『赤毛のアンの翻訳物語』(松本侑子、鈴木康之・著、集英社)
『作家になるパソコン術』(松本侑子・著、筑摩書房)
10年くらい前に初めてパソコンを買った。その年に二度目の大学生生活も始めたのだが、授業などでの必要性に迫られて買ったわけではなかった。パソコンを所有する人も増えはじめたころで、自分もパソコンくらい持っていなくてはという思いからだった。ところが、いざ買ってはみたものの、少々極端にいえばパソコンを何に使えば良いのかわからなかった。まったくバカな話である。インターネットとの接続はおろか、ワープロソフトの使い方も知らなかったのだ。
それでも、パソコンを買う直前くらいだったと思うが、大学の授業で(もちろん大学のパソコンを使って)インターネットへの接続をやらされていた。そのときはたしかNASA(アメリカ航空宇宙局)に接続したのだが、ほとんど瞬時にして自分の目の前にNASAのページ(サイト)が現れたのには驚かされた。いまこの瞬間に、日本にいる自分と遠くはなれたアメリカのNASAとつながっているのかと思うと、その仕組みはわからないながらも、技術の進歩に感動した。そんな体験があったので、まもなくプロバイダに加入し、インターネット接続は実現した。しかし、ワープロソフトを使い始めたのはもっと後だった。当時はワープロ専用機を使っていたのだが、使い慣れたワープロ専用機から、パソコンのワープロソフトへ移行する自信がなかったからだ。メール(当時はまだ「電子」を付けて、わざわざ「電子メール」といっていたように思う)を使い始めたのはさらに後で、パソコンを買ってから半年以上が経過していた。インターネットも、ワープロソフトも、メールも、パソコンを知っている人が身近にいなかったので、使い始めるのに時間がかかったということもあるが、まだ当時はいまほどまでに必要に迫られていなかったように思う。しかしいまでは、仕事はもちろんのこと、勉学でもパソコンがなくてはほとんど立ち行かなくなっている。十年ひと昔というが、この十年はひと昔どころか、たしかに隔世の感がある。もっとも、パソコンなどが使えないことで、いわゆる情報弱者の立場に置かされることも大きな問題ではある。
料理もできないのに料理用具を買ってしまったのが自分ならば、ご自分なりのレシピを実現するために料理用具を買い揃えていったのが松本侑子さんだろうと思う。文学賞に応募するためにワープロ、パソコンを始め、『赤毛のアン』を翻訳するためにインターネットを始めたのだ。その後も電子辞書、翻訳ソフト、オンラインでの文献検索などに挑戦していく。それもほとんどは、ご自分なりの『赤毛のアン』の翻訳をするためのプロセスでありツールだったといえる。インターネットを始めた理由として「ネットワーク化された情報社会の本質について考察すること」も目標の一つだったそうだが、これまでの仕事を拝見していると、やはり圧倒的に『赤毛のアン』の翻訳のためにこそパソコン環境を整えていかれたのだと思う。そう考えると、松本さんの『赤毛のアン』への思い入れと、その翻訳に対する熱意にはまったく脱帽するしかない。『赤毛のアン』の「迷宮」の世界については、その後の著書の『誰も知らない「赤毛のアン」』や『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』などに詳しい。
パソコンを含めたいわゆるITには明るくないので正確なことはわからないが、この二つの本に書かれているパソコンやインターネット関連の情報は、いまでは相当古いにちがいない。『赤毛のアンの翻訳物語』で鈴木康之さんが担当されている「パソコン解説」のコラムも、最も基本的な用語解説はいまでも役立ちそうだが、数値関係の情報はいまではたぶん桁違いの数値になっていることだろう。この二つの本を買ったのは、出版後かなりの年月がたってからだったので、パソコン関係の情報の古さはとくに気にならなかった。むしろ、明確な目的を達成するためにさまざまな手段を探し、試し、そして手に入れていく熱意に感動した。当たり前のことなのだが、目的あっての手段ということを、あらためて教えられた。そして同時に、目的と手段を入れ違えてしまっていた自分のパソコン“創世記”を思い出させてくれた。
『作家になるパソコン術』(松本侑子・著、筑摩書房)
10年くらい前に初めてパソコンを買った。その年に二度目の大学生生活も始めたのだが、授業などでの必要性に迫られて買ったわけではなかった。パソコンを所有する人も増えはじめたころで、自分もパソコンくらい持っていなくてはという思いからだった。ところが、いざ買ってはみたものの、少々極端にいえばパソコンを何に使えば良いのかわからなかった。まったくバカな話である。インターネットとの接続はおろか、ワープロソフトの使い方も知らなかったのだ。
それでも、パソコンを買う直前くらいだったと思うが、大学の授業で(もちろん大学のパソコンを使って)インターネットへの接続をやらされていた。そのときはたしかNASA(アメリカ航空宇宙局)に接続したのだが、ほとんど瞬時にして自分の目の前にNASAのページ(サイト)が現れたのには驚かされた。いまこの瞬間に、日本にいる自分と遠くはなれたアメリカのNASAとつながっているのかと思うと、その仕組みはわからないながらも、技術の進歩に感動した。そんな体験があったので、まもなくプロバイダに加入し、インターネット接続は実現した。しかし、ワープロソフトを使い始めたのはもっと後だった。当時はワープロ専用機を使っていたのだが、使い慣れたワープロ専用機から、パソコンのワープロソフトへ移行する自信がなかったからだ。メール(当時はまだ「電子」を付けて、わざわざ「電子メール」といっていたように思う)を使い始めたのはさらに後で、パソコンを買ってから半年以上が経過していた。インターネットも、ワープロソフトも、メールも、パソコンを知っている人が身近にいなかったので、使い始めるのに時間がかかったということもあるが、まだ当時はいまほどまでに必要に迫られていなかったように思う。しかしいまでは、仕事はもちろんのこと、勉学でもパソコンがなくてはほとんど立ち行かなくなっている。十年ひと昔というが、この十年はひと昔どころか、たしかに隔世の感がある。もっとも、パソコンなどが使えないことで、いわゆる情報弱者の立場に置かされることも大きな問題ではある。
料理もできないのに料理用具を買ってしまったのが自分ならば、ご自分なりのレシピを実現するために料理用具を買い揃えていったのが松本侑子さんだろうと思う。文学賞に応募するためにワープロ、パソコンを始め、『赤毛のアン』を翻訳するためにインターネットを始めたのだ。その後も電子辞書、翻訳ソフト、オンラインでの文献検索などに挑戦していく。それもほとんどは、ご自分なりの『赤毛のアン』の翻訳をするためのプロセスでありツールだったといえる。インターネットを始めた理由として「ネットワーク化された情報社会の本質について考察すること」も目標の一つだったそうだが、これまでの仕事を拝見していると、やはり圧倒的に『赤毛のアン』の翻訳のためにこそパソコン環境を整えていかれたのだと思う。そう考えると、松本さんの『赤毛のアン』への思い入れと、その翻訳に対する熱意にはまったく脱帽するしかない。『赤毛のアン』の「迷宮」の世界については、その後の著書の『誰も知らない「赤毛のアン」』や『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』などに詳しい。
パソコンを含めたいわゆるITには明るくないので正確なことはわからないが、この二つの本に書かれているパソコンやインターネット関連の情報は、いまでは相当古いにちがいない。『赤毛のアンの翻訳物語』で鈴木康之さんが担当されている「パソコン解説」のコラムも、最も基本的な用語解説はいまでも役立ちそうだが、数値関係の情報はいまではたぶん桁違いの数値になっていることだろう。この二つの本を買ったのは、出版後かなりの年月がたってからだったので、パソコン関係の情報の古さはとくに気にならなかった。むしろ、明確な目的を達成するためにさまざまな手段を探し、試し、そして手に入れていく熱意に感動した。当たり前のことなのだが、目的あっての手段ということを、あらためて教えられた。そして同時に、目的と手段を入れ違えてしまっていた自分のパソコン“創世記”を思い出させてくれた。