忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

2009.1.24

2009年01月24日 | 過去記事
以前、ネットカフェの経営者らが「ネットカフェ難民」という呼称を止めろということがあった。「お客様を難民と呼ばれると(ネカフェの)イメージが悪くなる」ということだ。今度は派遣会社などが「派遣切り」という言葉は止めろと言ってきたらしい。なんでも「切る」という表現が気に入らないそうだ。▼この「イメージが悪くなる呼び名」という理由からの「言葉狩り」はともかく、私が狩りたくなるのは「イメージが良くなる呼び名」である。例えば「ニート」や「フリーター」もそうだ。本来、「ニート」は「引きこもり」や、大阪で言うところの「ぷー太郎」である。響きがいいのだ。恥ずかしそうに、申し訳なさそうに「オレ、今、ぷー太郎なんやけども・・」というのが通例だ。▼「フリーター」も同じく、「オレ、まだ、バイトなんやけれども・・」と使うものだ。どこまでいっても「立場」の話であり、決して「職業」としての「アルバイト」というものはないのだ。あくまでも「今は・・・」とか「とりあえず・・・」という前提であった。確立した職業と勘違いさせる、あまつさえ、何らかの資格と紛らわしい「フリーター」という呼称こそ狩りたいものだ。▼言い出せばきりがないが、メタボリックはデブでよろしい。モンスターペアレンツは非常識な親のことだし、ドメスティックバイオレンスは家庭内暴力であり、単なる嫁(彼女の)虐待である。カタカナや平仮名にして「イメージを良くする」もしくは「薄める・誤魔化す」ようなことこそ警戒せねばならない。▼「平和」や「友好」、「共生」に「共存」、「反省」や「誠意」などの美しいキーワードで糊塗する日本解体工作と同じく、だ。

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