本朝徒然噺

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芸術祭十月大歌舞伎(昼の部)

2007年10月30日 | 芝居随談
歌舞伎座「芸術祭十月大歌舞伎」昼の部の観劇日記です。

山城屋さんの「封印切」がかかったので4回も観に行ってしまったため、書きたいことがたくさんありすぎて長くなってしまうかもしれませんが、ご容赦を……。

■赤い陣羽織

木下順二作の民話劇。
歌舞伎座で上演されるのは、先代の勘三郎丈が先代水谷八重子さんとともになさった、昭和36年以来だったのだそうです。

のどかな雰囲気で始まり、途中ちょっとハラハラする展開になるけれど幕切れは微笑ましくて……と、とにかくほのぼのとした心温まるお芝居で、昼の部の幕開きにはぴったりだと思いました。
誰一人として「悪人」が出てこないのです。

中村翫雀丈扮する代官が、「村のおやじ」(中村錦之助丈)のいない間に女房(片岡孝太郎丈)にちょっかいを出そうとするのですが、この代官も根っからの悪人ではないのです。単にスケベなだけで(笑)。
ちょっと短気でドジなこのお代官は、事あるごとに「貴様ら、しばり首じゃあ!」と言っているのですが、勢いで口にしているだけで実際にはやらないというのがよく伝わってきます(笑)。
自分の「悪だくみ」に協力した家来と庄屋が、自分の奥方から「そなたらはお払い箱じゃ!」とクビにされてしまうと、「そこまでしなくても……」とオロオロする始末。
そういう人物を、翫雀丈が好演しておられました

同じ道化役でも、「NINAGAWA十二夜」の安藤英竹より今回の役のほうが、翫雀丈の持ち味を生かせている感じで良かったんじゃないかと思います。
作品が描いている人物像がしっかりしているぶん、役者さんが一生懸命おもしろおかしくしようとしてサムくなるということがなく、微笑ましく観ていられました。
これはぜひ翫雀丈の当たり役になるといいなあ……と思いました。

「村のおやじ」を演じた錦之助丈にも注目でした。「歌舞伎界きっての二枚目」と言われている(らしい)錦之助丈が、まるでカールおじさんのようなメイクで、田舎の気のいいおやじさんを演じるんですから!
さすがに錦之助丈、むやみにおかしみを出そうとして下品になるようなことがなく、作品の雰囲気をこわさず丁寧に、すごく「いい感じ」に演じておられました。
錦之助丈の新境地を拓く、いい役だったんじゃないかな……と思います。

錦兄演じる「村のおやじ」の恋女房を演じたのは、片岡孝太郎丈。
気立てがよく頭もよい美しい女房を、とても可愛らしく演じておられました。
すごく良かったと思うのですが、一つ残念だったのは、千穐楽の前日に観たとき若干オーバーアクションになってしまっていたこと……
観客を楽しませようというサービス精神から力が入ってしまったのかもしれませんが、そのためにほかの演者とのバランスが微妙にくずれてしまっていた感じで、ちょっと残念でした。「だんまり」のところでも、一人だけやけに動きが大きくなってたし……。
でも、その前に観た3回はどれもすごく良かったと思います

余談ですが……。
代官の企みに気付いた女房が、代官が家に押し入ってきた場合に備えて防衛策を講じるのですが、2回目に観た時まではすぐに農具を取りに行っていたのに、3回目に観た時には、農具を取りに行く前にボクシングのような動きが取り入れられていて、ウケました(笑)。

関西歌舞伎の上村吉弥丈が演じる奥方様は、お芝居の最後に登場するのですが、出番は少しでもすごく存在感があって、良いアクセントになっていたと思います

歌舞伎では久しく上演されていなかった「赤い陣羽織」。それだけに、演者のみなさんもいろいろと工夫しながらみんなで作り上げていこうという雰囲気が感じられて、舞台がすごく生き生きとしていた感じがしました。
いい作品ですし、これから上演機会が増えるといいなあ……と思います。

■恋飛脚大和往来

今回の興行では、「封印切」「新口村」の二幕が上演されました。

「封印切」のことについては1月10日1月24日の記事(大阪・松竹座の観劇日記)に、今回の興行のざっくりした感想は10月14日の記事に書いているので、ここではそれ以外のことについて書きたいと思います。

今回の興行では、忠兵衛を坂田藤十郎丈、梅川を中村時蔵丈、井筒屋おえんを片岡秀太郎丈、忠兵衛の父親孫右衛門を片岡我當丈、忠兵衛のライバル丹波屋八右衛門を坂東三津五郎丈、遊女屋の主人鎚屋治右衛門を中村歌六丈という配役。

大和屋さんの八右衛門と歌六丈の治右衛門は初役だそうですが、お二人とも、初役とは思えないほど馴染んでおられて、すごく良かったです

特に大和屋さんの場合、慣れない大阪ことばで山城屋さんの忠兵衛と掛け合いをしなければならず大変だったと思うのですが、大阪ことばも全然違和感がなかったし、山城屋さんとの息も合っていたし、大健闘しておられました。
我當丈が八右衛門をつとめられる時に比べると、少しぎこちないところがあるのは仕方ないと思うのですが(多くの舞台を共につとめておられるあのお二人の絶妙のコンビネーションは、一朝一夕でできあがったものではありませんから、なかなか同じようにはいかないと思います……)、それを差し引いて考えてもすごく良かったと思います
特に良かったと思ったのは、忠兵衛と口論になり、もみあっているうちに小判の封印が切れてしまうところ。
我當丈の場合だと、ここはわりとあっさりというか、「ちょっと言い合いになっているうちにはずみで封印が切れてしまった」という感じなのですが、三津五郎丈の場合はだんだん緊張感が高まっていく感じで、封印が切れた時に観ているほうも思わず「あっ!」と叫びたくなってしまうような感じでした(実際、小声で叫んでいる方もいらっしゃいました……笑)。

藤十郎丈の忠兵衛と秀太郎丈のおえんの、前半のちょっと「おかしみ」のある掛け合いは、さすがに絶妙のコンビネーションでした
1月の松竹座では上村吉弥丈がおえんをなさっていて、それもすごく素敵だったのですが、私は秀太郎丈のおえんが一番好きです
以前にも書いたかもしれませんが、私が初めて歌舞伎の「封印切」を生で観たのは、8年前の平成 11年歌舞伎座「中村会四月大歌舞伎」。その時、忠兵衛を藤十郎(当時・鴈治郎)丈、おえんを秀太郎丈、八右衛門を我當丈がなさっていて、そのチームワークに強烈な印象を受けたのです。それ以来、このお三方の組み合わせは私の中では「黄金のトリオ」になっているのでした。
今回も、忠兵衛とおえんの掛け合いを観ながら「ああ、このお二人の掛け合いをまた観ることができてシアワセ……」と、つくづく感じたのでありました。

時蔵丈の梅川は、言うまでもなくとってもきれいでした!
きれいだったんですが……、ちょっとだけ物足りなく感じてしまったのは私だけでしょうか……。
すごく良かったんですけれども、藤十郎丈や我當丈との掛け合いになると微妙に何かが合わない気がしてしまって……。あの上方歌舞伎の呼吸の中にどっぷりと入っていくのは、東京の役者さんにはなかなか大変なのだとは思いますが……。
でも、興行半ばを過ぎたころから、台詞の抑揚がそれまでと少し違って、藤十郎丈や我當丈との呼吸がずいぶん合っていたように感じました。
「新口村」で、忠兵衛と揃いの黒紋付を着て雪の中を歩いていく時蔵丈の梅川は、ほんとにキレイでした

「新口村」の孫右衛門は、平成11年12月の南座で仁左衛門丈のを観たことが一度だけあるのですが、仁左衛門丈の情感あふれる演技にすごく泣けたのを覚えています。
我當丈の孫右衛門は、仁左衛門丈に比べて少し抑えめといいますか、良い意味で「年老いた父親らしい」風情があり、仁左衛門丈とはまた違った良さがありました。

特筆しておきたいのは坂東竹三郎丈。
上方歌舞伎の主要メンバーですが、東京の興行だとどうしても役が限られてしまいます。
今回の興行では、「新口村」に少しだけ登場する、忠三郎(孫右衛門の小作人)の女房の役。
忠三郎のもとを訪れた忠兵衛と梅川に向かって、「大坂の飛脚問屋へ養子に行った孫右衛門どののせがれが客のお金を横領したとかで、孫右衛門どのは代官所に連れていかれて取り調べを受けるしで村は大騒ぎ、困ったものだ」と、当の本人たちを目にしているとはつゆ知らずまくし立てるコミカルな役で、悲劇の中でつかの間のやわらぎを観客に与えてくれます。

すごいと思ったのは、忠三郎の家の中から竹三郎丈が現れて台詞をしゃべり始めたとたん、パッと空気が変わって、なんとも言えない上方歌舞伎の雰囲気が醸し出されたこと。
上方に根付いて活動されている役者さんならではの間(ま)というのがあるんだなあ……と、あらためて思いました。

「新口村」は、私は原作がすごく好きなのです。
親の情愛が、孫右衛門の言葉の随所に見事に表現されているんですよね。
歌舞伎の「新口村」にも、原作のそういった部分は生かされていて、「忠兵衛がもしも商売で成功して世間の人に名を知られたのなら、『あんなによくできた息子を他家へ養子に出して、孫右衛門は馬鹿だ』と自分が人から笑われたとしても嬉しい。反対に、犯罪をおかして世間に名が知られ、いざ忠兵衛の手に縄がかかった時、『孫右衛門は忠兵衛を養子に出しておいて賢明だった』とほめられても、その辛さはいかばかりか」と嘆く孫右衛門の姿には本当に心を打たれます。
この台詞の前半に、親の愛情というものが凝縮されているように、私は感じるんですが……。

忠兵衛に一目会ってやってほしいという梅川に向かって、孫右衛門は、自分に目かくしをしてくれと言います。
もしも忠兵衛の姿を見てしまったら、自分が忠兵衛に縄をかけなければいけなくなるからです。
姿を見られなくても、せめて手だけでも触れればよいから、決して目かくしをとったり忠兵衛に物を言わせたりしないでほしいと頼み、忠兵衛と手の先だけでの再会を果たす孫右衛門。
本当は忠兵衛の姿も見たいし声も聞きたいに決まっているのですが、自分の子どもに自分の手で縄をかける辛さを考えれば、絶対に忠兵衛の姿を見ることも声を聞くこともできないと決意するわけです。この時の葛藤は、親としては身を切るようなものだと思いますが、それだけ親の愛情は強いということなのだと思います。

ところが、です。
歌舞伎の「新口村」は、原作と違って、忠兵衛と孫右衛門が手をとりあって涙の再会を果たしたとたんに、梅川があっさりと目かくしをとってしまうんですよ。

もちろん原作では、孫右衛門は最後の最後まで、逃げて行く忠兵衛と梅川を見送るその時まで、ひたすら目かくしをしています。
歌舞伎のようにあっさりと目かくしをとってしまったら、身を切るような孫右衛門の思いが、全然生きてこなくなっちゃう気がするんですが……

1月の観劇日記でも少し書いたとおり、「封印切」も原作や人形浄瑠璃と変わっている部分がありますが(八右衛門は原作では友人思いの男気のある人物ですが、歌舞伎では敵役になっているとか)、「封印切」の場合はどちらかというと成功例だと思います。
でもこの「新口村」は、原作を変えて失敗したパターンじゃないかなあ……という気がしてならないんですよね……。
目かくしをしたままでは、名題役者の顔が見られないまま終わってしまうから変えているのだと思いますが、最後の最後、孫右衛門が木のところに倒れこみ雪をかぶるところで目かくしをとる形でも、インパクトは十分あると思うんですけれども……。

山城屋さんは、「近松座」などで原作にできるだけ忠実に丸本歌舞伎をやるという試みもなさっていましたが、この「新口村」はぜひ一度、原作に忠実なやり方でやっていただけるといいなあ……と思ったりして……

役者さんたちの演技だけでなく、「封印切」の舞台演出も私は大好きなのです。
場面転換の際に「回り舞台」が使われるのですが、そのときに黒御簾(下座)が「踊り地」という曲を弾きます。
「踊り地」は、上方の遊郭やお茶屋を舞台にした場面で用いられる下座音楽ですが、とても華やかな雰囲気の曲なのです。
三味線が「踊り地」を弾き上げるなか、華やかなお茶屋の座敷を模した大道具が回り舞台で動く様子は圧巻です。
そして、「踊り地」の明るく華やかな調べが、後に続く悲劇をより一層引き立ててくれる気がします。
「歌舞伎は総合芸術」といわれる所以はこういうことなんだなあ……と、つくづく思うのでありました。


■羽衣

みなさまよくご存じの能「羽衣」を歌舞伎舞踊化したもの。

天人を坂東玉三郎丈、漁師伯竜を片岡愛之助さんという、一幅の絵のような美しい組み合わせでした

途中、能の「序之舞」を模した舞もあるのですが、9月の観劇日記にも書いたとおり、お能に造詣の深い玉三郎丈だけあってとても美しい舞でした
能の「羽衣」のシテと同じように天冠をかぶり、長絹(ちょうけん)という衣装(これを羽衣に見立てています)をつけて静かに舞う玉三郎丈は、神々しい雰囲気でとてもきれいでした。

愛之助さんも、曲の雰囲気を大切に、品良く丁寧に踊っておられて、素敵でした。

玉三郎丈が着ていた長絹は、白地に金の刺繍が施されているもので、とてもきれいでした。
お能の長絹にはさまざまな色があるのですが、「羽衣」には白の長絹がいちばん合うような気がします。

学生時代に能「羽衣」のシテをさせていただいた時、師匠が「長絹はどうするかなあ……」とおっしゃったので、「し、白の長絹、すごく憧れるんですが……」とおそるおそる(師匠は、「羽衣」をなさる時に白の長絹はあまりお使いにならなかったので)申し上げたら、「うーん、白ねえ……」とおっしゃりつつ、本番当日、本当に白の長絹を着せてくださって、すごく感動したのを覚えています。
その時のことを思い出して懐かしい気分に浸りつつ、舞台の幻想的な雰囲気に見入っていたのでした。

欲を言えば、舞踊全体にもう少し「序破急」が欲しかったかな……という感じです。
羽衣を失って力を落とした天人が花道を出てくるところから、返してもらった羽衣を身に付けて五穀豊穣を願う舞を舞った天人が空へ返っていくところまで、同じようなテンポとトーンだったのがちょっと惜しかったなあ……と。

でも、美しく幻想的な一幕で昼の部を観終えることができて、良い気分でした

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2 コメント

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なるほど! (JoanneKathleen)
2007-12-03 22:22:00
陣羽織は楽しい一幕でした。なるほど、翫雀丈の自然な感じは作品がしっかりしていることに起因していたのですね!萬屋さんも「新境地」とは、なるほど~!カールおじさんなのに?!違和感がありませんでしたものね。登場人物が少ないせいか、悪い人が出てこないせいか、とってもいいアンサンブルだなと思いました。

封印切は上方の役者さんで観たいと思うモノの筆頭です。JKも秀太郎丈のおえんさん、大好きです。
時蔵丈はねえ・・・実はJKは時蔵丈のファンなのですが・・・そうなんです、おきれいなんですけどね、、、上方ものには、、、
大和屋さんはホントにお上手、耳が良いのでしょうか、関西出身のJKも満足、です。。。
そうか、目隠しの秘密・・・そういうことがあったのですね。

お能をなさっていたとは!だからやわらかな立ち居振る舞いが身に付いておられるのですね、納得

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JoanneKathleenさま (藤娘)
2007-12-06 00:26:03
赤い陣羽織は本当にほのぼのと、楽しい一幕でしたね
錦兄の「村のおやじ」、私の中ではかなりヒットでした(笑)。
ああいうお役をやっても、全体的に品良く仕上げてしまえるのは、さすがに歌舞伎界きっての二枚目ならでは……!?

藤十郎さんと秀太郎さんのあの掛け合いは、本当に絶妙ですね
関西の役者さん同士ならではの、独特の呼吸やテンポがあって、さすがだなあ……と思います。

お能は、学生の時4年間かじっていただけなのですが、4年生の時に学園祭で能「羽衣」のシテをさせていただけたことは、とても良い勉強になりました。
歌舞伎で、今回の「羽衣」や松羽目物のようにお能とゆかりのあるものを観るといつも、ついつい懐かしい気分になってしまいます
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