goo blog サービス終了のお知らせ 

こども界りゅうがく記

教える人のふりして、大好きな人種・小→中学生の国に毎日留学中
英語技の種、見つけたらどうぞ持っていって植えて下さい

地球りゅうがく記

2015年07月05日 | 詩、短歌、ことば

「ありがたい」の反対語は「あたりまえ」だそうです。
あたりまえ、になるのにうんと時間がかかる私は、


自分が車を動かしているのがまだ信じられません。
不可能と思っていた運転免許を取って8年。
無料で車も頂き、乗るたびに「ありがとう、よろしくね」と目で伝えます。


キウイに慣れません。
出会いは小学生の時の夏。気仙沼の祖母宅で、
外側から予想もつかないファンキーな断面が現れた衝撃が
今も切るたびいくらか再生されます。


お金のしくみに慣れません。
紙切れや硬貨を手渡すだけで物が手に入るなんて。
自分の時間がお金に変わることも不思議です。
時給2円(アメリカでキャンプ仕事)から2万円(逗子で歌う仕事)まで
同じ私なのに。


今でも時々、英語を話す自分に驚きます。
「コツコツやってたら高2のある日突然話せた、しかも好みの発音で」
という、びっくりギフトのようだったので。


水道や電気の便利さに慣れません。
もっと難しいプロセスで出てきてもいいのに。蛇口30回ひねると1ℓ出るとか
家族で手をつないで1分踊ると電気がつく、とか。
ツバルの雨水生活や電気が止まった震災時の方がより、あたりまえだった。


遠い先祖からずっとバトンが渡されて今は私が握っている命とDNA、
の長さと小ささに慣れません。
食事の時に「ご先祖の皆さんありがとう、ご一緒にどうぞ」とつぶやきます。
能力を伸ばすのは、ご先祖一同とのコラボ作業。


地球が回っていてでも人が落ちず海もこぼれず朝晩がきっちり来ておいしい食べ物やきれいな花が地球から生えてきて食べ物がまつ毛とか身長に変身して水たまりや涙が昇って雨になって気の合う人とは友だちになれて助け合えて。
この大がかりかつ好意的なしくみ、なんでそこまで、と思います。


母親に好かれていないと思い続け、小学校の女性担任に「あなた嫌い」と言われ
中学校でいじめにあい、人に好かれることに慣れませんでした。
だいぶ克服したけれどまだ、大人に好かれると驚きます。


そもそも、大人になったことに慣れません。
素質もなさそうなので、近々「ふり」もやめようかと思います。


幼稚園の時から見事なほどに片思い続き、
人の仲人は得意だけど自分の思いは隠し通す「男はつらいよ」人生だったため
好きな人が好きだと言ってくれること、明日また会えることに、
9ヶ月たっても慣れません。
普通の日なのに、涙が出ます。


あたりまえの反対だらけなので
他の星や人生に行きたいと
当分思わず生きそうです!


ふるさと

2012年08月28日 | 詩、短歌、ことば

Winter spring summer fall take turn and watch us
Sunshine wind rain and snow take turn and touch us
They are still there and also here to create new memories
We all are part of our Furusato

冬、春、夏、秋が、代わりばんこに私たちを見守ってくれる
日の光、風、雨、雪が、代わりばんこに私たちに触れていく
それはずっと変わらない、あの場所でも今ここでも
そして思い出は 作られるのです 新しく。
私たち一人一人は、ふるさとのひとかけら

Wise slow enough to live thousands of years
Kind rich enough to feed thousands of us
Fish and rabbits trees and human all are fed, grow old and change
We all return to our Furusato

大地は賢く急がず、何千年を生きている
優しく豊かで、何千の命に食べものをくれる
魚、うさぎ、木、人、みんな
栄養を受けとり、大きくなり、年をとり、姿は変わり
そしてだれも、ふるさとに帰っていく

(「ふるさと」英語詞 by とらさん)



※ ふるさとと私

この世界に生まれる私を迎え、みなと祭り、大島リフト、熊長のかき氷、おばあちゃんちの急な階段…子ども時代の輝く夏の全てをくれた生まれ故郷の気仙沼。
加えて、4年前に大地震に打たれた心のふるさと栗駒、親友家族が移転を余儀なくされた飯舘村、台風で流された和歌山の友人宅、福島に隣り合う今住む那須。
そのままでいてほしかった姿が次々に、去っていきました。
震災から一年後の三月、気仙沼で千人規模の寄席イベントを見、復興を担う人たちのユーモアと会い、おばあちゃんち跡を何度も通り、流されて強くなったもの、失われた故にやってきたものを見ました。
与えられる側にいつまでもいたがる私の子ども心は、たとえば気仙沼と聞くたび涙を流したのですが。
大人に、自分にしかできない、ふるさととの新しい付き合いを始めたいという願いが生まれました。
詞を書くこともその一つとして。

お月見

2011年09月15日 | 詩、短歌、ことば
十五夜の次の晩
月を見ながら寝ようと 窓ぎわに寝床を整えて横になったら
3分もたたないうちに 曇り空になって月が隠れてしまった。
その時とっさに思ったのは「うわ、なんで?」ではなくて

「間に合った」

3分だけでも、見たいものが見られた。したいことができた。
雲の向こうの月の形を知っている私は、3分前と違う人間。


いま
しておきたいことはなんだろう
会っておきたい人はだれだろう

雲に覆われるその前に


※写真: 引きこもり期に連れ出してもらった夜の月。大倉、宮城。

今は会えない家の話題が続きます

2011年09月09日 | 詩、短歌、ことば
今夜10時からNHKで、気仙沼の南町が特集されます。
祖母の家があった所。
南町のあさひ鮨で、3才からカウンターで「とろ」を注文していたそうな、私。

高校まで育ち、経済的理由から住めなくなった仙台、二軒茶屋の
強烈に特別なその家の庭と共に

今はもう、ではなくて
今はまだ、と思えるのです。

どこかで待っててくれる。いつか会える。

お誕生日ありがとう

2011年08月29日 | 詩、短歌、ことば
今日で◯回目の誕生日を迎えました。
心身共に、マイナス要因だらけだった人生前半でしたが、
なんだか後半、収穫期に入った気さえする今日この頃です。
たとえば。

最近、facebookで急につながり始めた、高校で私が担任だった生徒のみんなとのやりとり。
shyだった女子が今、アメリカの大学で教えているのもびっくり。

今関わっている那須の子どもたち、彼らの将来が幸せに実っているほど、
ファンとしてはヨロコビ比例なわけで。
→まだまだ、種まき作業は続きます。

生まれる前に備えられたもの、生まれてから周りの人に贈ってもらったもの、
明らかにプラスなもの、一見マイナスに見えるもの、
全ての贈り物に感謝します。

宇宙の采配で、必要な時に必要な所に届けられるgiftに、私自身がなってみたいな。
送り主でも届け主でもない、giftそのもの。

↑人生後半、新たなチャレンジ!

ウサギのいい子ちゃん

2011年06月17日 | 詩、短歌、ことば


宮城のくりこま高原自然学校に住んでいた2006年、
4羽の子ウサギ(キチ、シバ、チャバ、トーボと命名)に心奪われ、
暇さえあればうさぎ小屋にへばり付き、食べ物をあげ、
「君の顔がウサギにとっての景色になってる」と言われるくらい。
そこに新たな登場ウサギが。

足を折って病院に行き、事務所内の箱で暮らし始めた真っ黒なウサギ。
痛みで気が立つのか
近づくと 「シャーッ」とキバをむく。
狂暴な子ウサギ、初めて見ました。怖い子、とは思えませんでした。

少し落ち着いてから、抱っこして「いい子いい子」と
なでていたら馴れてきて。
「いい子ちゃん」と命名。
自分から私の肩に登ってきた時はとても感動しました。


実は、自分は存在していいのか?という自信のなさが
人生の初期から強くて強くて今もまだ戦うことがあります。
好かれる価値がない、とか。

でも、といい子ちゃんを見て思ったのでした。
いい子ちゃんの足が不自由でも関係なく、かわいい。
シャーって言われても噛まれても、足が痛いんだねって許せる。
見た目も性格も他の4羽のほうがかわいいかもしれないけど、
いい子ちゃんがもし「私なんか」って言ったら、何それ?って笑う。
好きだから。

2006年、自分をいい子ちゃん扱いしてほしいと願いました。
今は、それもさることながら
痛くて痛くて人にキバを剥いてしまう子どもがいたら
「いい子いい子」ってなでてあげる役割、がほしいです。

キバを剥きたい子どもなんて、いないはず。


短歌 みやぎにて

2011年05月15日 | 詩、短歌、ことば

バンソウコだらけの街に植えられる 花々の色 植える手の数 

仙台の取材 気仙沼の写真 プロに任せてただそこにいる 

不自由は平気だと父 中国から引き揚げ電車思い出し言う 

夏ごとに我を育てし気仙沼 みなとまつりの色 音 香り 

しょうがない 庭いじりつつ母は言う 育った家が流されたこと 

流されし祖母の庭にてスズランのこれから花を生むうす緑 

津波あと 咲くすずらんの花言葉 「だいじょうぶだよ」←今決めました 

料理する優しき人の息子さん 我と同い年 行方わからず

走る地下鉄 つくライト 母の声 当たり前とはもう思わない 

地震後に電話で家族と話すたび I love you とつぶやいて切る 

星に願へ叶えられんと仙台フィル デパート前の四重奏曲

 


ダライ・ラマ法王による震災犠牲者四十九日法要

2011年04月27日 | 詩、短歌、ことば
http://www.tibethouse.jp/event/2011/110429_houyou.html 

実際の四十九日目は4月28日です。
那須の「賢人」の一人は、
「四十九日に多くの人が手を合わせることで次の自然災害を抑えられるかも」
と言っていました。信じたいです。

東京に行かずとも、それぞれの場所で、見えない魂に思いを向けられたら。

いのちの使いかた

2011年04月26日 | 詩、短歌、ことば
夕べはcafe shozoで、冨田貴史さんを迎えてのお話会。
事前に、「今気になっていることは?」を紙に書くことになり
「心や頭が宮城・那須、楽観的と郷愁と危機、てんでバラバラなこと」と書いた。

本人には伝えてないのに冨田さんのお話の中で
「今はまだ、これだ、こうあるべきだって方針を決める時じゃない。
 考えることとできることのギャップの合間を探っていていけばいい」
とあり、安心しました。

休憩時にカウンターでYさんと
那須は「楽しく使命を果たす」ができる場所、という話になりました。

楽しめるだけの余裕があり、日本に必要なしくみを作れる環境・人材がそろってる。
地震前と後で、楽しいと使命、後者の割合がグンと増したと思います。



なにやら高校生の頃から、使命という言葉を意識していました。

命を使う、ということ。
骨董品と違って、いくら貴重でも飾っておいたら意味がない。

命を使う。使いながら、本当の使い道を探る。
その上で、ここぞという時には、手放すことも厭わない。

それは望む人誰にも与えられる、冒険のチケットという気がします。


孫正義さん「生まれてきた使命を果たす」
http://news.livedoor.com/article/detail/5514784/