新イタリアの誘惑

ヨーロッパ・イタリアを中心とした芸術、風景。時々日本。

フランス・メッス⑦ シャガールの情熱、第二次世界大戦、工房のマルク。いくつもの運命が至極のステンドグラス完成に導いた。

2020-12-15 | フランス・メッス

 さらに、主祭壇から見て斜め右前方に第3のシャガールステンドグラスがある。こちらはこれまでの赤と青主体の色彩からがらりと変化して、全面黄色が支配する輝かしい色彩が特徴だ。そして前のものより絵の内容がわかりやすい気がする。

 1番左は「アダムとイヴの誕生」。

拡大すると分かりやすい。アダムの肋骨からイヴが出て来るところだ。 

 次に「エデンの園」。下部にはゆったりとくつろぐ女性。中盤では馬が飛んでいる。幸せな風景が展開されている。

 3番目は「原罪」。ここで、イヴは誘惑に乗って禁断の果実を食べてしまった。イヴの腹がピンクに染まっている。

 よく見るとイヴィの横には蛇がうねり、アダムはイヴの足元に倒れてしまっている。

 そして1番右は「楽園追放」。明るいエデンの園から青暗い地へと追いやられてしまう。

 実はこれらのシャガール作品は、第二次世界大戦と大きなかかわりを持っている。戦争当時、教会では貴重なステンドグラスを窓から外して保管していた。しかし戦いの中で破壊されてしまった物も少なくない。その「穴埋め策」としてシャガールに作品が依頼され、それが今では大聖堂の価値を高める結果になっている。

 シャガールがステンドグラスの制作を始めたのは70歳を過ぎてから。1957年にイスラエルを旅した際、サヴォワ県の神父に依頼されて初めて現地の教会に製作した。

 これを皮切りにステンドグラスへの情熱は高まって行く。メッスの大聖堂は1959年、72歳の時に後陣第2窓を製作後、1962年に第1窓。さらに1968年には側翼廊と、3回にわたって手掛けて完成させている。

これらの製作にはガラス職人との出会いが大きかった。フランスで最も優れたステンドグラス工房「シモン」のシャルル・マルクとは1958年に知り合い、以来生涯にわたって二人三脚の製作活動を続けた。マルク・シャガールとシャルル・マルク。2人とも「マルク」の名前を持ち、まるで兄弟のような付き合いだった。

 

 

 


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