ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2017.3.25-26 復調・・・またしても、あれやこれや

2017-03-26 21:10:14 | 日記
 土曜日。
 今季の朝の連続テレビ小説も余すところあと1週間。ベッドで鑑賞した後はのんびり起きてゆったり朝食。相変わらずちょっと食べるとすぐにお腹を壊しやすくなっている。
 ひととおり掃除・洗濯を済ませて簡単なランチを済ませる。夫は職場関連の会合へ、私は一足遅れて久しぶりにSさんのスタジオに出かけた。
 
 今日は1月に参加した“わたし改革リトリート”のフォローアップクラスだ。金沢から参加されたYさんや、山梨から参加のAさんの姿も。新幹線や特急に乗って駆け付けるのだから、Sさんのクラスの魅力の大きさが分かる。

 Nさんから午後のクラス前にタイ料理のランチにも誘って頂いたのだけれど、ランチ、2つのクラス、フォローアップクラスと、3クラス連続は体力的にちょっと自信がなかったので、泣く泣くご遠慮してフォローアップクラスの1つ前の、キールタンメディテーションのクラスから参加した。

 靴箱が溢れるほどの大盛況。スタジオ内は、ヨーガ哲学のクラスに参加された方たちの熱気でムンムンだ。気持ちよくオーム、クリシュナや9つの唄がセットになっている長いキールタンを気持ちよく歌えばあっという間に1時間。いつものことだけれど、不思議なくらい心が穏やかに美しく洗われて落ち着いていくのを実感する。

 キールタンメディテーションの参加者がスタジオを退出され、私たちリトリート参加者7人だけの贅沢なフォローアップクラスが始まった。Hさん、Kさんはハングアウトでの遠隔動画参加。もうお2人は残念ながら欠席のようだ。

 まずは2つのグループに分かれてこの2か月、自分自身にどんな変化があったかをシェアしあう。ちょうどリトリートの最終日に帰路が一緒だったAさん、Nさんと同じグループになり、報告しあう。彼女たちは指導者養成コースの同期なので旧知の仲だが、それぞれが、大変な状況を上手にやり過ごせるようになっていること、何があっても大丈夫という大きな思いに支えられている感じを確認しあう。

 全員が状況をお披露目するだけで1時間が過ぎる。残りの30分でゆっくりと身体を動かして瞑想に。いつのまにか微笑みながら、揺るぎない優しい気持ちに包まれて、幸せ一杯。Sさんからは「皆さん、もうヨーガの智慧を上手く日常生活に生かせていますね」とお墨付きを頂き、ひとまず今回のリトリートは修了。Sさんを囲んで記念写真撮影をしたり、あれやこれやとこれからのスケジュールを話し合ったり、名残惜しくお喋りは尽きなかった。

 ちょうどその頃夫も会合から解放されたようで、帰路足を延ばして迎えに来てくれて、スタジオ最寄り駅で合流。会食を済ませた夫にはお茶だけ付き合ってもらい、空腹の私は夕食を摂り、ご機嫌で帰宅した。

 日曜日。
 予報通り朝から冷たい雨。なんとベランダの温度計は5度を指している。これは、とまだクリーニングに出していなかった毛皮のコートを引っ張り出す。3月末、桜が咲きだしたというのに真冬の寒さに逆戻りだ。

 今日は毎月のお楽しみ、Wさんのサロンでマッサージの日。この1か月の報告をしたら、施術中はほぼ熟睡。気持ち良さでぼーっとした後は、夫と母と待ち合わせてランチ。雨でレストランはガラガラかと思いきや結構混んでいる。あれやこれやデザートまでたっぷり頂いてお喋りもして、あっという間に2時間が過ぎた。母が最寄り駅行のバスに乗るのを見届けて私たちも帰路へ。

 手早く買い物を済ませ、ヨガスタジオへ。内装が一新され、すっかり綺麗になっていてびっくり。金曜日の定休日に一気に工事したそうだ。確かにオープンから丸10年が経ってあちこちに大分汚れが目立っていたが、すっかりリニューアルして気持ち良いことといったら。
 もう一つ驚いたことには、昨年春まで職場にいらしていたアルバイトのMさんに声をかけられたこと。今は都心の別の大学で、フルタイムでお仕事をされているそうだ。久しぶりにお目にかかってクラスが始まる前にすっかり話し込んでお互い近況報告。

 肩や股関節に丁寧にアプローチをするハタヨガビギナーのクラスは身体のメンテナンスにぴったりだ。久々に気持ちよく汗をかいてスッキリ。身体の中から温まって外の寒さもなんのその。ポカポカ気分で帰宅した。

 明日からまた新しい1週間が始まる。28年度最後の1週間である。先週末には異動内示も出た。私は引き続き同じポストで仕事をさせて頂けることになった。周りはかなり大きな動きがあるので、落ち着くまでには大分時間がかかるだろう。

 水曜日は4割に減量してジェムザール4クール1回目。今回こそ何とか持ち堪えて2投1休の治療が出来るようになりますように。

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2017.3.23 心ざわざわ・・・

2017-03-23 22:21:50 | 日記
 今年度も余すところ1週間余となった。
 都心では桜の開花も発表された。こちらは都心より2,3度気温が低いから、1週間ほど遅い開花になる。桜並木の蕾はまだ堅い感じに見えるけれど、それでも少しずつ色が変わってきている。植え込みの沈丁花の香りは馥郁と鼻をくすぐっているし、雪柳の眩しいほどの白い小花も可憐だ。コブシの花も元気に開きだしている。そう、世はSpring has come! 春なのである。

 そんな中、今週はちょっと受難続きである。
 もろもろの薬の副作用が溜まり、足の裏を中心とした痺れが常態化して久しいが、本当にちょっとした拍子になんでもないところで躓く。足裏の感覚がかなり鈍っているので、ヒールの高い靴を履くのは諦めて、カバさん靴がデフォルトなのだけれど、それでも平らな歩道のちょっとした縁にひっかかってこける。

 今回も右足首の軽い捻挫を起こしてしまった。その時はなんとか大丈夫だと思って特に手当をしなかったのだけれど、一晩眠って朝起きたら結構症状が酷くなっていて、丸一日以上湿布をして足を引きずって歩くハメになった。

 さらには記憶にある限り10年近く前に、友人とお昼に摂ったシラス丼でノロウィルスに罹患して以来の嘔吐。夕食後4時間近く経って、急に胃の痛みが襲った。胃薬を飲み、休んでいると今度は腹痛も。様子を見てお風呂で温まった途端、今度は生唾が止まらなくなった。お風呂から出るなりお手洗いに駆け込んで嘔吐。食後時間が経っていたわりには、何故か吐しゃ物は殆ど未消化だった。

 私はもともと嘔吐にあまり免疫がない。大人になって記憶にあるのは、悪阻の時を除けば数えるほど。抗がん剤投与の後でも、高性能の吐き気止めのおかげで気持ち悪さはあっても実際に嘔吐することはなかった。それなのに、何故、今?である。結構凹む。

 嘔吐したら気持ち悪さは解消してスッキリはしたものの、その影響で胃の痙攣が続き、痛みも継続して不調。翌日も終日胃が重苦しく、食事を摂る度に胃がその存在を主張して地味に痛むのに悩まされた。

 こう調子が悪いと、心穏やかに潔くというスローガンはどこへやら、情けなくも心がざわつく。この2か月近く通院等でほぼ週4日勤務だし、治療週の金曜日は体調が悪く、ギブアップして早退させて頂くこともある。こんな調子でいったいいつまでフルタイム勤務が続けられるものか、とも思う。

 そんな中、春の声とともにゴールデンウィークや5月から6月の集まりの楽しいお知らせなどが次々と届く。
 行きたいのは山々、それでも体調次第と答えるしかない。それもあくまで今の状況が続けばということだから、私の日程に配慮して頂いて、結局その日でもダメになるとなればまたまたご迷惑をおかけすることになる。だから軽々しく返事が出来ない。

 かつてはこうした集まりには無理をしても駆けつけていた。けれど、最近はその無理がしにくくなっている。なんといっても疲れやすいし、一度リズムを崩すと体調を戻すのに時間がかかる。治療週の土日、都心まで出向いて会食するのは諦めるほかないのかなと思っている。

 とはいうものの、今後投与のスケジュールと体調が安定すれば・・・と願うのだけれど、冷静に考えれば休薬週には好中球の値が低いのは自明の理だから、そうそうウキウキと自分から人混みに行くのも賢くはないだろう。こうして引き篭もってしまうとそれはそれで免疫力が下がりそうだけれど。

 そして、先日「芥川症」の次に読みたいと書いた久坂部羊さんの「悪医」を読んで、なんとも身につまされた。
 患者は52歳の男性。2年前に早期胃がん手術をしたものの、1年経たずして肝転移。抗がん剤が効かなくなり、若い外科医からもはや治療が出来ず余命三ヶ月と告げられる。

 その後、セカンドオピニオンを取り、転院して別の腫瘍内科医にかかり、大枚はたいて免疫細胞療法も試して最後はホスピスへ・・・と、奔走する患者と、いかにしたら(もはや命を縮めることになる)積極的治療をせずに残された日々を穏やかに過ごしてもらえるか、と主治医が苦渋する様子が交互に描かれる。
 こうして9年以上再発治療で命を繋いでいる身、どちらの気持ちもリアルに分かる。それだけに色々考えさせられた。

 この若き外科医は、テーマパークの閉園を例に患者に説明しようとした。なるほど、と思った。
 閉園時間のないテーマパークはない。どんな素晴らしい楽しい人生(時間)も終わらないものはない。だからこそ、閉園時間までどうすれば楽しく過ごせる(ここぞと思ったら積極的治療を止めて穏やかに過ごす時間を大切にする)か。あるいは、何とか閉園しないように事務所に掛け合い続ける(最後まで積極的治療を望んで穏やかな時間を失くす)のか。

 この本では、がん患者は閉園しないテーマパークで遊びたいと思っている、と書かれている。
 けれど、私はさぁどちらを選ぶかと問われれば、前者なのだろうなと思う。筆者は、その状況を分かっている筈の医師でさえも、実際に自分がその場になれば、あれこれ藁にもすがる思いで治療をしてしまうというみっともない最期になるかもしれない、とも書いている。だから、私もその時が来た時に、その決断をきちんとくだすことが出来るか、自信はない。

 卒業生から思いもしない感謝の手紙やメールを頂いた。こんなポンコツの私でもまだ若い力のお役に立てている、まだ働いていてもいいのだ、ともったいなくも有難く思う。
 心のざわざわを体調復調とともに少しずつ落ち着けていきたい年度末である。

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2017.3.19 ゴスペル初体験!~Amazing Grace

2017-03-19 20:34:52 | 合唱
 先日、某新聞社のイベント“「亀渕友香&VOJA」とゴスペルを楽しく歌おう!”の当選おめでとうございます」と通知が来た。
 ラッキーなことに都心での開催ではなく、かつて息子がピアノの発表会でお世話になった地元駅前のホールでの、思いもかけないイベントだ。以前から一度ゴスペルを歌ってみたいという思いがあったことと、息子と一緒に歌うという機会はなかなかないので、これは!と、帰省予定だった息子と私の2人の名前で別々に応募した。
 結果、2人とも見事当選。治療の状況によっては副作用できついかなとも思っていたのだが、幸か不幸か治療中止になり、体調も戻ってきて無事参加の運びとなった。

 会場に到着すると、受付開始時間前からチラホラと参加者が屯している。受付を済ませ、懐かしいホールに入ると、スタッフの方から前からお詰めくださいの声。折角の機会なのでずうずうしく最前列に座らせて頂いた。

 定刻通りに亀渕さんご本人とコーラスグループVOJA(The Voices of Japan)の女性2人、男性1人が登場。御年73歳というゴスペル界のゴッドマザーは、コントラアルトの声が素晴らしい声量のパワフルな方だ。まずは簡単に首回りのストレッチと呼吸、発声練習をしてソプラノ、アルト、テナーに別れる。恥ずかしながら、ゴスペルにはメゾソプラノというパートがないということを知らずに来た。そのため、今日は私はソプラノ、息子はテナーに別れる。

 歌うのはAmazing Grace。この曲は2年ほど前に旅立ったお友達の好きだった曲で、お葬式の時に流れたなあ、と思い出す。

 歌詞カードがあるだけで、楽譜があるわけではなく、耳から聞いて、感じて歌ってみましょう、とのこと。フロアには百二、三十人もいただろうか。実際に亀渕さんに指導を受けてゴスペルを愉しんでいる方も、私のように初めての者も、息子のように混声合唱をやっている方もいるだろうし、歌ではなく楽器をやっている方、普段はなかなか歌う機会のない方など、さまざまなバックボーンの参加者たちだ。

 そんな方たちを前に亀渕さんが判り易く歌詞を発音し、その意味を説明されていく。ソプラノはメロディだから問題なく進むけれど、アルトもテナーもなかなか難しい。メンバーの3人がデモで唄ってくださり、それぞれのパートが2回ほど音取り方々練習して、皆で合わせる。2コーラス目はハレルヤでメロディーをなぞる。

 この2年間OB・OG合唱団にもご無沙汰で、歌らしい歌は殆ど歌っていなかった。ろくに声が出ないのではと心配だったけれど、ヨーガで体得した深い呼吸が功を奏していたのか、胸を開いて長く息を吐くことが自然と身についていたのか、亀渕さんのご指導の賜物だったのか、思いのほか声が出て、とても気持ちよく歌えた。

 100人を超える大合唱。フロアからの質問タイムもあり、あっという間に予定時間の1時間半が過ぎた。
 やっぱり身体を使って歌うって素晴らしい。背筋を伸ばし、胸を開き、深い呼吸をしながら、口をしっかり開けて声を出す気持ち良さを久々に体感。ちょっと高揚した気分のまま大満足で会場を後にした。

 終了時間には夫が迎えに来てくれて、3人でお茶をして帰宅した。
 息子には先日面接したアルバイト先から採用の連絡もあり、親子3人でほっとする。
 彼は明日、寮に帰っていく。私は卒業式・学位授与式で出勤だ。

 すっかり春らしく暖かくなった今日、体調も大分戻ってきた。息子と一緒にこんなふうに歌を歌うことが出来て、幸せな時間を過ごせたことに感謝である。

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2017.3.16 昨日の通院日に読んだ2冊

2017-03-16 21:16:13 | 読書
 昨日は2冊読めた。
 1冊目は樋野興夫さんの「いい人生は、最期の5年で決まる」(SB新書)。
 樋野先生には昨年、患者会の勉強会でお目にかかる機会に恵まれた。著書にサインを頂き、ツーショットも撮って頂いた。あのお優しい語り口がそのまま読みやすい文章になっており、驚くほどスルスルとストレスフリーに読めてしまった。

 裏表紙には「私は、2008年1月に『がん哲学外来』を創始しました。薬や医療ではなく、言葉の力だけで患者さんと向き合うようになって、9年が経とうとしています。これまで言葉の処方箋をお出しした患者さんと家族は3000人を超えます。多くの患者さんと出会う中で、私は『いい人生』とはどんなものか、考えてきました。生きるとは何か。死ぬとはどういうことなのか。この本は、その問いに対する集大成のようなものです。」とあるが、本当にそのとおり。

 読み終えた時に、いつのまにか癒され、自分の顔つきが変わっているのを実感した。詳しい内容はここでは触れないけれど、もし宜しければ是非ご自身で体感して頂ければと思う。

 2冊目は久坂部羊さんの「芥川症」(新潮文庫)。
 久坂部さんの本は以前「ブラックジャックは遠かった」で阪大医学部時代を回顧した青春エッセイを愉しんだのが記憶に新しい。
 今回は“「他生門」、「耳」、「クモの意図」、あの名作が医療エンタテインメントに!現役医師がブラックに生老病死を抉る全7篇”という帯を見て、思わず手に取った。

 そう、題名からして「芥川賞」をもじっている。芥川の作品にインスパイアされた短編集なのだけれど、どれもこれも“前代未聞の医療エンタテイメント、黒いユーモアに河童も嗤う”というコピーのとおり実に面白く頁を繰った。

 「父の死因とはいったい何だったのか?食い違う医師・看護師の証言。真相を求め息子はさまよう「病院の中」(←「藪の中」)から始まり、「羅生門」は「他生門」となり、「鼻」は「耳」に変わり、「蜘蛛の糸」は「クモの意図」になり、「地獄変」は「極楽変」になり、「芋粥」は「バナナ粥」となり・・・最終話は「或阿呆の一生」が「或利口の一生」に。もちろんどれもこれもタイトルだけを借りただけに留まらず、実にお見事に変身している。

先日、日本医療小説大賞を受けたという「悪医」も文庫になっていたので、買い求めてきた。今から読むのが愉しみである。

今年から通院日が増えたのは嬉しいことではないけれど、普段なかなか電車に乗る機会のない私にとって、読書の時間が増えたことは唯一嬉しいことである。

 帰省中の息子のこと。
 昨日は花粉症の薬を頂きに耳鼻咽喉科クリニックへ、今朝はほぼ1年ぶりに歯科クリニックへ、と無事メンテナンス完了。
 新しい下宿界隈でクリニックを新規開拓するよりも、子供の頃から慣れ親しんだクリニックの方が敷居が低いということか。
 それでも花粉飛散期間全てにわたる薬を出して頂けるわけでなし。今年は関西が特に花粉飛散量が多いようなので、戻ってからもちゃんとケアしてくれればよいのだけれど。

 そして今日は、最近体調不良で実家に行けていない私の名代で実家詣で。母とランチ、夕食をともにしてもらった。
 何か出来るお手伝いをすれば、と送り出したのだけれど、まあ一緒に炬燵に入ってお喋り相手になること自体がお手伝いなのかもしれない。
 明日は高校時代のお友達と都心で再会の予定だそうだ。
 あっという間に逗留予定の1週間が過ぎていく。


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2017.3.15 採血・レントゲン後診察、ランマーク24回目、ジェムザール3クール2回目中止

2017-03-15 22:28:36 | 治療日記
 昨夜は、久しぶりに自宅で3人の夕食を囲み、夫が買ってきてくれたホワイトデーの春らしいケーキを頂いてから、病院近くのホテルに前泊した。冷たい雨が降っていて、寒い。

 今日は6割に減らしたジェムザール3クール2回目の予定である。夫にモーニングコールをしてから、恒例熱めの浴槽足湯でじわじわと汗をかく。
 今回は、マグラックスを毎食後3度3度飲んだことで、制吐剤アロキシによる便秘のコントロールが上手くいったが、怠さと疲れやすさは相変わらず。休息する以外成す術がない。朝食は少し控えめに摂り、チェックアウトして病院へ向かった。

 3月2回目の通院日。雨は止んでいるが、舗道はまだ濡れている。空は厚い雲に覆われ、また真冬の寒さに逆戻りだ。気温は10度までしか上がらないという。胸痛が気になる。

 自動再来受付機ではすんなりとIDカードを通せたし、採血受付でも待たず。それでも座る場所を探さないとならないくらい混んでいる。電光掲示板を見ると、20人弱の待ち人数で8分待ちと出ている。3月半ばというのにまだ手放せないダウンコートをエコバッグに入れ、態勢を整えて待つ。ほどなくして採血室へ。

 今日は治療が可能かどうかを判断する白血球等のチェックのみだから、採取は1本だけ。何度もお世話になっている女性技師のSさん。「お加減はいかがですか」と問われ、「毎回好中球が下がりすぎ、2回目が投与出来なくて・・・」とお話する。抜針時にちょっとビリッとしたが、1本だけなのですぐに終了。

 止血しながらエスカレーターで2階に上がり、レントゲン受付へ。昨年末以来3か月ぶりの撮影だ。こちらもかなり混雑しており、待合椅子が満杯。10分ほど待って名前を呼ばれ、再び中廊下へ移動してから、さらに10分ほど待って撮影開始。再び1階に降りて、腫瘍内科受付に移動。幸運にも定位置の待合椅子が空いていたので、読書を開始。今日は新書と文庫を2冊読めたが、読書日記についてはまた明日。

 30分ほど経ったところで読書の切りが良かったので血圧測定。97-68、脈拍は80。
 それから20分ほどして、“中待合へどうぞ”の番号が電子掲示板に出た。中待合に入って、40分ほどで先生が名前を呼びながらお顔を出された。

 いつものように「さて、どうでしたか?」と訊かれる。「今回はお腹の調整はうまくいきましたが、やはりしんどいです。10割を8割に(減量)した時は恩恵を感じましたが、8割が6割になっても殆ど変わらず、楽には感じませんでした。金曜日までは気持ち悪さが酷く、食事があまり摂れずにナウゼリンを毎回飲み、金曜日夕方から土曜日一杯寝込みました。息切れもして、ひたすら疲れやすく、何をするにも堪え性がありません。」とお答えする。

 「そうですね。前回と同じだけ下がっています。」と仰る。白血球は4,000あったが、中身の好中球は16%で640ほど。またしても投与OKの下限1,000には達していない。
 PCにはレントゲン画像が2枚並んでいる。12月半ば丁度3か月前に撮影したものと、今回のもの。顕著な増悪はなく、不変との読影結果だ。

 先生が仰るには、今の治療を始めたのが1月末だから、12月の撮影から1か月半の間の増悪(マーカーは上昇中だった)を差し引いて考えれば、今回3か月前と不変ということは治療が奏功していると考えられるようだ。

 「今日も中止しますが、次回どこまで減らせるかな。ひとまず4割で投与して翌週の好中球の下がり方を見て、大丈夫そうなら5割まで戻すのを目標にしましょう。ハーセプチン併用でなくジェムザール単独なら隔週でもいいですが、3週に1度のハーセプチンがあるので、通院頻度が大きくなり、難しい。1週目の量を6割にして最初から2週目、3週目を休むか、どちらにするかは今後考えましょう。無理矢理に白血球を上げてしまうという手もありますが・・・」とのこと。

 確かに2012年、EC投与当時、白血球が下がっている体調不良の中、白血球を上げるグラン(G-CSF)注射を打つためにだけ3日連続で往復3時間かけて通院しなければならず、精神的にも肉体的にも負担が大きかった。今は1回打てば10日連続で打つのと同様の効果があるジーラスタという薬がある。けれど、3週に1度の薬だと良いのだが、2投1休だと注射するタイミングが難しい(水曜日治療だと土曜日注射がベスト)のだそうだ。

 ここのところ気になっていることを訊いてみる。「ジェムザールは副作用がマイルドということで選びましたが、減量してもこんなに好中球が下がってしまうのは歳のせいでしょうか、それとも(骨髄機能が)弱っているということでしょうか。」と問うと、「ジェムザールは本当に個人差が大きいのです。○○さんのように好中球がうんと下がる方もいるし、血小板がどーんと下がる方もいるし、全く何にも感じない方もおられます。相性もありますからね。」とのこと。

 実際、初発の術後療法でまだまだ骨髄機能が元気な患者さんでも、吐き気が酷く出るECが全く大丈夫で、それほどでない筈のウィークリータキソールで吐き気に悩まされる方もいるそうだ。本当に千差万別なのである。まあ、少ない量でもこうして身体が反応しているのだから、少ない量で効いてくれれば相性は悪くないと思うのだけれど。

 次回からはまずは4割で投与し、好中球の落ち方を見て、5割に戻す。いったん始めたので次回効果測定のためにCT撮影をするまではジェムザールを続けるという方針になった。次回2週間後の予約が入り、ご挨拶をして診察室を後にした。

 今日は化学療法室に入らず、いったん中廊下に出てランマーク注射を待つ。検温を忘れたのに気付いたけれど、特にお咎めもなし。30分ほど待って診察室の隣の処置室に入る。遊軍の看護師さんに体調が思わしくない旨こぼしながら、ゆっくり時間をかけてランマークを打って頂く。気を紛らわせることが出来、無事終了。
 
 会計へ向かい、時間を見計らって自動支払機へ移動。採決・レントゲン・ランマーク注射で15,000円ほど。
 外に出ると、相変わらずどんよりとした曇天。寒い。先週1,200だった好中球は予想通り半減してしまった。けれど、今日2回目の投与をしないで済んで、あの気持ち悪さと怠さから一時解放されると思うと、どこかに治療が予定通り出来ないという焦りよりも、ほっとしている自分がいる。情けないけれど、事実である。

 今日の病院滞在時間は3時間強。乗り換え駅のレストランでゆっくりお昼を頂き、本を読み切ってから夕食の食材を買い求めて帰宅した。
 帰宅後は洗濯機を廻し、洗濯を干す。忘れ物大王ジュニアの息子が昨日出来なかったミッションのフォローに徹する。なんとかリカバリーが済み、夕食の支度。

 明日はまた会議だ。準備やら何やらを考えると、やはり今日は治療が出来なくて良かったかも、と思ってしまう。年度末残すところ半月。実質出勤日は何日あるだろう。それでも好中球が低いのは事実だ。ここで風邪をひいたり、インフルエンザに罹患しては元も子もない。引き続きうがい手洗いをしっかりと、ようやく戻った食欲とお腹の調子を大事にしながら、次回投与までの2週間、体力回復に努めたいと思う。
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