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『毛皮を着たヴィーナス』交換

2019-10-02 16:35:31 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』王子

 <交換>

 数日後、わたしと彼女はたのしいドライブに出た。

すると途中であのロシアの王子のホッピーに出会った。

 王子はわたしのそばにいるのを見ておどろき、不愉快そうな顔をしたが、稲妻のような鋭い目つきで、何度も彼女を見つめた。

 しかし彼女はそしらぬふりをしていた。わたしはそれに気づいて、彼女の前にちかずいて感謝したいほどであった。彼女は彼を一個の木石のように見なして、無関心な一瞥(いちべつ)をあたえただけで、すぐにわたしのほうをむいて、やさしく微笑した。

 その後、わたしが彼女にさよならをいって、部屋を出ようとすると、彼女は急に非常に不機嫌になって、

「逝ってしまっては、つまらないわね」

「わたしの苦しみを短くするのも長くするのも、やめるのもやめないのも、あなたの手のうちにあるのです」

「その強制で、わたしもやっぱり、苦しみをうけているのよ、そうは思わないこと?」

「それなら、苦しみをやめてわたしの妻になってください!」

「それはダメよ」

「どうしてですか?」

「あなたはね、わたしの夫になれる人じゃないですもの」

 わたしは、やむなく部屋を出たが、彼女はわたしを呼び戻そうとはしなかった。

 ねむれない一夜。

 わたしは、ああも思いこうも考えたが、気持ちがきまらず、一夜を過ごしてしまった。

 そして朝になってから、わたしたちの関係を解消するという宣言の手紙を書き、封蝋(ふうろう)を溶かして封印した。わたしは、ふるえる手でそれを持って、二階へあがっていくと、彼女の部屋のドアは開いていた。彼女は、髪にカールをつけるための髪でいっぱいになった頭をつき出して、

「あたし、まだ髪をゆってないのよ」

 といってから、わたしの持っているものに目をとめて、

「なにを持っていらしたの?」

「手紙です」

「わたしに?」

「そうです」

「わたしに別れようというのね」

「きのう、あなたはボクのことを、あなたの夫になれない人だとおっしゃったではありませんか」

「そうよ、今でも同じよ」

「それなら、それでいいです」

 わたしは全身をふるわせながら、その手紙を彼女に渡した。が、彼女は冷ややかにわたしを見つめて、

「いまのままでいいのよ。あなたが男としてわたしを満足させるかどうかは、問題ではないってことを、あなたは忘れているのね。奴隷としてなら十分にやれるわよ」

 そして彼女は、いいようのないひどい軽蔑の身ぶりをして、つーんとして、

「二十四時間以内に、あなたの身の回りをきちんと片づけてちょうだい。明後日、イタリアへ旅立つから、あなたはわたしの召使いとして行くのよ」

「ヴァンダ!」

「親切さは絶対に許しませんわ。わたしがベルを鳴らさないかぎり、わたしの部屋へはいらないこと、話しかけられるまではじっとだまって待っていること、あなたの名前はゼフェリンではなくて、グレゴールよ。わかって?」

 わたしは怒りにふるえたが、拒否することができなかった。それどころか、かえって不思議なたのしみと刺激を感じた。

 翌日の夜更けであった。わたしは大きなストーブのそばで、夢中になって手紙や書類などを整理していた。秋は急に深くなっていた。

 とつぜん、ムチの柄で窓の戸をノックする音がした。急いで窓を開けるてみると、彼女が貂の毛皮のついたジャケットを着て、カテリーナ女帝好みの貂の毛のコサック帽をかぶって立っていた。

「用意はととのいましたか、グレゴール」

「いえ、まだです、ご主人さま」

「その言葉はいいわね。これからは、いつもわたしをご主人さまと呼ぶのよ。明日の朝は九時に出発よ。それから、わたしたちが鉄道に乗ったら、あなたはわたしの奴隷よ。さあ、窓を閉めて、ドアのほうを開けてちょうだい」

 彼女はわたしの部屋にはいるなり、皮肉な調子で、

「わたし、どう見えて?気に入った?」

「あなたは・・・・・」

「だれがそんな言葉づかいを許しましたか!」

 彼女はムチをふるって、びゅーんとわたしを打ちすえた。

「非常にお綺麗でございます。ご主人さま」

 彼女はうれしそうにほほえんで、

「ひざまずいて、ここに」

 といって、わたしを椅子のそばにひかえさせた。

「わたしの手に接吻を」

 わたしは彼女の冷たい手をとって、うやうやしく接吻した。

「口にも」

 わたしはたちまち感激して、この残酷な美女の唇や頬や額や腕や胸に灼熱の雨をふらせた。彼女もうっとりとして、熱情的に雨をふらせた。

 次回

『毛皮を着たヴィーナス』召使い

 


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