串料を奉納して参拝を強行したことに対して深い憂慮を示す。
 韓国政府は、日本の政治指導者たちが歴史について真摯に反省する姿勢を見せるよう、追及する。そのような姿勢のもとで、日韓関係は未来志向的に発展し、日本は周辺国の信頼を得られるという点を指摘したい」

 中国外務省「靖国神社は侵略戦争に対して直接の責任を負うA級戦犯をまつっていて、日本側の誤った対応にわれわれは断固として反対する。
 日本には侵略の歴史を直視して深く反省し、実際の行動をもってアジアの隣国や国際社会の信用を得るよう促す」

 安倍晋三は聞く耳を持たない。

 以前、何度か当ブログに書いてきたことと重なるが、小泉内閣当時の自民党幹事長代理だった安倍晋三は2005年5月2日、ワシントンのシンクタンク「ブルッキングス研究所」で次のように講演したという。

 安倍晋三(中国が小泉首相の靖国神社参拝の中止を求めていることについて)「小泉首相の次の首相も靖国神社に参拝するべきだ。国のために戦った方に尊敬の念を表することはリーダーの責務だ」――

 「国のために」という言葉は、言わずもがな、「国の役に立つ、国の利益になる」という意味を取る。勿論、単に国の役に立とうと戦ったと把えているわけではない。

 そして戦争に絡めて「国のために」と言うとき、往々にして個人よりも国家優先の国家主義を忍ばせていることになる。

 安倍晋三は外交官岡崎久彦との対談本『この国を守る決意』で、「(国を)命を投げうってでも守ろうとする人がいない限り、国家は成り立ちません。その人の歩みを顕彰することを国家が放棄したら、誰が国のために汗や血を流すかということです」と述べているという。

 いわば「国のために戦った方に尊敬の念を表する」は顕彰の意(「隠れた善行や功績などを広く知らせること」)を含ませている。

 「国のために戦った」=“国に役に立とうと戦った”は当時は事実そうとおりだろうが、戦後、一般的には侵略を性格としていたと評価を受けることになった戦争を、安倍晋三自身はそうは思っていないが、振返ってみてなお「国のために戦った」と評価することは、戦った兵士の行動のみならず、戦うことで役立ちの対象としたその国家も戦争も肯定していることになる。

 侵略戦争だったと評価した場合、国家をも否定、兵士に対しては国家の本質に気づかずに戦争することになり、尊い命を犠牲にしたと、ただただ痛惜の念や悲しみの思いしか与えることができないはずで、「尊敬の念」を以ってして顕彰したとしたら、バカにしていると受け取られることになる。

 安倍晋三は小泉純一郎を継いで2006年9月26日に首相に就任。1年経過した2007年9月26日、病気を理由に首相職を投げ出して辞任。「次の首相も靖国神社に参拝するべきだ、リーダーの責務だ」と大見得を切った自らの信念を、信念とは程遠い単なる言葉で終わらせることになった。

 だが、再起を目指して2012年9月26日投票の自民党総裁選に立候補、9月14日の立候補者の共同記者会見での発言。

 安倍晋三「国の指導者が参拝し、英霊に尊崇の念を表するのは当然だ。首相在任中に参拝できなかったのは痛恨の極みだ。(参拝は)今言ったことから考えてほしい」(MSN産経

 今度こそ首相として参拝し、戦死者を顕彰すると宣言している。勿論、この顕彰は国家肯定とその戦争肯定の儀式を併せ持たせている。

 「国のために戦った」戦死者の犠牲行為を讃え、肯定しているからこそ、「英霊に尊崇の念を表する」顕彰が可能となり、英霊に対するその顕彰を通して、讃えるべき犠牲行為を捧げた国家とその戦争をも肯定することになる。

 自民党総裁に当選、2012年12月の総選挙に自民党は大勝、2012年12月26日に第2次安倍内閣を発足。翌年の終戦記念日2013年8月15日には参拝を果たすことができず、内閣発足から1年後の2013年12月26日に参拝している。
 
 安倍晋三「本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました」

 「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた」

 ここでも戦死者たちの「国のために戦い、尊い命を犠牲」にした行為を「哀悼の誠」と「尊崇の念」を以って讃え、顕彰することで肯定、その肯定を国家とその戦争にまで広げていることになる。

 今年8月15日終戦の日の安倍晋三の靖国神社への玉串料奉納に関しての柴山昌彦の「昨年に引き続き自由民主党・安倍晋三総裁の名代として私がただいま参拝をさせていただいた」の発言と、「本日は、参拝に行けずに申し訳ない」と安倍晋三自身の言葉から、玉串料奉納は靖国神社参拝の代用でしかないことが分かる。

 つまり柴山昌彦を名代で参拝させ、玉串料を奉納することで本人は気持の中で靖国神社を参拝したことにする。きっと安倍晋三は8月15日の何時かの時点で、あるいは柴山昌彦が靖国神社で手を合わせる時間を見計らって、靖国神社の方向に向かって自分も手を合わせ、戦死者たちの「国のために戦い、尊い命を犠牲」にした行為を「哀悼の誠」と「尊崇の念」を以って心中密かに、あるいは口に出して讃え、顕彰することで肯定、その顕彰という行為を通して戦前日本国家とその戦争を肯定する儀式を行ったはずだ。

 同じ8月15日、日本武道館で全国戦没者追悼式が行われ、安倍晋三が「式辞」(首相官邸サイト/2018年8月15日)を述べている。(一部抜粋)

 安倍晋三「苛烈を極めた先の大戦において、祖国を思い、家族を案じつつ、戦場に斃(たお)れた御霊(みたま)、戦禍に遭い、あるいは戦後、遠い異郷の地で亡くなった御霊、いまその御前(おんまえ)にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます」

 全国戦没者追悼式の追悼対象者は第2次世界大戦で戦死した旧日本軍軍人・軍属約230万人と空襲や原子爆弾投下等で死亡した一般市民約80万人の計約310万人の戦没者だそうだ。勿論、A級戦犯の東条英機その他も含まれている。

 既に触れたが、安倍晋三が言うように確かに当時の日本の兵士たちは「祖国を思い、家族を案じつつ、戦場に斃れた」であろう。そして戦争に加わらずとも、内地や異郷で戦争の被害に遇い、犠牲となった一般市民約80万人が存在した。

 だが、全国戦没者追悼式では式典の名のとおり、戦没者の中にA級戦犯を含めていようと、追悼の対象としているのみで、安倍晋三自身も「御霊安かれ」なる言葉で追悼を表しているだけで、靖国神社のA級戦犯を含めた戦死者に対するようには誰も顕彰の対象とはしてはいない。

 このことと靖国神社での戦死者に対する顕彰が戦前日本国家とその戦争を肯定していることになる関係性からすると、全国戦没者追悼式の追悼対象者約310万人の戦死者を除いた国内外での一般市民約80万人の戦争犠牲者に対する追悼は戦前日本国家とその戦争の肯定的価値観の視野の外に置いていることになる。

 その理由は安倍晋三とその一派にとって一般市民は戦前日本国家とその戦争を肯定する道具とはならないからだろう。いわば「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた」顕彰の対象とすることもできないし、命を投げうったと国家的価値づけもできないからだろう。

 救いは戦前日本国家とその戦争を肯定する道具とはされない点のみであるが、戦争で犠牲となった一般市民約80万人にしても、一般の戦死兵士にしても、国家主義の犠牲である点は忘れてはならない。

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