安倍晋三は11月30日からアルゼンチンで開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議への出席とウルグアイとパラグアイ訪問後、12月4日午後に帰国。12月5日に参議院法務委員会理事懇談会は翌12月6日の質疑に安倍晋三が午後2時間出席することで与野党が合意した。
安倍晋三の方は12月4日午後帰国翌日の12月5日の午後6時3分に東京・芝公園の東京プリンスホテルに到着。同ホテル内の宴会場「鳳凰の間」でエコノミストらとの懇親会である「東京政経フォーラム」に出席、挨拶(時事ドットコム「首相動静」から)している。
各マスコミが「(海外からの帰国で)時差が激しく残っているなかにおいて、明日は(参院)法務委員会、2時間出てややこしい質問を受ける」と述べたと一斉に報じた。
「ややこしい」という言葉の意味の一つに「面倒」というのがある。この意味を当てはめると、参院法務委員会に「2時間出て、野党の面倒な質問を受ける」となる。
安倍晋三をしてこのように思わせていたのは「野党の質問を受けるのは面倒だ」という心理状態が発言のベースとなっていたはずだ。
この心理を捉えてのことだろう、安倍晋三の挨拶に対する野党の反応を2018年12月6日付「NHK NEWS WEB」が紹介している。
立憲民主党辻元清美「言語道断だ。ややこしい質問を受けたくなければ、ややこしい法案を出さなければいい。国会軽視も甚だしく、このひと言をもっても、不信任に値すると言いたい」
「甚だしい国会軽視」発言で、「言語道断だ」と憤りを見せている。
国民民主党原口一博「「『よほど国会を下に見ているのだな』と怒りに震える。驕っているとしか言いようがない。政府が、ややこしい法案を出すから、そんなことになる。『時差ぼけが残っている』と言うなら、海外に行かなければいい。『おごる者は久しからず』という言葉を伝えたい」
同じく「国会軽視」説。この国会軽視は驕りから来ているとしている。「Wikipedia」で調べたら、原口一博は東京大学文学部心理学科を卒業している59歳。辻元清美は高校卒業後2年間就職し、その後早稲田大学教育学部を卒業、58歳。
外国人材の受入れ拡大を柱とした出入国管理法改正案が11月27日(2018年)夜、強行採決によって衆院本会議を通過、現在参議院では法務委員会で審議中だが、野党は今国会での成立に反対、対して与党は7日の参院本会議での強行採決・成立の構えでいて、2019年4月の施行を目指している安倍晋三にとっては大事な局面であり、"時差ボケ"などと言ってはいられない。少なくとも表向きは国会軽視とは逆に審議重視の姿勢を見せなければならない。
ところが、挨拶の中で「野党の質問を受けるのは面倒だ」といった心理を覗かせることになった。国会軽視が言わせた「ややこしい質問を受ける」とした発言だとしたら、では、安倍晋三をして国会を軽視させるに至った要因は何なのだろうか。
2018年11月1日の衆院予算委員会。
立憲民主党長妻昭「外国人労働者拡大の哲学を先ず、大本の哲学を先ずお尋ねしたいんですが、ま、一つは多文化共生という形を一つの軸足に置いて国を開いていくのか。あるいは同化政策ということですね、日本人になってもらうというような考え方で国を開いていくのか。大きな哲学ってのは総理、どうお考えですか」
安倍晋三「お答えする前にですね、混同して頂くと困りますものですから、前以って申し上げておきたいことは政府としてはいわゆる移民政策を取ることは考えていないわけであります。
多文化共生、あるいは同化というのは、この我が国に来られて、ずっとそのまま家族の方々と来られて、永住する方々がどんどん増えていくということを念頭に仰ってるんであれば、そういう政策は私たちは取らないってことは今まで再々申し上げている通りでございます。
そのところを先ず混同しないで頂きたいと思います。その上でお尋ねの多文化共生型及び同化政策については一義的な定義があるとものではないと思われますが、少なくとも外国人に対して自国の価値観等を強制するようなことがあってはならない、こう考えております。
受入れる外国人に対し社会の一員としてその生活環境を確保するため現在検討を進めている外国人材の受け入れ、共生のための総合的対応策をしっかりと実行に移し、受け入れる側もですね、お互いが尊重し合えるような共生社会の環境整備を進めていくことが大切であると考えておりますが、再三申し上げておきたいことはですね、これは永住ということでですね、これは我々が移民として受入れるという政策を取るわけではないということでございます。
単に人手不足が多発する中に於いてですね、そうした業種に限ってですね、この一定の期限を設けて、基本的には家族の帯同なしでということで、今後新たな制度設計をしているところでございます」――
11月1日の遣り取りだから、一見古い情報のように見えるが、質疑応答が似たような質問を続けて、似たような答弁で応じる繰返しが通り相場となっているから、古くても、情報の賞味期限は維持している。
安倍晋三の答弁を纏めると、外国人材受入れ拡大策は人手不足を外国人材によって解消させる方策ではあるが、永住者を無制限に増やしていく移民政策ではなく、受入れが一定期間内であっても、外国人に対して自国の価値観等を強制することはないお互いが尊重し合えるような多文化共生社会の実現を目標としていて、間接的にだが、このことが「外国人労働者拡大の哲学」だと長妻昭に答えている。
目標の達成が理想の完成となる。
一定期間内の多文化共生社会であっても、一定期間内の同化政策の形を自ずと取る。と言っても、支配的力を有する民族が有しない民族の衣食住の文化に関わる価値観を全否定し、自国文化が有する価値観を絶対として一体化させる厳密な意味での同化政策ではなく、日常生活が相互に滞りなく行い得る範囲内の使用言語、その他の柔軟性を持たせた同化ではあるが、当然、多文化共生と同化は多文化共生であると同時にある種の同化という相互的な等価関係に置かなければならない。
もし安倍晋三が外国人材受入れ拡大を通して人手不足の解消だけではなく、多文化共生と同化の目標、あるいは理想に真摯に且つ謙虚に向き合い、その実現に強い意志を秘めることになっていたなら、きつい時差ボケであったとしても、それを押して国会に出席、内閣の先頭に立って法律の成立と施行の必要性を熱弁しなければならない。
あるいはそれくらいの自覚をしっかりと持っていなければならない。
だが、エコノミストらとの懇親会で、「明日は(参院)法務委員会、2時間出てややこしい質問を受ける」と挨拶。野党の追及を頭に置いて面倒という心理を挨拶の端に覗かせた。外国人材受入れ拡大策がただ単に外国人材を使った人手不足解消の方策に過ぎないことの事実を暴露する心理の動きであり、この心理は同時に受入れ外国人と日本人が共に多文化共生と同化を目指さなければならないとしている目標、あるいは理想に真摯に且つ謙虚に向き合っていないことの事実の暴露ともなる。
要は多文化共生も同化も口先だけのことで、外国人材を人手不足を可能な限り解消してアベノミクスの経済政策を維持するためのコマとしか見ていないことを証明することになる。
安倍晋三の頭にあるのは経済最優先で、経済を組織の末端で動かす人間に対しては人としての扱いは二の次となっている。だからこそ、外国人技能実習制度で日本にやってきた外国人末端労働者の中から年々の失踪者が増加の一途を辿り、2017年7089人にまで数えて、2018年は1月から6月までの半年で前年の半数を大きく超える4279名も出す、手を打つことができない状況を作り出している。
あるいは2014年から5年間で国が調べただけで技能実習生が12人も自殺している高い自殺率。2014から2016年度の3年間で労災死者数が日本人の10万人当たり1.7人に対して単純計算で10万人当たり3.7人に当たる計22人も出していると2018年1月14日付「日経電子版」が伝えることになっている放置状況。
安倍晋三の「東京政経フォーラム」出席挨拶、「(海外からの帰国で)時差が激しく残っているなかにおいて、明日は(参院)法務委員会、2時間出てややこしい質問を受ける」云々は受入れ外国人材を人として意識する真摯さ・謙虚さを欠如させた非人間性から出た発言であると同時にこのことこそが安倍晋三をして国会を軽視させるに至った要因であり、ただ単に「国会軽視」の批判で終わらせてはならないはずだ。