本朝徒然噺

「和」なモノについて気ままに語ります ※当ブログに掲載の記事や画像の無断転載はご遠慮ください

松竹座初春大歌舞伎

2007年01月10日 | 芝居随談
東京へUターンする途中、大阪に寄って今年の初芝居を楽しみました。
6日の早朝の新幹線で小倉を発ち、大阪・松竹座の昼の部を観ました。
朝早く起きて着物を着て、まだ暗いうちに家を出て新幹線に乗り込みました(キモノの写真は、この記事の末尾にあります)。ほとんど「決死隊」です(笑)。

今月の松竹座の公演は、江戸歌舞伎を代表する名跡・市川團十郎と上方歌舞伎を代表する名跡・坂田藤十郎が初めて共演するということで話題を呼んでいます。
現・團十郎丈と現・藤十郎丈のお二方は、藤十郎丈がまだ中村鴈治郎を名乗っておられたころに何度も共演されていますが、坂田藤十郎を襲名されてからの共演は初めてです。
長い歌舞伎の歴史のなかで、市川團十郎という名前と坂田藤十郎という名前が同じ芝居に名を連ねるのは、初めてのことなのです。

東西の大名跡が共演するのは、昼の部の「勧進帳」と夜の部の「山科閑居」。
私は、昼の部に行ったので「勧進帳」を見ました。
團十郎丈の弁慶は、まさに「お家芸」の堂々としたものでした。
藤十郎丈が演じるのは、義経。上方歌舞伎の和事にも通じる柔らかさをもった義経が、勇壮な弁慶と好対照でした。江戸と上方、それぞれの持ち味が見事に調和した舞台だったと思います。

関守・冨樫を演じるのは、市川海老蔵さん。
実は、2日にNHKで放送された劇場中継を見た時には、例によって鼻から台詞が抜けていて「あちゃちゃ……」という感じだったのですが、この日はお腹にグッと力が入っている感じで、見違えるようになっていました。時々口跡が悪くなることはあったものの、フワフワした感じがありませんでした。

四天王(亀井六郎、片岡八郎、駿河次郎、常陸坊海尊)を演じる大谷友右衛門丈、市村家橘丈、市川門之助丈、片岡市蔵丈もそれぞれに貫禄があって、重厚な芝居を支えていました。


「勧進帳」以外の演目は「彦山権現誓助劔(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」より「毛谷村(けやむら)」と、「恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)」より「封印切(ふういんきり)」。

「毛谷村」は、藤十郎丈のご子息、中村翫雀丈と中村扇雀丈の兄弟競演です。
お父様が藤十郎を襲名されて「山城屋」になった今、関西の「成駒屋」を背負って立つのはこのお二人になります。最近のお二人の舞台を観ていると、その気概がひしひしと伝わってくる感じがします。

「封印切」は、今回、私がいちばん楽しみにしていた演目です。
はっきり言って、これを観るために大阪まで足を運んだといっても過言ではありません(笑)。
主人公の忠兵衛を演じるのは、もちろん坂田藤十郎丈。
忠兵衛と相思相愛の遊女・梅川を演じるのは、片岡秀太郎丈。
忠兵衛の敵役・丹波屋八右衛門を演じるのは、片岡我當丈。
私にとっての「黄金トリオ」の競演ですから、見逃すわけにはまいりません(笑)。

このお三方がそろっての「封印切」を観たのは、平成11年4月の歌舞伎座「中村会四月大歌舞伎」以来です(その時は、秀太郎丈は梅川ではなく、お茶屋の女将・井筒屋おえんを演じておられました)。
その時の感動は、今でも鮮明に覚えています。なにしろ、感動のあまり1か月の間に1階席で3回も観たくらいですから(笑)。
「これまで観たなかで、いちばん印象に残った舞台は」と聞かれたら、私はこの時の「封印切」を挙げると思います。

「封印切」は、近松門左衛門の作った人形浄瑠璃の演目「冥土の飛脚」をもとに作られた歌舞伎で、上方歌舞伎の和事(わごと)を代表する演目の一つです。
和事とは、二枚目の優男が恋に身をやつすさまを描いたお芝居のこと。今でいう恋愛ドラマといった感じでしょうか。
恋の機微だけでなく、「おかしみ」と呼ばれるさりげないユーモアも配されているのが、和事の特徴です。
「封印切」は、前半はその「おかしみ」をたっぷりと出し、中盤からクライマックスにかけて一気に悲劇的な物語へとかわっていきます。

飛脚問屋の養子・亀屋忠兵衛は、なじみの遊女・梅川を身請けしようとします。しかし、遊女の身請けには大金が必要ですから、養子の身にとってはそうそう簡単に手にすることができません。
そうこうしているうちに、忠兵衛の友人、丹波屋八右衛門が、梅川を身請けしようとします。
しかし梅川は、忠兵衛のことが好きなので八右衛門のところへは身請けされたくないと打ち明けます。
そこへ八右衛門がやってきて、「忠兵衛には金がない、自分には金がある」と、忠兵衛の悪口を散々に言い立てます。
矢も盾もたまらなくなった忠兵衛が店の奥から出てきて、八右衛門と口論になり、飛脚問屋のお客から預かっていた小判の包みが破れてしまいます。
愕然とした忠兵衛は、とうとう自暴自棄になり、お客から預かった大切なお金の封印を自ら切ってしまいます。

飛脚問屋が、お客から預かった小判の封印を切るということは、今でいうならば銀行員が客の預金を横領するようなものです。
ましてや、「十両盗んだら首が飛ぶ」とされていた時代のことです。三百両という大金を横領してしまった罪がどれほど重いかは、言うまでもありません。
封印を切った瞬間、忠兵衛は死への旅路を歩み始めることになったのです。

忠兵衛に事情を打ち明けられ「一緒に死んでほしい」と言われた梅川は、喜んで死ぬと言いますが、「たとえ3日でもいいから、夫婦と呼ばれて死にたい」と望みます。
忠兵衛は、封印を切った三百両で梅川を身請けし、死を覚悟のうえで共に逃げていきます。

近松の原作、つまり人形浄瑠璃のほうでは、丹波屋八右衛門は敵役ではなく、男気のある友人として描かれています。八右衛門の忠告を聞かずに忠兵衛が封印を切ってしまうのです。
しかし歌舞伎では、八右衛門がとことん悪者として描かれています。それによって、忠兵衛が封印を切るに至るまでの感情の高ぶりが、より自然な流れとして、より鮮明に伝わってくるようにも思われます。

前回、歌舞伎座で「封印切」を観てから、もう丸8年近くが経ちますが、藤十郎丈をはじめとする役者さんたちの若々しさは、まったくといっていいほど衰えていません。まずそこにびっくり(笑)。
藤十郎丈、我當丈、秀太郎丈の息の合った演技はもちろん、上村吉弥丈の井筒屋おえん、坂東竹三郎丈演じる遊女屋の主人・治右衛門もそれぞれに良い味が出ていましたし、仲居役や幇間役の大部屋の役者さんたちに至るまできちんとバランスのとれた、完成度の高い舞台だったと思います。
大阪まで観に行った甲斐がありました!

今回は、花道のすぐ右側の席だったので、役者さんたちを間近で見ることができて、楽しさも倍増でした。
衣装も、遊女屋の主人なら大島、盗賊なら着古した木綿(つぎはぎをして、裾もわざわざ泥で汚しているのです)など、役に合った衣装が細部まで丁寧に作られていて、感動モノでした。こういうのが歌舞伎のすごいところだなあ……と、あらためて思いました。


<当日のキモノ>

初芝居のキモノ

初詣に行った時と同じ、黒地の総絞り着物に松竹梅の塩瀬帯です。
前日(5日)に美容院へ行って髪もセットしてもらったので(一晩寝たら微妙にくずれてますが……)、頭も写しました(笑)。




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4 コメント

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ありがとうございました。 (hanahana)
2007-01-10 23:33:45
う~ん。なかなか期待できそうですね!私は15日にいってきます。

5日には夜の部を観てきましたが、海老蔵丈は久しぶりだったのです。ほんまに味と艶がほどよくでてきましたねぇ。昼の部の勧進帳も楽しみ!

藤十郎丈は、時計を逆戻りさせたはるんかと思うほど、若くて艶艶してきたはります。これまたびっくり!下手したら翫雀丈より若くみえてしまいますもん。

「封印切」は以前に勘三郎丈で観たのですが、どうしても辛い思い理不尽な思いが先立って好きに慣れない芝居でした。藤十郎丈なら近松もんはお手にもんやし、これまた期待できそうです。

楽しみ楽しみ!ありがとうございました。

そうそうお弁当はいかがでしたか?
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梅鉢の塩瀬は2本目?! (ake149)
2007-01-11 21:38:51
結髪で大阪で途中下車の東下りとは!春からいいことをなさいましたね。
おキレイな黒髪を結いあげらて、日本髪といいこの髪型といいやっぱりお着物は御髪ですね!

黒の総絞りに黒の塩瀬!粋ですね。しかも藤十郎さんの梅。以前の川島の梅鉢といい、ちゃんと揃えられて眼福です。

冥途の飛脚の大好演。本当にますます艶っぽく最高の藤十郎さんですね。顔見世もでもそうでした。

私は来週大阪の文楽劇場で冥途の飛脚ですので楽しみです、

今年もいっぱいご覧になってください。その記録は財産ですね。
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>hanahanaさま (藤娘)
2007-01-11 23:14:04
コメントありがとうございます!

海老蔵さん、調子がよくなってきましたね
あれだけベテラン揃いの舞台だと、気が引き締まって力が出るのでしょうね
大先輩たちと一緒に舞台に立つというのは、若い役者さんにとってやはり貴重な経験なのでしょうね。

藤十郎丈は、和事を演じている時、とりわけ若く見えますよね……。ほんと尊敬します(笑)。

15日、ぜひ楽しんでらしてください
私は、また20日に日帰りで観に行きます……

お弁当は、ぜひお重も持って帰りたいと思っているので、日帰りで行くときに食べるつもりでおります
(先日も食べたいなあと思ったのですが、宿泊がらみで荷物が多かったので泣く泣く断念しました……
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>akeさま (藤娘)
2007-01-11 23:28:32
ありがとうございます!

不器用なので、普段はシニヨンの付いたバレッタを使って簡単にまとめているだけなのですが、初芝居でしかも藤十郎さんなので張り切りました(笑)。
美容院できちんと結っていただくと、やはり気持ちがいいものですね

この帯は、自分でも気に入っているうちの一本なので、akeさまにお褒めの言葉をいただけて本当にうれしいです
ありがとうございます。

お正月にもちょうどよいし、藤十郎さんにゆかりの梅も描かれているしで、東京に戻ってくるまでこれ一本でまにあって、とても重宝しました
実はこの帯、数年前にネットのセールでおトクに手に入れたのです 気に入って何度も締めているので、すっかり減価償却できていると思われます(笑)。

文楽の「冥土の飛脚」、いいですねー!
人形浄瑠璃は本家なので、近松の世界がより伝わってきますよね。
楽しんでらしてください

今年も、観劇とキモノで英気を養いつつ頑張ります
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