ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2017.2.18-19 ジェムザール2クール1回目投与後の週末雑感

2017-02-19 18:49:58 | 日記
 金曜日は定時まで仕事をする元気がなく、2時間早退して帰宅した。目一杯働いて帰宅したら、生協の食材の取入れやら夕食の支度をやり遂げる自信がなかったからだ。
 夕食はなんとか簡単に鍋焼きうどんを作って、食後は入浴して早々にベッドに入った。

 土曜日。
 ベッドの中で朝の連続テレビ小説を見て、若者たちの門出に涙し、二度寝。夫から「食事はしないの?」と起こされてブランチ。制吐剤アロキシのおかげで前回よりも吐き気はかなり楽だが、それでも便秘でお腹のモタモタ感が強く、食欲はイマイチだ。何よりだるい。

 少な目に頂き、洗濯を済ませてからリビングで横になる。横になると、いつのまにかウトウトする。ビデオを視ているつもりが気づけば終わっているという体たらく。本を読んでみてもいつのまにかウトウト。

 寝たり起きたりを繰り返し、起きると、夫がおやつは?夕飯は?とすぐに食べる支度をしてくれるので、動かないわりには何やら食べてばかり。とはいえ、まだ食欲旺盛というわけではないので、チョコチョコ口にする感じ。

 もし行ければ、と予約していたリンパプラスヨガのクラスもキャンセルし、結局、新聞を取りに1階のポストに降りることすらせず、一日中籠城蟄居床とお友達、眠り姫の土曜日だった。
 いったい何時間眠ったものやら・・・。

 日曜日。
 あまりに眠り過ぎたのか、身体があちこちきしんで痛む。投与後4日ぶりにようやく普通に朝食を摂ることが出来た。それでも相変わらずフラフラしている。

 今夜は高校最寄り駅にあるホテルで、高校時代の恩師を偲ぶ会が開催される。治療中につき体調によってはドタキャンになる可能性が高いのですが、出来れば出席したい、と同期の幹事さんに連絡をしていた。けれど、やはり片道1時間以上かけて出かけて、会場で立ったままやり過ごす自信がなく、申し訳なかったけれど気持ちだけ偲ばせて頂くことにして、欠席のメールを打つ。

 とはいえ、このまま動かずにいてはまずいだろう。そろそろメンテをして明日からの1週間を迎えなくては、と先月予約していたリフレクソロジーに出かけることに。

 いつものようにオーナーが最寄り駅までお迎えに来てくださり、このところの体調の報告をしている間にあっという間にサロン到着。今日はフェンネル、ゼラニウム、マジョラムのリフレッシュブレンドオイルでお願いした。ヘッドマッサージ、ハンドリフレと下半身すっきりの症状別コースの2時間弱、施術が始まるや否やすぐに眠りに落ちた。

 かなり足が冷えているのを感じていたが、その通りで、足裏の面からはどこの内臓の調子が悪いというのはあまり感じられなかったが、やはり左側が特に冷えていて流れが滞っていたとのこと。

 施術が終わってから、からだポカポカブレンドのハーブティを頂き、酵素ジュースも頂戴した。身体に染みわたる美味しさだ。来月はマクロビの出張ランチ会も企画されているということで、予約してきた。今月のお楽しみプレゼントはかかとケアクリーム。先月頂いたリップバームもとても良かったと言うと、やはり好評だったそうだ。

 再び最寄り駅まで送って頂き、かなり身体がシャッキリしたので、さらなるメンテのためにハタヨガビギナーのクラスでゆっくり身体をほぐして汗を流した。夫と待ち合わせ、最低限の買い物をして帰宅。夕食は夫が準備してくれるというので、簡単に掃除を済ませた。

 明日からまた1週間が始まる。2日仕事をしたら、また治療日だ。採血結果で実際に2クール2回目の治療が出来るかどうかは神のみぞ知るだが、焦らず諦めず、自然体で臨みたいと思う。
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2017.2.17 決して運だけではない

2017-02-17 20:55:14 | 日記
 拝読している押川勝太郎先生のブログ「がん治療の虚実」で、とても嬉しい記事を見つけた。以下、かいつまんで転載させて頂く。

 ※  ※  ※(転載開始)
有用記事の紹介: 乳がん再発して10年たっても元気(2017-02-13 21:50:05)

(前略)
 さて、当初の予定はどんどん遅れて恐縮だが、有用情報は優先すべきだという精神に従って、今回は乳がん再発患者さんの長期治療成功例を紹介する。
 がんそのものあるいはがん治療でひどい目に遭ったという証言は広がりやすく、テレビドラマなどでも選択的に悲惨な例ばかりが紹介されている(その方が視聴率が取れるからだ、困ったことに)。
 こういった「がん」に対する世間的な悪いイメージの刷り込み現象を改善するには、がん治療でうまくいっている人がもっと発言すべきなのだろう。
 しかし、ひどい目に遭った人のような怨念的な動機付けがないために、治療成功者が広く発言することは少ない。
 近藤誠氏のがん放置療法関係本が一般的に売れていても、医療関係者にあまり賛同が得られていないのは、がん治療がうまくいっていないケースを見てはいるが、うまくいっている例も多数見聞きしているからだ。
  一方民間療法でがん治療がうまくいったという記事が多いのは、その関係施設が商売用広告のために意図的に証言を公開しているため。(ただし、医師から見ると信憑性に疑問符が付くことが少なくない)
 保険診療でできるがん標準治療は、もっとも可能性の高い治療法だが、個々の患者さんの治療がうまくいくかどうかは
①運
②本人の努力
③治療環境
の順で決まる(と自分は感じている、身も蓋もないが)。

 よって、ゆがんだがん治療のイメージを是正するためには、治療がうまくいった人はもっと積極的に体験談を世に発言すべきだろう。
 こういった趣旨で、高橋 裕恵さんという、乳がん再発して10年以上の患者さんの有用記事を紹介するに至った。

 https://runforthecure.org/feature/pink-magazine/
 P4〜7 生きる力はひととのつながり

2003年12月「乳がん」が見つかって
2005年12月鎖骨リンパ節転移
2014年5月肝臓多発転移

いろいろ苦悩し、大変な思いをしたが、それを乗り切って
現在もこれからも元気に治療中という人生の紹介。
(以下略)

 ※  ※  ※(転載終了)

 ということで、先生も仰っているとおり、再発して10年経っても元気な方は少なからずおられるということ、そういう患者さんはもっともっと声を上げていくべきなのではないか、と常々思ってきた。
 闘病ブログは今や数え切れないほどあり、様々な治療や副作用について報告されるけれど、そうした治療が残念ながら効を奏せず、更新が途絶えたかと思うとご家族やご友人が、旅立たれたという報告をされることが多々ある。
 けれど、今も元気にやっているという方は、それに比べてあまり発信がないように感じている。

 ここで紹介されている乳がんサバイバー・高橋さんの記事をオンラインで拝読したが、以前患者会からの紹介でPiNK Beauty Partyに参加させて頂いたおりに配布されていたオールカラーの季刊無料冊子だ。
 高橋さんは私と同い年でおられる。再発から10年ということなので、私のようにステージ4歴が10年か!と心強く思ったが、実際はそうではなかった。
 2年でリンパ節転移されているが、この段階ではいわゆるステージ3、その後10年近く経って多発肝転移されているので、ここでステージ4。ステージ4歴としては3年弱でおられる。それでも今は寛解状態というのだから、素晴らしい。まだまだ元気に発信を続けて頂きたいと思う。

 私が今回先生の記事を拝読して、一番嬉しかったのは
“保険診療でできるがん標準治療は、もっとも可能性の高い治療法だが、個々の患者さんの治療がうまくいくかどうかは
①運
②本人の努力
③治療環境
の順で決まる(と自分は感じている、身も蓋もないが)。”
の部分だ。

 これ迄私はおかげさまで数々の治療が功を奏してこうして9年間再発治療を続け、フルタイムの職も辞さずに生き長えることが叶っている。
このことについて、運が良かったんでしょうとか、職場環境が恵まれているんでしょうとか言われることも少なくない。努力ということについては決して触れられずに。
 もちろん、声高に「私、こんなに頑張っているんです!認めてください!」と頼んでいるわけではないし、そんなつもりもない。あくまでも私なりに真面目に病気に向き合って、治療をさぼることなく続けてまだ生きていたいと思うから当然のことだ。

 けれど、本当に幸運だったら、ステージ1の段階で出来る治療は全て行った後に、3年経たずして両肺、骨等多発転移のステージ4にはならずにそのまま卒業できたと思うし、そもそも病気にすらならなかったのではないだろうかとも思う。
 病を得、さらにはこうしてステージ4の患者としてエンドレスの治療をすることになったことで、色々手放さざるを得なかったこと、諦めざるを得なかったこともある。
 それでも細く長くしぶとく、とこれまで自分に活を入れてやってきた。そういうことを努力、と言って頂けるなら本当に嬉しいのだ。

 もちろん再発した段階で転院出来、今の主治医と出会え、治療環境にもとても恵まれていると思うし、こうして支えてくれる家族がいて、仕事を続けさせてくれている職場の環境にも恵まれているのは紛れもない事実。このことには、日々心から感謝している。

 けれど、どんな環境であれ、本人がさぼらず諦めずきちんと治療を続けるという努力はやはり必要不可欠なのではないかと思う。
 それを認めて頂けたのが、素直に嬉しく、また前を向く力を頂いた。これからもこのブログで発信することが続けられれば良い、と心から思う夜である。
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2017.2.16 昨日の通院日で読んだ2冊とジェムザール2回目投与翌日の体調のこと

2017-02-16 20:59:29 | 読書
 昨日は文庫が2冊読めた。
 1冊目は、よしもとばななさんの「すばらしい日々」(幻冬舎文庫)。
 「父はなぜ最後まで手帳に記録し続けたのか? 『生きること』の喜びに心が震える癒しのエッセイ」という帯が目に飛び込んできて、迷わず手に取った。ばななさんの本を読むのも久しぶり。裏表紙には「“父が入院している病院の階段をのぼるときいつも逃げ出したかった。死にゆこうとしている父に会うのがこわかった”。父の足をさすれば一瞬温かくなった感触、ぼけた母が最期まで孫と話したがったこと。老いや死に向かう流れの中にも笑顔と喜びがあった。愛する父母との最後を過ごした“すばらしい日々”が胸に迫る。発見と癒しに満ちたエッセイ」とある。

 1時間足らずで一気に読み終えたが、ばななさんの率直な、そしていつもながらとても大切に言葉を選んで書いているまっすぐな文章が胸を揺さぶり、何度も涙ぐんでしまって、困った。
 ご両親とのせつない思い出の数々はもちろんのこと、最初のエッセイ=散歩中の子犬が何を見ても嬉しくてたまらないといったきらきらした目でばななさんを見上げるという「きらきら」した時間=にいきなりノックアウトされた。

 それは、もう20年も前、指差しが出来るようになったばかりの1歳の息子をベビーカーに乗せて保育園に行く道すがらのこと。お花を見ても「いやっ!」(あれとあれは同じ、という意味だった)、犬を見ても猫を見ても「いやっ!」と指を差しながら私の顔を見上げて「きらきら」の顔で笑いかけて確認を求める息子との幸せな時間を思い出して胸が一杯になったからだ。

 “私も嬉しいです。今日も生きていて、きれいなものをたくさん見ることが出来てほんとうにうれしいです!”と声を出して言いたくなった。

 そして、どんどん成長して一人の時間が増えていく坊ちゃんとの時間、近所のおばあちゃんとの時間、がんと闘って逝ったお友達との時間、家族旅行でのかけがえのない思い出の時間を大切に読ませて頂いた。私の人生にある沢山の宝物にも思いを馳せながら、素敵な時間を過ごさせて頂いた。感謝。

 2冊目は澁川祐子さんの「オムライスの秘密 メロンパンの謎 人気メニュー誕生ものがたり」(新潮文庫)。
抗がん剤投与で食欲がなくなるだろう中、あえてこんな美味しそうな題名のものを手に取ってみた。

 「オムライスは店主の『やさしさ』から生まれた!」、「メロンが入っていないのになぜ『メロンパン』?」(これは私もそう思ったっけ)など、定番料理のルーツに迫るコラムが全部で28本掲載されている。帯に例として載っているのは「とんかつ…肉食文化がなかった日本を席巻!その画期的な進化とは。」、「シベリア…映画『風立ちぬ』に登場した妙な菓子パンの正体は。」、「ちゃんぽん…中華?和食?その由来もミステリー。」、「ショートケーキ…英米仏のいいとこどりスイーツは日本独自のもの。」、「生姜焼き…生みの親は、解剖学の権威だった東大教授?」などなど。へ~、とかふーん、とか思いっぱなし。

 裏表紙には「食卓の定番、コロッケやナポリタンのルーツは本当はどこの国、カレーはなぜ国民食になったのか。肉じゃがは海軍発祥というけれど。からあげは「唐揚げ」か「空揚げ」か。ハヤシライス誕生をめぐる尽きせぬ不思議。あなたが大好きな料理はいったいどうして定番になりえたのだろう。埋もれた真実に迫りつつ、好奇心と食欲を刺激するコラム集」とある。

 なるほど澁川さんが「はじめに」で書いておられる通り、文献によって出来るだけ事実を明らかにしようと努めたというだけあって、食欲をそそるというだけでなく雑学欲も満たされる一粒で二度美味しい1冊だった。

 昨夜は早めにベッドに入り、夜中にお手洗いにも起きることなく眠ることが出来た。朝は洗濯を干し、様子を見ながら朝食は少なめに。アロキシのおかげで強力に吐き気が抑えられているので、前回のようにドンペリドンを飲まなければ食事が摂れないというわけではない。けれど、こうして吐き気を止める、というのは同時に身体に貯めこむということで、早くも便秘である。お腹がもたもたし、早速体重はすっかり戻っている。

 出勤して昨日のメール等諸々こなして、昼前から出張に。昼食もゆっくり頂いたので空腹でフラフラしたりはしないけれど、だるさはあり、なんとなく熱っぽくて顔がほてっている。この体調で往復7時間。天気予報通り暖かく穏やかな日和だったが、ちょっぴりこわごわドキドキの一日だった。夕飯も曲がりなりにも支度をして夫と一緒に摂ることが出来た。
 とにもかくにも明日を乗り切ればなんとか土日に突入である。


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2017.2.15 採血心エコ-後ハーセプチン176回目(3倍量37回目)、ジェムザール(8割減量)2クール1回目

2017-02-15 20:53:03 | 治療日記
 昨夜は仕事を終えてから5週間ぶりにSさんの瞑想ヨーガのクラスに参加した。初めてお目にかかる方も多かったが、今年初めて会う指導者養成コースのメンバーも何人かいて、笑顔が心をほぐしてくれる。Sさんには治療変更後の体調についてご報告。障害物を取り除いてくれるガネーシャのポーズやキールタンを歌って、心が強くどっしりしてくるのを感じる。大丈夫、明日は平常心で行ってきます、とご挨拶をして病院最寄り駅に移動、前泊した。

 今朝、夫にモーニングコールをする約束だったが、「もう起きているから大丈夫」とLINEが来てびっくり。恒例の熱めの浴槽足湯を済ませ、サンドイッチの朝食を摂り、早めにチェックアウトして病院へ向かった。

 今月2回目の通院日だ。心エコー予約の関係で前回より30分ほど早く到着したのだが、既に自動再来受付機が列をなしている。採血受付開始前なので、紙の番号札を取る。もう39番だという。採血受付機の前には長蛇の列が出来ている。

 ようやく受付が始まり、IDカードを通すと「窓口に行ってください」と出る。採血のオーダーが入っていないらしい。まだ腫瘍内科の外来受付時間前で、主治医が外来に到着してオーダーが出るまで受付が出来ないという。せっかく30分早く来たのに・・・と朝からちょっとがっかり。受け取った番号がどんどん抜かされて電光掲示板に出る。

クラークの方が申し訳なさそうにエコーの番号札をくださって(こちらはラッキーセブン)、「心エコーの前にオーダーが確定出来れば先に採血を、だめなら心エコーの後に」と言われる。先に採血は無理かなと思ったところで、クラークの方がいつものピンクの番号を持ってこられて、直接採血室へ。30分は待ったか。先ほど取った番号より30番以上後の番号だったが、番号ではなく名前ですぐに呼んで頂けた。

 今日は腫瘍マーカー測定もあるので4本の採取。前々回と同じ女性看護師のFさん。「大変お待たせしたようですみません」と仰いながらパッパと針刺し。ちょっとチクッとしたけれど、無事終了。
 止血しながらすぐに生理検査受付に戻って、超音波の中待合に入った。予約時間の10分前に、ということで殆どギリギリの到着だ。ここも待ち人が一杯で付き添いと思しき方は座る場所がなく、立ったまま待っている。

 ハーセプチンが心毒性だから、定期的に心機能のチェックをしているが、前回の検査がいつだったかもう記憶にないくらい久しぶりだ。予約時間を5分ほど過ぎて薄暗い部屋のベッドに横になり、20分ほど。検査着に着替え、まずは心臓を下に左腕を頭の上にあげて左横向きになる。プローブで左胸の傷口辺りを圧迫され続けるのでかなり痛む。まだかなあと思っていると、今度は仰向けになってチェックをして終わりになった。

 ようやく腫瘍内科受付に。待合椅子に座って、読書を開始。今日は文庫本が2冊読めた。毎度のことながら、治療日記と合わせるとかなり長くなりそうなので、読書記事は明日に回すことに。

 30分ほど待って、“中待合へどうぞ”の番号が電子掲示板に出た。これまたいつものように本を閉じて慌てて血圧測定。108-65、脈拍は79。
 中待合に入って、30分ほどして先生がお顔を出された。病院に入ってから先生にお目にかかれるまでに既に2時間以上が経過している。

 「さて、その後いかがでしたか?」と問われ、「怠さと疲れ易さは思ったより長く、あの後週明けまで続き、ようやく先週の半ばくらいから復活しました。」とお答えする。「胸の痛みはどうですか。」と訊かれ、「いつもの感じですが、ロキソニンを日に何度も飲まずには済んでいます。」とお話する。

 採血の結果、白血球が3,500で低めだが、好中球は1,120まで戻っていた。来週もう一度白血球だけチェックしましょう、と仰る。「好中球が来週1,000を切ったらまた投与出来ないですよね」と問うと、「まあ無理しても仕方ないですから(お休みですね)」とのこと。うーん、さすがに今日投与して次回1,000以上キープできているとは思えない。

 まあ、今回からジェムザールを8割に減らしてありますから、とのこと。体表面積当たり1,250mgが規定量なので、前回は1,850mgだったが今回は1,500mgだという。「量を減らしてということですが、実際にはどのくらいまで減らせるのでしょう?」と訊くと、「うーん、わからないんですよ」と。

 前回、化学療法室の看護師さんのお話では、5割まで減らして様子を見ながら増やしている方もいると伺っていたと言うと「5,6割まではありますかね。」とのこと。「まあ、これだけ身体が反応しているので、効いているということだと思います。」と仰る。気づけばなんとなく抜け毛が多い。もちろんタキソテールやECの時のようなごそっという脱毛はないが、洗髪するといつもより髪の毛が手にまとわりついている、とお伝えする。

 腫瘍マーカーは誤差の範囲内のような数字ではあるが、1.3の減少。「これはまだ1回だけですから、これからですよ。」と嬉しいことを仰る。「他には何か問題になる数値はありますか?」と訊くと、コレステロールがちょっと高かったですね、と。これまでそういう数値はずっと低値安定だったのだけれど、治療が長くなるにつれてそうした値が上がり始めている。先生曰く、栄養状態がいいということでしょう、と。

 確かに精をつけなくてはということで、普段はあまり頂かない鰻やら牛肉やら甘いものやらを一生懸命食べて体重を戻しました、と言う。そして、今日の心エコーも問題なしとのこと。これからまだまだハーセプチンにお世話にならなければならないので、ほっとする。

 3週間分の薬を処方して頂く折りに、「吐き気止めはステロイドのデキサートをセロトニン拮抗薬のアロキシに変えてあるし、ジェムザールも8割にしているので(吐き気は)大分違うと思いますよ。ナウゼリンは処方しなくて大丈夫でしょう。1週間後にまた診察がありますし。」とのこと。心配だけれど、若干残りがあるのでもし気持ち悪さが酷ければそれで凌ぐことにして納得する。

 そんなわけで漢方2種と、デノタスチュアブル、ロキソニンのみの処方となった。ご挨拶をして診察室を後にした。診察室での検温は6度4分。
 
 化学療法室へ移動。待ち時間はいつものように夫やお友達に報告LINEやメールを打つ。室内はとても混んでいる。なかなか声がかからない。30分近く待って、内側のリクライニング椅子に案内される。座るとすぐに前回様子見に来てくださった主任薬剤師のTさんが。(好中球が)結構下がりましたね、という話から、10割で3週間に1度の投与にするか8割で2週連続にするか、色々状況を見ながら作っていくしかないですね、と言われる。ごもっともである。ここでも8割にすると大分違うのではないかと言われる。そうなら良いのだけれど。

 10分ほどしてOkさんが針刺しに見える。いつものとおり早業で痛みを感じる時間がない。それからまた薬が届くまでに20分ほど。Mさんが届けてくださる。今日はハーセプチン、アロキシ(吐き気止めのセロトニン拮抗薬)、8割減量のジェムザール、生理食塩水の4本だ。

 ハーセプチンは1時間ちょっとかけて問題なく投与。続いてアロキシは20分ほど。点滴を変えるのに時間が取られて20分待ったり、10分待ったり。あちこちでピーピーとアラーム音がハモって鳴っていて、看護師さんたちはてんてこ舞い。アラームを止めて他の患者さんのところに行って、こちらに戻ってくるタイミングを逸して時間が経ってしまうということが起こっているようだ。ジェムザールは35分、最後の生理食塩水は15分でかかり、合計たっぷり2時間半以上かかってしまった。KrさんやOkさんには(仕事もあるし)これからうまくペースが作っていけるといいですね、と言って頂く。

 抜針はMさん。今日も衝撃が大きかった。血圧は109-69。問題なしだ。
 看護師さんたちにご挨拶して化学療法室を後にする。計算時間を見計らって自動支払機へ移動。カードを通すと、これまた画面に「窓口までお越しください」と出る。前回の未払い分があるためだ。採血とエコー、前回のランマーク注射の未払い分と点滴、3割負担で6万5000円弱をカード支払い。

 外に出ると、いいお天気になって日差しが暖かく感じる。前泊して早く到着したけれど、最初の採血で躓き、化学療法室も混雑しており、会計でもそこそこ待った。既に6時間以上。荷物も多いし、顎が出る。
 薬局に入ると、こちらもそれなりの混雑。いつものように順番を抜かされて30分以上待った。「今日は化学療法をされてきたのですか」と問われ、「はい。減量したので来週も予定通り出来ると良いのですが」とお話しながら前回同様2,000円弱の現金払い。

 病院と薬局の滞在時間は合わせて7時間近く。今日もランチタイムぎりぎりに駅ビルに滑り込んだ。アロキシのおかげで気持ち悪さはまだなく、普段は食べたいと思うことのない味の濃いジャンク系のものが欲しい気がして、何年ぶりかでコテコテのお好み焼きを頂いてきた。乗換駅で、夫にボリュームたっぷりなお弁当と自分が食べられそうな目にも可愛らしい一口サイズの押し寿司を調達して帰宅した。

 帰宅後は最低限の片づけをしてリビングで横になる。夫が帰ってきたが、さすがに夕方近くにランチを摂った私は空腹感がまるでなく、夫にはお弁当とインスタントのお味噌汁を用意したが、一緒に夕飯を摂ることは出来なかった。

 明日はまた東京横断で出張だ。だるくて眠い。今日も早めにお風呂に入ってそのまま休みたい。

 昨日届いた今月初めてのお花は、白、濃いピンク、オレンジ、黄色のスイートピーが合わせて8本、キンセンカが2本、淡い紫色のリューココリーネが1本、ミスカンサスの葉。花言葉はそれぞれ「青春の喜び」、「乙女の美しい姿」、「温かい心」だそうだ。スイートピーが好きという夫が、花瓶に投げ入れて玄関に飾っておいてくれた。
 春は、もうすぐだ。
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2017.2.14 “祈る”ということ

2017-02-14 23:05:56 | 日記
 私はクリスチャンではない。では仏教徒かといえば、ご多聞に漏れずそれはお葬式の時だけという、ごくごく一般的な日本人だと思っている。けれど、“祈る”ことは結構日常的に自然に行っている。

 今を遡る半世紀前、市立幼稚園の抽選に外れて、一年だけ私立幼稚園に通園した。そこがなぜかクリスチャンの幼稚園。毎週日曜学校があり、「天にまします我らが父よ・・・」とお祈りをして、献金をして、オルガンに合わせて賛美歌を歌った。バザーなどのお楽しみ会もあった。先生たちも優しくて、今思えば次に通ったごく普通の市立幼稚園よりそこでの時間が懐かしいと思うほどだった。まあ接点といえばそれだけのことなのだけれど。

 瞑想ヨーガでキールタンを歌う時にもお祈りをする。自分のために、自分の大切な人のために、そして世界中の人たちのために幸せを祈るのだ。目を瞑ってそうして祈っていると、間違いなく心が穏やかに安らかになると感じている。
 そんな時に、以前もご紹介した毎日新聞の連載、香山リカさんのコラムの最新号を見つけた。以下、転載させて頂く。

 ※  ※  ※(転載開始)

香山リカのココロの万華鏡
「祈り」で心に安らぎを /東京(毎日新聞2017年2月14日 地方版)

 何年か前、聖路加国際病院の日野原重明名誉院長の病棟回診に同行させてもらったことがあった。向かった病棟は、主にがん患者さんが入院する緩和ケア病棟だ。抗がん剤などの積極的な治療をやめて、痛みなどの苦しさを取り除きながら療養する病棟には、一般的には重症と考えられる方が多く入院していた。
 日野原医師は、ひとりひとりのベッドサイドに近づき、患者さんの声に耳を傾ける。苦痛を訴える人より「先生に会えてよかった」と感激して握手を求める人のほうが多かったのが印象的だった。
 しかし、中にはからだのしんどさを訴え、「もう治らないのか」と不安を訴える人もいる。ある女性はいろいろなつらさを涙ながらに語ったあと、「私は先生と同じクリスチャンなんです」と言った。日野原医師は「そうですか」とうなずき、「では、ふだんの回診ではしないことですが、いっしょにお祈りしましょうか」と言って、患者さんの両手を自分の手で包み込むようにして、「神さま……」とお祈りを始めた。女性の表情がみるみるうちに穏やかになっていった。
 医療の現場は時として過酷で、人間の力ではどうにもならないことも起きる。私がいる精神医療の場にも、どう声をかけてよいか、どんな薬を処方するのが助けになるのか専門家にもわからない、というほど、しんどい状態の人もやって来る。
 そんなときふと、日野原医師のあのお祈りを思い出す。診察室でいきなり「さあ、祈りましょう」と言うわけにはいかないし、できるところまではこちらの経験と知識を全力で使って治療する。しかし「私がなんとかしなきゃ」と気負いすぎるのではなく、心のどこかでは、「いっしょに祈りましょうね」と心を何かにゆだねてみる態度も必要なのではないかと思うのだ。あるとき後輩にそう言うと「それってオカルトみたい」と笑われた。決してそういうわけではないが、「祈る」という気持ちを忘れると、私たちは医学や科学技術がすべての問題を解決し、病気を治し、寿命や人の運命さえ変えることができる、とおごった気持ちを持つのではないか。
 人間には自分ではどうにもできないことがある。そういうときには、静かに祈ってみてはどうだろう。信仰心なんてなくたっていいし、「相手」は神さま、仏さま、誰だっていい。「私を見捨てないでください。お守りください」。それだけで心が安らぐことだってあるのだ。(精神科医)

(転載終了)※  ※  ※

 日野原先生のファンは多い。105歳を迎えられてもなお、連載を持ち、現役で講演等に飛び回っておられる。このブログで、先生が10年日記を書いておられるというコラムを取り上げさせて頂いたことがあるけれど、あれからもう6年。早いものである。

 神様のような先生に手を包まれて「一緒に祈りましょう」と言って頂けたら、それこそ祈りは届くように思う。ヨーガや瞑想でも、“祈る”のだと言うと、ここでも香山先生が書かれているようにオカルトとか、ちょっと胡散臭いように受け取る方が多いように感じるので、私も祈るのです、ということを誰かれ構わず言うわけではない。

 けれど、当然のことながら医療に限界はあるし、人間は不死身ではない。それでもこうして長い年月、病とともにあると、人智を超えた大きな力が働くことはあるのだと思わざるを得ないことがあると感じている。決して奢った気持ちではない。けれど、全てが割り切れるものでもないのではなかろうか。
 だからこそ私はこれからもごくごく自然に日々祈りを続けたい、と思う。そう、まずは明日、無事に治療をして頂くことが叶いますように、と。

 さて、昨年、一昨年と土日が続いた2月14日。3年ぶりに平日のバレンタインデーだという。職場のいわゆる義理チョコを用意することもなく、夫と息子にだけ心ばかりのチョコレートを贈った。まあ、余計なお世話と言われるのを承知で、息子が母以外からもチョコレートが頂けますように、とこっそり祈っておこう。
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