久しぶりの更新です。
私の人生、また、一つ節を超えました。
2年9カ月前、直腸癌末期と診断された父は、転移がいくつもあって手術不可能、余命半年といわれました。それから、「肛門部の癌と共存」の生活が始まり、不思議にも内臓の転移が消えていき(陶板浴の効果です。きっと・・・)、人工肛門にはなりましたが、医師の余命宣告より何倍も生きて、つい先日、88歳の生涯を閉じました。
「おとうちゃん子」だった私は、幼い頃の父とのたくさんの思い出がありましたが、大人になってからは、家族の中で一番心配をかけてきたのが私でした。
現在の夫との結婚の際も、大変でした。でも、夫の生きる姿勢、夫の闘いを支えてくださる皆さんと触れ合う中で、後に最大の理解者となってくれました。
幸い、昨年、夫の闘いが「再審・無罪判決」という形で一段落したことで、夫から「これからは心配かけた両親のために、集中して時間をとっていい」と言われ、十分、父の看護の時間をとらせてもらい、新しい思い出もたくさんできました。
この約2カ月、緩和ケア病棟で父と過ごした時間は、わたしにとって「宝」となりました。
夫が、
「あんたが羨ましい。俺は、獄中にいて、両親を看取ることができなかった。俺の分まで、十分親父との時間を大切にして親孝行して欲しい」
と言いました。
夫には、本当に「感謝」の一言に尽きます。
・・・まだ、実家で一人残された母と、ばたばたと片づけをしていますが、思いのほか、気持ちが軽いのは、きっと私なりに「やれることをやったかな~」と、思えるからだと思います。
もうすぐ、夫の新しい闘い(国賠裁判)が始まります。
私も、気持ちを切り替えて準備に入ろうと思っています。
私の人生、また、一つ節を超えました。
2年9カ月前、直腸癌末期と診断された父は、転移がいくつもあって手術不可能、余命半年といわれました。それから、「肛門部の癌と共存」の生活が始まり、不思議にも内臓の転移が消えていき(陶板浴の効果です。きっと・・・)、人工肛門にはなりましたが、医師の余命宣告より何倍も生きて、つい先日、88歳の生涯を閉じました。
「おとうちゃん子」だった私は、幼い頃の父とのたくさんの思い出がありましたが、大人になってからは、家族の中で一番心配をかけてきたのが私でした。
現在の夫との結婚の際も、大変でした。でも、夫の生きる姿勢、夫の闘いを支えてくださる皆さんと触れ合う中で、後に最大の理解者となってくれました。
幸い、昨年、夫の闘いが「再審・無罪判決」という形で一段落したことで、夫から「これからは心配かけた両親のために、集中して時間をとっていい」と言われ、十分、父の看護の時間をとらせてもらい、新しい思い出もたくさんできました。
この約2カ月、緩和ケア病棟で父と過ごした時間は、わたしにとって「宝」となりました。
夫が、
「あんたが羨ましい。俺は、獄中にいて、両親を看取ることができなかった。俺の分まで、十分親父との時間を大切にして親孝行して欲しい」
と言いました。
夫には、本当に「感謝」の一言に尽きます。
・・・まだ、実家で一人残された母と、ばたばたと片づけをしていますが、思いのほか、気持ちが軽いのは、きっと私なりに「やれることをやったかな~」と、思えるからだと思います。
もうすぐ、夫の新しい闘い(国賠裁判)が始まります。
私も、気持ちを切り替えて準備に入ろうと思っています。