A Moveable Feast

移動祝祭日。写真とムービーのたのしみ。

浮島の森

2007年10月11日 | 旅の破片
新宮は紀記の時代からある古い町で、ここを旅するということは、普通は神倉神社(火祭り、神武東遷、八咫烏)、速玉神社(世界遺産)、新宮城下町、熊野灘、熊野川あたりを見なければ、見たとは言えないのである。それは重々承知しており、小生とて、ふたつの神社は見たくてしょうがなかったのである。にも関わらず、わたしの一泊二日の新宮旅行は、春日と臥龍山を隅々まで歩き回るだけで終わったのであった。嗚呼。

臥龍山は解体されたといえども、今でもわずかな高低差があって、削り取った、もとの尾根筋を広い中央通りが走っている。その通りの春日1丁目に市役所があり、そこから一度坂が下って、再び上がりきった所に春日の地権者たる大型スーパーマーケットがある。その二つが臥龍山解体の推進に果たした役割は、中上が「熊野集」で詳しく書いている。その一帯を一日中歩き回ったのである。

市役所からほど近い低地に、この「浮島の森」があり、見物に出かけた。縄文時代に海が湾入していたこの一帯は、その後徐々に沼沢地となり、陸地化して行き、湿原となった。消え残った沼に、腐敗しにくい泥炭マット層からなる浮島ができ、渡り鳥が植物を運んで来て、その上に森が育った。北方系、南方系の多種多様な植生が混在しているのが貴重とされ、天然記念物に指定されている。昭和20年代までは、大風が吹くと、この島は動いたそうだ。浮島には、蛇に見入られ、蛇穴に引きずり込まれた娘の「おいの伝説」が伝わっており、これをもとに上田秋成が雨月物語中の「蛇性の淫」を書いたのでも有名である。さらに、それらを題材にして、中上健次も、「浮島」、「蛇淫」という短編小説を書いている。

中上の小説「浮島」は、この界隈にあった浮島遊郭が舞台であったので、最後に、資料収集室のYさんにその場所を聞いてみようと思ったのだが、まさか教育委員会の方に聞くのもはばかれ、そのまま礼を言って辞去して来た。
ところがである。こっちに帰って来て調べてみたら、なんとその当のYさんが、人権教育センターで「浮島遊郭」について調査して、講演をしているではないか。(http://minamikisyu.i-kumano.net/news/2007_02/20070217_03.htm)なんのことはない。分からないことは、率直に人に聞いてみるものである。

「浮島」http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/031801/tayori/topics/Vol26/26ukisima.htm

Yさんによると、中上は、生前、新宮からも無実の罪で6人の処刑者を出した大逆事件を書こうという計画を持っていたようで、それを同じ和歌山出身の辻原登さんが、今、毎日新聞の連載で書いているそうだ。辻原さんは、例の三遊亭円朝の「芝居噺夫婦幽霊」を書いた人である。Yさんは、その辻原さんから取材を受けたようで、その話でも盛り上がったのであった。


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4 コメント

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聖地の3点セット? (渋谷の大判青年)
2007-10-12 00:23:24
はじめてコメントします。
新宮の旅、面白いです。
「中上」は読んだことはありませが…
「浮島」は一種の「聖地」でしょうか?
とすると…想像するに…
「遊郭」=「悪所」
「聖地」
「」もしくは「別所」(春日という地名も意味  深だ)
まさに典型的な3点セットのように思われるのですが…どうでしょう?
春日地区には地主神のようなものが祀られている「社」があったのでは…それが「浮島」なのか?
それとも別に…?
興味は尽きませんね。
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むずかしい (胸の振り子)
2007-10-12 11:50:03
こんにちは。
渋谷の大判青年さん、このへん詳しそうですね。

浮島は臥龍山をはさんで、春日と反対側の低地にあります。沼に泥炭マット層の浮島ができたのは1700年代で、比較的新しい時代のものだそうです。きっと島の中心にお社があるに違いないと思いながら、浮島の中の遊歩道を探索したのですが、それらしきものは全く見当たらず、伝説の蛇の穴があるだけでした。だからここは神域ではないようです。渡り鳥のサンクチュアリになっていて、それが多彩な樹木や苔の植生を形成したと案内書きにありました。

もともと和歌山は、全国でも珍しい、遊郭のない土地柄であったようです。大正の初めに、県議会の決議により、このあたりの湿地帯を遊郭の建設のために開墾したそうですから、これも古い話ではないですね。

春日には、一本松という祠がひとつあるだけで、神社はひとつも見当たりませんでした。これに歴史的な意味合いが伴っているのかどうか、知識がないのでよく分からなかったです。

だから3点セットという成り立ちではないように思いますが、浮島や春日は、神倉神社、速玉神社、阿須賀神社、王子神社という新宮の四大神社でつくる四角形のいずれからも遠い、中心部にあるという位置関係です。
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要探査 (渋谷の大判青年)
2007-10-12 21:56:47
いずれにしても、現地に行ってみるしかありませんね。「熊野」は是非行ってみたいと思っているのですが、なかなか果たせません。
私のフィールドは主に中世史関係です。
「熊野」は外せないのですが…

参考までに、「」の地主神は東国では「白山権現」であることが多いようです。その理由はまだ定説がなく、不明ですが…かつての「浅草」がそうだったといいます。
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シロート歴史探偵です (胸の振り子)
2007-10-12 23:20:14
中世史がご専門ですか。
小生などは、シロート探偵なので、自分が反応する土地を、論証なしに面白がる旅が本領です。
本当の熊野はまだ見たという気がしていなくて、また行ってみなければと思っています。

春日地区になぜお社がないのか、考えてみれば謎です。
それと中上健次は、ホント、えらい男でした。
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