100127
アーティスト鴻池朋子さんの公開講座。
「想像力と遊ぶ動物―遊びとは魂を呼び還す技なり―」
昨年夏の終わり、東京オペラシティで見た
「インタートラベラー 神話と遊ぶ人 鴻池朋子展」はよかった。
http://www.operacity.jp/ag/exh108/
いま、私の机の上に鎮座しているスノウドームは、
そのときに購入したもの。
たまに雪を舞い上げてあげると、ミミオと6本足の狼は
噴火するマウンテンの手前で遊んでいるようだ。
また、先月から週刊文春で連載が始まった
桜庭一樹の『伏―贋作南総里見八犬伝』は、
鴻池さんの挿絵が私の興味の半分を占めている。
そんなことから、彼女が実際にどんなことを話すのか
楽しみに出かけたのだった。
「こうして皆さんを前に話す機会は初めてのことですが、
作品の解説をしようとは思いません。
これまでの自分の活動を振り返って語りながら、
自分自身に何か見えてくるものがあるのではないか、と期待していまして、
それを話せたらいい、と思っています」
この何気ない言葉の中に、彼女の創作活動の根源が隠されていたのだった。
1998年に初めてアニメーションを作った。
鉛筆の線が震え、動くことに興奮した。
そこで、自分の視点の代わりになる“主人公”を作った。
それが、ミミオ。
白い球体に手足がついた生物。
アニメの中でミミオは何をするのか?
つまり、自分の視点が何を見ているのか?
アニメ用に何千枚、何万枚の絵を果てしなく描いて、先が見えなくなったとき、
大変なことをすると「何か」の扉が開くのだ、そこがスタートだ、
と思ったという。
「なぜタイトルをつけなくてはいけないのですか?」
彼女の面白さは、表現するツールを(たぶん無意識のうちに)
おもちゃにしてしまうところ。
例えば、絵本。
画家として絵を描くことは当然だが、
彼女は左右のページの間(専門用語で「のど」という)、
ページの表裏の間(専門用語で「小口」という)に
「何か」を見つけよう、何かを創造しようとする。
彼女にとって、本は不思議な「道具」なのだ。
表紙から見返し、本文…、何か仕掛けができないだろうか、と考える。
ともすれば編集者がルーティンワークとして見落としてしまうことを
ちゃんと拾ってきて、突きつけられるような、そんなこと。
一緒に本を作ったら、きっと大変だろうが、絶対に面白そうだ。(笑)
白い本を作って、真上からプロジェクターで映像(アニメ)を投影し、
それを覗き込むように見せる仕掛けもそう。
映し出され、流れ続ける映像を、白いページをめくって、あたかも本のように眺める。
覗き込む、つまり下に向かって見ることは、
自分の世界を支配できるのではないか、というふうにも彼女は考える。
実に興味深い。
大原美術館で展覧会をしたときは、明日オープンというその夜に
四苦八苦しながら言葉遊びのようなことをしながらタイトルをつけたのだとか。
まず、やってみる。つくってみる。そこから始める。そこから考える。
彼女のその姿勢は一貫している。
「作品を人が見る、そのことによって私が見える、そんな感覚がいつもある」
数年前、海外で、世界の他のアーティスト達と展覧会をしたときのこと。
彼らは、差別やら戦争やらといった社会問題をテーマにして作品展示をするのが当たり前だ。
なのに自分の中にはそれがない、と思ったとき、愕然としたのだという。
同時に、日本人として、人間として自分がいま幸せなのだと実感した自分がいる、
ということを実感した。
そして、社会的背景を持ったメッセージもなく、
ただのインスタレーションにすぎない自分の作品が、
しかし、いちばん人気があったという事実を目の当たりにしたときに、
嬉しいと思う自分と、いい作品をつくっているという小さな自信を感じたのだという。
「見る側がそこにいることを実感する。私はそれを求めているのです」
「言葉を話したいから、絵を描いている」
数々の展覧会が評判となり、たくさんのインタビューをこなさねばならなくなった。
昔からよく言われてきたことは
「表現したい(=言いたい)ことを絵にしているんでしょう?」。
そうかもしれない。
それなのに、なぜ、自分の作品のことをしゃべらなくてはいけないの?
でも、そればかりではない。
ならば、話さなくてはならない。
彼女の中で大きな葛藤があった。
そして、ある日、伝えたいことが言葉としてあふれてきたのだ、と。
「言葉を話したいから、今は絵を描いているのです」
そう言って、彼女は最後にほっと安堵の笑顔を浮かべた。
自分の中にいる別の自分を見ること、
それは自分の作品を見る外部の人の目によって映し出される自分でもある。
自分、作品、作品の中の自分、見る人、見られる作品、見られる自分。
さまざまなところに視点をおいて彼女は動く。そして、発見し、実感する。
観客である私たちはまた、彼女の創り上げる世界の一部でもあり、
それらを包括してまた次のステージへと移っていく。
当分目が離せないなあ。