本朝徒然噺

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「通し狂言 摂州合邦辻」玉手御前の髪型

2007年11月17日 | 芝居随談
国立劇場十一月歌舞伎公演「通し狂言 摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」の(いちおう)観劇日記です。

ざっくりした感想はこちらをごらんいただくとして……、細かな感想を書こうと思うとネタバレになってしまいそうなのでそれは千穐楽を過ぎてからということにして、今回はいつもと趣向を変えて「日本髪」と関連づけた観劇日記を書いてみたいと思います。
お正月に向けて、頭の中が日本髪モードになっているので(笑)、日本髪のことを語りたくてウズウズしてるだけなんですが……。

「摂州合邦辻」のヒロインの玉手御前は、腰元の身分から河内国主・高安通俊の後妻に「出世」した、うら若い奥方様です。
その玉手御前が、夫の息子(つまり、玉手御前にとっては義理の息子にあたる)俊徳丸に懸想をしてしまうことから、この物語は始まります。
いくら、血はつながっておらず年も近いとはいえ、義理の母親から想いを打ち明けられた俊徳丸は大いに戸惑い、玉手御前を拒絶します。
そのうえ、皮膚が崩れる病気にかかってしまった俊徳丸は、意を決して屋敷を出ていきます。
俊徳丸を追うため、姿を変えて身分を隠し、人目を忍んで屋敷を出ていく玉手御前。
その玉手御前が訪ねたのは、自分の両親が住む庵室。
玉手御前が義理の息子に懸想をしたということを聞き知っていた父・合邦は、娘を説得しようとしますが、まったく聞く耳を持ちません。
それどころか、「俊徳丸さまがあのような病になったのは、自分が毒を飲ませたからだ」と衝撃の告白までする玉手御前。業を煮やした合邦はついに……。
息をのむような展開の末に、玉手御前がなぜ俊徳丸に毒を盛ったのかが明らかになります。そして、俊徳丸への懸想の裏には意外な事実が隠されていたことがわかります。

この続きは劇場でごらんいただくとして(笑)、本題に移ります。

■下げ髪

物語の冒頭、俊徳丸と共に浜辺にやってくる時の玉手御前の髪型は、「下げ髪」です。
下げ髪(垂髪=すいはつともいいます)は、髪を結い上げず、背中のあたりでくくっている髪型ですが、これもれっきとした「日本髪」なのです。

平安時代以降、中世の終わりまで、女性の髪型は「下げ髪」が一般的でした。
しかし、庶民の場合それでは身の回りのことをやるのに大変ですので、しだいに髪を結い上げていくようになりました。
それが定着し、しだいに髪型も技巧的になっていって、江戸時代も中期以降になるとさまざまな髪型が編み出されました(これが、現在一般的に「日本髪」と言われているものです)。

しかし、髪を結い上げる文化ができてからも、公家や大名家の奥方など上流階級の人は、正式な場では「下げ髪」にする決まりでした。
また、そういう人に仕える人々、つまり「御殿女中」たちも、正式な場では下げ髪にしなければなりませんでした(これはしだいに薄れていき、正式な場でも御殿女中たちは髪を結い上げたままになりました)。

歌舞伎に出てくる髪型で「片はずし」というものがあります。
「伽羅先代萩」の乳人政岡など、身分の高い御殿女中が結っている髪型で、輪のような髷(まげ)をつくって笄(こうがい)を挿しています。
この「片はずし」はもともと、笄をはずすとすぐに下げ髪になるものでした。
普段は髪が邪魔にならないように結い上げ、いざ正式な場に出なければならない時には下げ髪に変身できたのです。
今回の、「通し狂言 摂州合邦辻」に出てくる羽曳野(高安家の家臣の妻。今回の興行では片岡秀太郎丈が演じています)も、「片はずし」を結っています。

御殿女中たちと違って、自分で身の回りのことをする必要のないような身分の高い女性は、普段から下げ髪にしていました。
よく時代劇で、将軍の正室(御台所)が、前髪と鬢(びん:顔の横の部分の髪)だけつくって、髷(まげ)は作らず長いまま後ろに垂らしているのをごらんになったことがあるかと思います。
あれも、「下げ髪」の習慣を残したものです。

「摂州合邦辻」冒頭で登場する玉手御前は、河内国主の妻、つまり大名の奥方様ですから、下げ髪にしているのです。
「仮名手本忠臣蔵」に出てくる塩冶判官の妻・顔世御前や、「義経千本桜」に出てくる平維盛の妻・若葉の内侍なども、下げ髪になっていますね。


■丸髷

俊徳丸を追って屋敷を出ていく玉手御前は、身分を隠すため、髪型や衣装を変えます。

ここで玉手御前が結っているのは「丸髷」という髪型。
一般の武家の妻女や、富裕な町人の妻などの髪型として、一世を風靡しました。
既婚女性の髪型の代表選手です(ただし、関西の富裕な町家では、別の髪型が結われていました)。

玉手御前は、大名家の奥方という身分を隠し、普通の武家の妻女に見せるために、丸髷に結い上げたのです。
ちなみに、丸髷は若妻から年配者まで、幅広い年代に結われました。若い人ほど髷が大きく、年配の人は小さめに結います。

初日の観劇日記でも書いたように、「摂州合邦辻」は、歌舞伎では「合邦庵室の場」だけが演じられるのが一般的です。
しかし、この一幕だけですと、玉手御前がいきなり丸髷に黒紋付という出で立ちで登場するので、玉手御前とはいったいどのような人物なのかがつかみにくいかもしれません。
今回のような通し上演だと、そのあたりの経緯がきちんと描かれているので、玉手御前の人物像がつかみやすくなり、作品への理解も深まるのではないかと思います。

■「色町風」

大詰の「合邦庵室の場」で、俊徳丸のことをあきらめるよう両親から説得されても頑として聞き入れない玉手御前が、自分の髪に手をあて「屋敷風の髪型はもうやめて、これからは色町風に派手にして、俊徳丸の心をつかんでみせる」と言い切ります。
「色町風」というのは、花街風、つまり芸舞妓や遊女風の髪型ということです。

江戸時代には、遊女から始まって一般女性の間に広まった髪型や、その逆に一般女性や屋敷勤めの女性の髪型が花柳界に取り入れられたケースが多くありました。
しかし、身分制度の強かった時代、武家の女性、町方の女性、遊女を含む花街の女性の髪型は、まったく同じというわけにはいきませんでした。もとは同じ髪型でも、身分によって結い上がりの雰囲気や飾りが違っていました。
「屋敷風」(武家風)は、飾りもごくシンプルで、全体的に気品のある形になります。それに対して「色町風」は、飾りも華やかで、どことなく艶っぽい雰囲気も漂います。

身分や年齢によって髪型まで異なっていた時代、自分と違う世界の人の髪型やファッションは、ある意味憧れだったのではないでしょうか。
「屋敷風(の髪型)は置いて、これからは色町風、ずいぶん派手に結い上げて……」という玉手御前の台詞には、武家の堅苦しいしきたりや窮屈な生活を捨てて、情熱のままに自由に生きたいという気持ちも込められているのかもしれません。


歌舞伎では、その登場人物の年齢や立場などに応じて、人物にあった髪型のかつらを床山さんが結い上げます。
歌舞伎をごらんになる時、女性の髪型にも注目してみると、さらに楽しみが広がるのではないでしょうか。


ちなみに、地毛で日本髪を結う場合は、「かもじ」と呼ばれる添え毛を使って結い上げるのが一般的です。地毛だけでは、ボリュームが出にくいためきれいな髷の形を作れないからです。
また、地毛結いの場合は、鬢付け油を使って髪を固めます。

それに対してカツラは、ハリのある長い毛をたっぷりと使って作られているので、かもじを使わずに結い上げることができます。
そのため、元結(もっとい。髪をくくるための、こより状の紐)を切ると髪が瞬時に解けるようになっています。
「摂州合邦辻」のラストシーンでも、それまで丸髷に結っていた玉手御前の髪は解かれています(なぜ解かれているのかを書くといささかネタバレになってしまうので、それはお芝居を見てのお楽しみということで……)。

でも、これが地毛結いの日本髪になると、こんなにきれいには解けないんです……。
元結を切ってもかもじがいろいろくっついてますし、かもじをすべてとっても、鬢付け油で固められているから髪がすごいことになってます(笑)。
ちょうど、今月歌舞伎座の顔見世でやっている「宮島のだんまり」の平清盛みたいな感じ(笑)。


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2 コメント

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Unknown ()
2007-11-23 23:43:11
さすが~藤娘さん、日本髪と古典芸能のことを抱き合わせで語れるのは貴女ならでは!パチパチパチ!

日本髪のことを深く理解なさっていると、ご自分の髪で結われる時はどれにしようか迷われるのではありませんか?もしかしたら、それは着物のコーディネートを考える以上に楽しい時間であったり?
私も幼い頃はお正月には日本髪を結っておりましたので、遠い遠い記憶の中にも、日本髪を結ったことで晴れ晴れしい気持ちがしたことを思いだします。

私も今回の藤十郎さんの鬘(下げ髪)から「あーーなるほど」と理解できた部分がありました。
私の好きな片外しは、下げ髪から来ている髪型だったのですね~。以前から片外しのあのルーズな感じはイッタイ何???と疑問には思っていたのですが……
いや~ホントに勉強になりました。ありがとうございます。

今回の玉手御前、ほんとに可愛らしいですね~
思わず「玉手ちゃん」と呼びかけたいくらい可愛らしいくて、私もグイグイ惹き付けられちゃいました。
今月の歌舞伎界最優秀俳優賞は玉手ちゃんに差し上げたいと思います!
私も出来るならもう一度、玉手ちゃんと羽曳野に逢いに行きたいのですが、、、千龝楽近し、、、うーん難しい。。。。

歌舞伎座の若々しく華やかなメンバーとは対象的なお顔ぶれですが(苦笑)、客席は見巧者が集まっている印象でしたね。


藤娘さんのことですから、きっとこの連休も国立劇場に行かれているのでは?
藤十郎さんの息を詰めた台詞術を是非とも真似してみて下さい!?!

お着物も素敵ですね。
黒地の総絞りと黒地塩瀬の組み合わせはとてもいいですね。玉手ちゃんと同色になさったの???
お写真から京女っぽい感じが伝わってきました。
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萩さま (藤娘)
2007-11-24 23:56:27
コメントありがとうございます!

やはり、萩さまも観にいらしたのですね~!
秀太郎丈の羽曳野、厳しさのなかに主君への忠義心が感じられて、素敵でした
山城屋さんの玉手との息も、さすがにぴったりでしたね

日本髪好きなせいか、歌舞伎を観るときはついついカツラにも目が行ってしまいます……
床山さんの丁寧な仕事があってこそ役者さんも一層引き立つんだなあ……と思うと、裏方さんたちにも拍手を送りたくなりますよね

ご幼少のころお正月に日本髪を結われた萩さま、きっとすごく可愛らしいんだろうなあ……と、想像するだけでウットリしてしまいます

9月に帰省した際、祖母の持ち物だった鼈甲の櫛と丸髷用の笄が出てきまして、祖母の時代にはまだ日本髪が身近なものだったんだなあ……と思いました。
お正月にはお嬢さんもミセスの方も日本髪で正装するという良き風習が、また定着するといいですよね
今度のお正月は、歌舞伎にも登場する髪型を結う予定なので、今から楽しみです

3連休の最終日にもう一度三宅坂へ行ってまいります
山城屋さんの熱演を息を詰めて観ても目を回さないために、体力をつけて行ってまいります!(笑)
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