蜘蛛網飛行日誌

夢中説夢。夢の中で夢を説く。夢が空で空が現実ならばただ現実の中で現実を語っているだけ。

偽装の効かない考古学

2006年01月22日 16時16分05秒 | 彷徉
一昨日から東京古書会館でがらくた展が開催されている。通常は金、土曜日二日間の開催なのだが今回は二十四日の火曜日までやるそうだ。いったいどうした風の吹き回しか。本来であればわたしは土曜日の出動となるところなのだが、生憎の雪ではさすがに外出する気になれなかった。いやいや、熱心なというかごく普通の書痴であればこの程度の降雪くらいなんのその、嬉々として出かけてゆくものだ。だからわたしが雪に負けたのは、つまり書痴としてまだまだ未熟者であるこというの証でしかない。慙愧しております。
そんな日はいったいどのようなことをして過ごしているのかというと、大抵は本の整理をしている。ところがこれが一向に捗らない。なにしろ目の前にある本の山は自分にとって興味のあるものばかりなので、一冊手に取れば頁を繰りたくなり、頁を繰れば読みたくなる。これでは整理などできるわけがない。岩波文庫はもう随分と前から書架に納まりきれなくなっていて、書店でもらった紙袋(あの本という字で神保町の地図がデザインされたおなじみの紙袋)に入れてある状態だ。一時岩波文庫の分だけでもデータベース化しようと計画したことがあった。やれスキーマだ正規型だとちょっと気をいれてDB設計なんかしたのだけれども、各カラムへのデータ入力の段になってついにギブアップしてしまった。購入日付、書籍名、叢書・文庫・新書名称、版型、ISBN、著者、談話者、編者、編著者、校訂者、校注者、箋注、監修者、校訳者、監訳者、訳者、訳注者、補訳、編訳者、出版社、初版発行日、最新発行日、版、購入書店名、表示価格、購入代価、いや入力項目はまだまだある。どてもじゃないがやっていられない。そんなわけで所蔵している本はまったく整理できておらず、どのような本があるのかないのかはすべてわたしの記憶任せというのだから情けない話だ。
『ラヴクラフト全集』といっても創元推理文庫版のほうだが、それが山の中から出てきた。ハワード・フィリップス・ラヴクラフトという作家をどう評価したらよいかわたしにはわからない。しかし読み始めるとどうして彼の世界にはまってしまう、そんな作家だ。世間から注目されることもなく、他人の作品の推敲で生計を立てていたそうで、生前に出版された唯一の作品「インスマウスの影」がこの全集の第一巻に収められている。そこでつい頁を繰ったのがまずかった。読み始めたら止められなくなってしまい、とうとう百二十頁分を一気に読了してしまった。
ところでしかし、わたしが探していたのは『ラヴクラフト全集』などではなかった。一九八二年にダルムシュタットのWissenschaftlich Buchgrsellschaftから刊行されたRainer Slottaという人の書いた"Einführung in die Industriearchäologie"という本なのだ。本文百九十頁ほどの、そんなに大きくはないものだが、そもそも題名からしてちょっと気になったので買ってしまった。直訳すると「工業考古学入門」というほどの意味だが、こんな学問分野があるということさえこの本を見るまで知らなかった。しかし知らなかったのはわたしの無知ゆえで、日本ではじつに一九七七年(昭和五十二年)に「産業考古学会」が立ち上がっている。"die Industrie"とは「工業」のことだがどうしたわけか我国では「産業」と訳されてしまう。例えば"Industrial Revolution"は通常「産業革命」と訳されるがこれはあくまで「工業革命」が正しい。だってそうでしょう、「産業」といったら農業や漁業、伝統工芸までを含むかなり幅広い概念なのだから。とすれば「産業考古学会」というのは誤解を生じやすい曖昧な命名なのであって、やはりここは「工業考古学」としたほうが事態をより精確に捉えているように思える。Rainer Slottaのこの本では「工業考古学」を"Industriearchäologie ist die systematische Erforschung aller dinglichen Quellen jeglicher industriellen Vergangenheit von der Prähistorie bis zur Gegenwart"「工業考古学とは、有史以前から今日にいたるそれぞれの工業に関わる過去のすべての具体的な資料の体系的研究である」(注1)と定義している。また本文の後に百六十葉ほどの写真が載っていて紀元前三百年から二百年のノーフォークのグリム鉱山から紹介されているが、やはり圧巻はドイツの"Zeche"つまり炭鉱の付属施設の写真だろう。ありていに白状すると、わたしはこれらの写真が頗る気に入っている。いつかこの本とそして写真について専ら取り上げようとも考えている。

(注1)"Einführung in die Industriearchäologie"s.1 Rainer Slotta Wissenschaftlich Buchgesellschaft 1982


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