今日4月10日~春のうららトーク・アート展
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あだ名の話をしましたが、那須で唯一、私を本名呼び捨てにする人がいまして
3月21日春分の日、その人・春のうらら氏が、体から離れました。
地震でも事故でもなく。時が来た、としか思えない状況とタイミングで。
3月19日、うららさんが九州に行く前夜、「生きてる間に会えない気がするから会ってくる」
という友人に「九州に会いに行けばいいじゃん大げさな」と思っていた鈍い私。
3月11日地震で、うららさんの木版の絵が落ちてきれいに3分の1に割れたのを
「ボンドでくっつけよう」としか思わなかった鈍い私。
2年前、最寄の小学校の校長室に長靴で入って「なおに渡してくれ」と絵と手紙を置いていったと聞いて
汚い作業服の父を友人に見られた小学生のように「恥ずかしい」と思った鈍い私。
多くの人が彼を尊敬するのが理解できず、ぶっきらぼうに接した鈍い私。
おじいちゃんみたいに、存在まるごとほめてくれたから
ただ甘えて、失礼で、時間がいつまでもあると信じるこどもだった。
「とらさん」はフーテンで災害ボランティアで先生で。
「なお」は仙台の親や気仙沼のおばあちゃんやうららさんのこどもや孫で、泣きやまない。
今日ばっかりは「なお」でいたいと思うけど無理かな。
体を離れて、いつでもそばで、存在丸ごと応援してくれるようになったから
0歳から育ち始められる気がする。
鈍くない、すてきな人間になりたいんだ。
うららさんのほめ言葉を、「当たった予言」にしてみたい。

※写真:うららさん宅&アトリエ、ポカラの囲炉裏端。
秋刀魚と、はだしのうららさん