バスケ青春の詩

平成25年12月22日をもって33年9か月ほど勤務した仕事を定年退職をしました。これを機会にまた想いを綴ります。

泥棒と悪口…言葉の重さ

2012-03-07 03:38:44 | やっぱりミニバス!
平成24年3月7日 水曜日
 
「泥棒と悪口…言葉の重さ」


今日も、昨日に続いて作家の故・三浦綾子さんの話しです。


三浦綾子さんは講演で、「泥棒と悪口を言うのとどちらが悪いか」という話をされています。


『私の教会の牧師さんは、「悪口のほうが罪深い」と言われました。

大事にしていたものや、高価なものを取られても、生活を根底からくつがえされるような被害でない限り、いつかは忘れます。

少しは傷つくかもしれませんが、泥棒に入られたために自殺した話はあまり聞かない。

だけど、人に悪口を言われた老人の話や少年少女の話はときおり聞きます。

「うちのおばあさんたら、食いしん坊で、あんな年をしてても三杯も食べるのよ」

…と陰で言った嫁の悪口に憤慨し、

その後一切、食べることを拒否して亡くなった…という話があります。

恐ろしい話です。

私たちの何気なく言う悪口は人を死に追いやります。

だから、泥棒のような単純な罪とは違うのです。

それなのに私たちは、いとも楽しげに人の悪口を言い、また聞いているのです。

そして ああきょうは楽しかった…と帰っていく。

ひとの悪口が楽しいと思う心、

それは人間の悲しい性(サガ)です。』


私が、このことを読んで、思ったことは…

それは確かに人間の性ですが、それを思ったとしても…

それを言葉にして出すか否か、という人間性でもあると思うのです。

その性の悪さを心に置いて、見つめることで、、変わることができると思うのです。

言葉の重さを…


言葉は相手に届かないかもしれない、

言葉は相手を優しく包み込むかもしれない、

言葉は相手の心に突き刺さるかもしれない、


言葉は癒しの薬にもなり、言葉は刃をもったひとをも殺す武器にもなるのです。

発した言葉の重さを自覚すること、責任をもって言葉を発する覚悟がいると思うのです。