安倍晋三が9月26日(2018年)午後、米ニューヨークのパレスホテルでトランプと会談、日米物品貿易協定締結に向け2国間交渉開始で合意した。会談後の内外記者会見から、交渉に関する発言のみを拾ってみる。
「内外記者会見」(首相官邸/2018年9月26日) 安倍晋三「トランプ大統領が就任してからの1年半、日本企業は、アメリカ国内に、新たに200億ドルの投資を決定しました。これにより、3万7,000人の新しい雇用が生み出されます。これは、世界のどの国よりも多い。すべては、自由貿易の旗を高く掲げ、両国が経済関係を安定的に発展させ、成熟させてきた帰結であります。 時計の針を決して逆戻りさせてはならない。むしろ、この関係を一層進化させていくことで、互いの貿易・投資をもっと活発にしていくことが必要です。 その大きな認識をトランプ大統領と共有し、先ほどの日米首脳会談で、日米間の物品貿易を促進するための協定、TAG交渉を開始することで合意しました。 その前提として、農産品については、過去の経済連携協定で約束した内容が最大限である。この日本の立場を、今後の交渉に当たって、米国が尊重することを、しっかりと確認いたしました。 同時に、この協議が行われている間は、本合意の精神に反する行動をとらないこと、すなわち日本の自動車に対して、232条に基づく追加関税が課されることはないことを確認しました。さらに、その他の関税問題も早期の解決に努めることで、一致しました」 |
安倍晋三はトランプのTPP離脱表明以後も多国間の自由貿易を主張、トランプにTPP復帰を働きかけてきた。例えば2018年1月31日の参院予算委員会。
安倍晋三「TPPについてでございますが、トランプ大統領に対しましては、トランプ氏が大統領に就任する前、一昨年の11月に米国で会談をした際にも、TPPの意義、重要性、米国が入る意義等についてお話をさせていただきました。
そして、昨年の訪米時に、2月の訪米時にも相当時間を掛けて、フロリダにおいて、例えばゴルフの合間を縫って昼食をした際にもこのTPPの意義についてお話をしたところでありますが、米国と日本、この価値を、普遍的価値を共有する両国がしっかりとしたルールをつくっていくべきだという話をしたところでありますが、この意義についてですね、意義についてトランプ大統領から反論あるいは異議はなかったわけでございまして、ずっと話には耳を傾けて頂いたところでございまして、先般のトランプ大統領のTPPへの復帰可能性についてですね、に関する発言がTPPの意義や重要性への認識を示すものであれば、歓迎したいと思います。
我が国としては、まずはTPP11の早期署名、発効の実現を最優先として進めていきたい、3月の8日署名を目指して進めていきたいと、このように思いますが、引き続き米国とは意思疎通をしていきたい、そして、やはり米国がしっかりとこの自由で開かれた高いルールのTPPを日本とともに牽引していくべきだということも含めてトランプ大統領にも働きかけをしていきたいと、このように考えております」――
トランプに対して「TPPの意義、重要性、米国が入る意義等」を繰返し説いてきた。「フロリダでゴルフの合間を縫って昼食をした際」もTPP復帰を働きかけた。「意義についてトランプ大統領から反論あるいは異議はなかったし、ずっと話には耳を傾けて頂いた」から、脈はあったはずで、その現れが「トランプのTPPへの復帰可能性の発言」ではなかったかと、かなり期待を抱いている節がある。
「トランプのTPPへの復帰可能性の発言」とは、ネットで調べてみると、2018年4月、トランプが米通商代表部のライトハイザー代表と国家経済会議のクドロー委員長に「より良い協定に交渉できるかどうか改めて考えるよう指示した」ことを指す。
但し日本も他のTPP参加国も、再交渉に否定的で、応じたとしても、前大統領オバマが一旦署名した合意のハードルを下げる余地は与えなかったはずだ。そもそもからしてトランプのターゲットは米国の巨額な貿易赤字の削減であって、削減の手段として対米貿易黒字国の対米輸出品の関税を上げて米国への輸入を減らすことで米国製品と米国産業を守り、対米貿易黒字国の米国からの輸入製品の関税を下げさせて、米国製品の輸出を増やすと同時に輸出に関わる米国産業を守る方法を取っている。
そのための、一部適用除外規定を設けているものの、日本やその他の国の鉄鋼製品やアルミ製品に対する関税の割増賦課という個別対応であって、個別対応の自由をTPPはトランプに与えることはできなかったろう。
さらに米国に輸入される各国製自動車や自動車部品に25%の追加関税を課す輸入制限も検討課題としていた。2018年9月27日付「NHK NEWS WEB」記事が、〈去年1年間に日本がアメリカに輸出した自動車の台数は174万台。関連部品と合わせた輸出額は5兆5000億円余りと、アメリカへの輸出額全体に占める割合も36%と最大で〉、〈トヨタ自動車は関税が25%に引き上げられるとアメリカに輸出する車1台当たりの平均で6000ドル、日本円で67万円程度の負担が増えると試算したほか、民間のシンクタンク「大和総研」は関税が20%になると、日本の自動車メーカーなどの追加負担額は、合わせて1兆7000億円余りになると試算するなど、大きな影響が懸念される。〉と伝えている。
このことを防ぐために安倍晋三はトランプとの首脳会談で、「この協議が行われている間は、本合意の精神に反する行動をとらないこと、すなわち日本の自動車に対して、232条に基づく追加関税が課されることはないことを確認した」ということなのだろうが、一見安倍晋三の外交成果のように見えるが、あくまでもトランプの狙いは対日貿易赤字削減であって、それが望み通りにならない「日米物品貿易協定」であったなら、それまでの命となりかねない追加関税だと考えなければならない。
2018年9月27日付の「朝日新聞デジタル」はトランプが安倍晋三との会談中、「交渉は満足できる結論になると信じている。もし、そうならなければ……」と言って安倍晋三の顔を覗き込み、対して安倍晋三が苦笑いを浮かべたと書いている。
「満足できる結論」とは米国の対日貿易赤字の大幅な削減以外に眼中にないはずで、上記「NHK NEWS WEB」記事が伝えているように自動車と関連部品を合わせた輸出額がアメリカへの輸出額全体に占める割合は36%であっても、2017年4月6日付「時事ドットコム」記事には2017年の米国の対日貿易赤字は689億ドル(約7.6兆円)で、自動車関連が8割弱を占めていると解説していて、それ程にも日本がアメリカに対して日本製自動車を売りまくっている以上、自動車関連での大幅な譲歩があって初めてトランプにとっての「満足できる結論」となる。
参考のために上記記事掲載の「米国の国別貿易赤字」の画像を添付しておく。
要するにトランプは「日米物品貿易協定」協議に於ける日本の譲歩が米国の対日貿易赤字の8割弱を占める自動車関連へと収束していくことを合意事項に於ける重要な柱として頭に置いているはずだ。
冗談めかしてホンネをちらつかせるということもある。「満足できる結論」云々とはあくまでも自動車関連での日本の譲歩を指していて、警告を含んでいた可能性もある。安倍晋三は日本製自動車に対する追加関税を一時的に先延ばしにしただけで、外交成果でも何でもなく、安倍晋三とトランプ、いずれに成果が帰するか否かはあくまでも結論としての合意内容によって決まる。但しトランプの方が強い立場にあることが成果に向けた決定的要素になりかねない。
安倍晋三は「農産品については、過去の経済連携協定で約束した内容が最大限である。この日本の立場を、今後の交渉に当たって、米国が尊重することを、しっかりと確認いたしました」と言って、TPPやその他の経済連携協定の内容上回る関税の引き下げには応じないことを確認したとして、自動車のみならず、日本の農業を守る姿勢も見せたが、あくまでも確認であって、結論ではない。果たして結論へと導き出すことができるかどうかにかかっている。
2017年の日本の輸出総額78兆2864億円に対して農産物は4968億円で、僅かに0.63%しか占めていない。日本の農業がGDPに占める割合にしても1%と、これも僅かな存在でしかない。工業のみが肥大化し、農業が置き去りにされた。
輸出額やGDPだけではなく、日本の農業は零細型、あるいは小規模型が多くて、集約型の農業との間に力の格差が生じていることからも分かるように産業全体から見た場合、相対的にも個別的にも日本の農業の力が弱いにも関わらず、TPPでは日本の農産品の多くに対して品別に関税を撤廃したり、段階的に引き下げたり、TPPの参加国に新たに輸入枠を設けたりしている。
例え相手国に対してもバランスを取った措置を施していたとしても、農業の力の差、あるいは経営規模の差で日本の農業が受けるマイナスの影響は大きいはずである。当然、工業以上に農業を守らなければならなかったはずだが、農業の比ではない工業が持つ国に与える重要性から、力のある工業を優先的に守った。
いわばTPPの段階で既に日本の農業は工業を守るための犠牲の対象とされてきた。安倍晋三がトランプに日本の農業に関してTPPやその他の経済連携協定の内容上回る関税の引き下げには応じないと約束したとしても、日本の自動車への追加関税が農業の比ではない日本の産業や国力に与える影響の大きさから、「日米物品貿易協定」協議はトランプに少しでも「満足できる結論」を与えるために日本の自動車産業と関連産業に与える犠牲を最小限にして、最小限の身代わりを農業にかぶって貰う犠牲の方程式で交渉を進めるに違いない。