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旧える天まるのブログ
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取扱説明書・ノックノック

2020-02-27 05:47:22 | ノックノック(雑記の宿)

 日常生活の中では、必ずといっていいほど、取扱説明書となるものは手にしたご経験はあるかとは思いますが、とくに精密家電というものには本一冊分の取扱説明書が同封されてくるわけで、その取扱説明書の一部を思い出とともにご説明。

SHARP 書院 の取扱説明書。

 90年代に購入したものですが、80年代にはすでにワープロは存在してまして、大企業や役所関係の仕事についてた方々は、すでにモニター付きのワープロ機器は使っていて、その頃から格差社会は体感してました。

 手書きが苦手だったので、やっとのことで手にしたのがこちらのワープロで、使い道は男女交際の道具になっていました。女性は、こういった機械が得意なほうではないので直筆の手紙を送ってくるのですが、僕はワープロを使って手紙を送っていました。次第に「使っているワープロを見てみたい」と、女性から言われ、たぶん、イメージしてたのはモニター付きのゴージャスな箱型のワープロ機器だと思っていたようで「僕のはたいしたものじゃ、『書院』なんで」と、伝えても通じませんでした。

 せっかく好意を持っていただきながら、こっちは大慌て!。まず、理髪店に行き髪型をオシャレにせねばと思い、ポップにあった”サマーセット”を頼んでみたところ、それがパンチパーマのことで!チリチリのパンチパーマの髪型にした頭髪が”サマーセット”でした!。

 あとにはもどれなくなった僕は、大仏さまのような髪型で、彼女を迎え部屋にあるSHARP書院を見せたら、苦笑い。その後は気いつかわせるわなんだで、かかったデート代は返され「かんべんしてください」みたいな空気になりお別れしました。

 といったしょっぱい思い出のあったSHARP書院。

 そのころはカセットテープで文章保存ができました。上流階級ではフロッピーディスクを使っていたんでしょうけど、僕はこれがやっとでした。でも、あのころはなぜか物書きになろうとは思わなかったな・・・。宮藤官九郎は、その頃東京で脚本を書いてて、坊主頭の彼女とコタツで筆おろしするんですよね。なんだかなー・・・。

 その後はポケベルを使いだし、『書院』のほうは、結婚の招待状の作成やハガキの印刷に使いましたが、結局、周辺からは「不幸の手紙」と言われるはめになるわけですが。

 続いてPHS携帯の取扱説明書です。新機種に交換したときのものです。

ハンズフリーができて、あのころはまだ携帯電話より先を走ってました。

ISDNといったインターネットの世界にも入り込んでもいました。

現在で言う、ラインツールのような仕組みもありました。

着メロもすでにあって

位置情報機能もすでに

パソコンに繋げる、今でいうSIM機能やWi-Fi的な役割もありました。

 弱点と言えば、ユーザーが使いこなせてないことでした。技術的に先を行っていたPHSの世界でも、格差があり、パソコンがある人が絶対王者でした。

 携帯電話のほうは見た目で追随していて、折り畳み携帯などでシェアを拡大してました。日本では折り畳み当然!っていう時代になりました。当初僕も、折り畳み式が出た時は、PHSでこの手のものと機種交換しました。

 そしてついにカメラ機能が登場。これが良くも悪くも、業界の命運に左右します。

[CM]藤原紀香_J-Sky写メール2001_1

 藤原紀香の写メールのCMが携帯電話会社を後押して、ここからPHS端末は応戦に追われ、最終的に置いてけぼりになって『写メール』という単語が、とってかえられてしまうわけです。各メーカーは、写メール付き端末の出荷を、携帯電話会社のほうへ優先するようになり。

 はじめに紹介した東芝などはPHSから撤退し、PHSを扱うメーカーは、気がつけば数社になっていました。

 切磋琢磨が生んだ悲劇と言うべきなのか?。どう説明したらいいのか?

 なんというか、取扱説明書は、まるで自分の今置かれてる立場のようで「着てはもらえぬセーターを寒さ堪えて編んでます」。的な心境であります。

 

 


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『80年代スーパーヒーローと、ヒーローたちの歌 神セブン』集計結果

2020-02-24 05:53:08 | ミスDJ神セブン

 2020・2月23日(日)文化放送13時~15時『ミスDJリクエストパレード』にて、文化放送でのスペシャルウイークにともない2週連続で『神セブン』特集が行われました。その二週目は”「80年代の映画、ドラマ、アニメのスーパーヒーローとヒーローたちの歌・神セブン!」を決定!実在の人ではなく、作品のヒーローを思い出して、主題歌、挿入歌の一推しをリクエストしてください。”ツイッターから引用。

 という告知のもとで、『80年代スーパーヒーローと、ヒーローたちの歌 神セブン』が14時台におこなわれました。その集計結果は(7位~1位オンエア順)

7位 Get Wild/TM NETWORK/1987年~1989年シティーハンター(日本テレビ系)

 放送されていたのはわかってはいたのですが、観てる暇がない時代でした。映画の実写版「シティーハンター」は90年代に観ましたけど、アニメは観てませんでした。

6位 宇宙刑事ギャバン/串田アキラ/1982年~1983年(テレビ朝日系)

 評判が良かったのは知ってましたが、当時は観てませんでした。少し尖ってた時期もあって、この辺は、70年代に想い入れがあり、1973年ロボット刑事やキカイダーシリーズなどの影響で、宇宙刑事ギャバンには反抗心が沸いて見ようともしなかったことを覚えています。

5位 アメリカン・ヒーロー/ジョーイ・スキャベリー/1981~1983年米国ドラマ

 これは初耳でした。調べによると日本では、日曜22時30分から日本テレビ系でやっていて、映画版は水曜ロードショー(日本テレビ系)で上映されていたようです。当時からまったく知りませんでした。部屋にまだ、テレビがなかった頃で、その頃はお風呂に入っていたか?寝ていたか?ゲームウオッチをやっていたか?LSIゲームをピコピコしていたか?ラジオを聴いていたか?マスターベーションにふけっていたか?の時間帯で、ちょっと観た記憶が私にはありませんでした。

4位 愛をとりもどせ/クリスタルキング/1984年~1987年北斗の拳(フジテレビ系)(北斗の拳2・1987年~1988年)ほか

 少年ジャンプで初め読んだときは衝撃的でした。テレビ化されると聞いて、あのグロテスクなシーンを見せるのか!?と、話題になり、初めの頃は観てましたけど進学就職などの分岐点もあり、途中でリタイヤしました。

3位 愛・おぼえてますか/飯島真理/1982年~1983年超時空要塞マクロス(TBS系)

 歌は覚えてます。けど、アニメは観たことがなくて、ローカル局では時間帯によってはローカル局が制作した番組をやる枠や曜日がありまして、その時間帯とかぶっていたかもしれません。定かではないですが、リアルタイムで観た覚えがありません。それと、マクロスは知ってましたが、先ほども申し上げましたが、70年代にロボットアニメにも想い入れとこだわりがありまして、ロボットアニメは永井豪作品(マジンガーZシリーズ・ゲッターロボシリーズ)が大好きで、宇宙ものでは”宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999”が、まだ見れていたのですが、”機動戦士ガンダム”が登場してから、小生意気な気持ちになり、こういった系統のロボットアニメは食わず嫌いなりました。歌はうけ入れられたのですが、アニメのマクロスのほうは観てませんでした。あの頃は”おじゃまんが山田くん”とか映画”がんばれタブチ君”とかをよく好んで見てました。

2位 ヒーロー HOLDING OUT FOA HERO/麻倉未稀/1984年~1985年スクール☆ウォーズ(TBS系)

 麻倉未稀さんは売れてほしいなーと思っていたシンガーでしたから、この曲でヒットしたことには心躍りました。けど、ボニー・タイラーのHEROをカバーしておいて、それでいい顔している感がちょっと納得できませんでした。というか、このドラマが好きな地元の友人(元)たちが、イジメはするは万引きしても捕まらないわ、卒業後は公務員になるわで、どうなってんのこの世の中?って思いました。あの頃はそれでも忖度してて、目をつむってつき合っていましたけど、このドラマだけは一緒には観れませんでした。そのかわりひとりで邦楽洋楽に夢中になってました。運が悪くて、ヒットチャートになったネーナとかのアルバムを持って歩いてたのを宮藤官九郎の母校の生徒に見られ「ニワカ」みたいな感じで鼻で笑われて、のけ者感がぬぐえませんでした。喧嘩では県内1腕っぷしの強い高校にいたので、誰かかしらはボコボコにされたこともあるかもしれませんが。それでもって今度は同じ高校の同級生が元ラクビー部で、また、そいつにカツアゲされるわなんだで、とにかく”スクール☆ウォーズ”は観るのが嫌でした。そしてラグビー部の監督が就活担当で、何度も何度も顔を合わせました。結局、そのラグビー部の監督に恥じをかかせるだけでした。修学旅行で暴力沙汰になったときにもおたおたしてた顔が目に浮かんで、忖度ばかりしてたことを想いだしました。そのほかに卒業試験、前半数日バイトして休んで「おまえなめてんのか?」って怒られて、卒業もヤバかったでしけど、また、そのラグビー部の監督が補修授業をしてくれて、それでなんとか卒業証書貰えて、切っても切れない関係でした。

1位 Eye Of The Tiger / Survivor/ロッキー31892年米国映画

 ロッキーシリーズは好きで見てました。ミスDJリクエストパレードでは常連曲ですね。

 今回、立候補というかたちで”マッドマックス・サンダードーム”ティナ・ターナー『ウィ・ドント・ニード・アナザー・ヒーロー』で挑みましたが、不徳の致すところ。推薦した曲は全滅でした。

 言い訳を一つ言わせていただくと、今回は、NHKを一押し曲に選びたいと思ってました。とくに朝ドラの『ひらり』ドリームズカムトゥルー”晴れたらいいね”でピンときましたが、1992年のドラマで対象外でした。宮崎アニメの『未来少年コナン』は1978年で、となると、『プリンプリン物語』が想い出のある番組でしたから、ここから何か一曲となると”ハッピー・アドベンチャー”この辺は1979年の曲にあたるので、決め手に欠けました。

ふりかえると「て」ばっかりかかった回でした。

 

 

 

 


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『ミスDJリクエストパレード』神セブン立候補推薦名簿

2020-02-20 03:13:38 | ミスDJ神セブン

 2020・2月23日(日)文化放送13時~15時『『ミスDJリクエストパレード』14時台、『80年代スーパーヒーローと、ヒーローたちの歌 神セブン』がおこなれるということで、先週の放送で映画音楽やドラマ・アニメの主題歌挿入歌などが対象ということで、私からのファルコのロックミーアマデウスは、おそらく対象外ということで、改めて名簿に記載しました。それでもって今回は、名簿から立候補し、リクエスト投票することにしました。

 立候補した以上、立候補者の1票は、まず間違いなくあるということで、立候補しておいて他の候補に投じるのは、間違いや虚偽、そして疑惑の火種となりうりますので、立候補した以上、清き1票は立候補した者としては、最低限その1票はご自身でリクエスト曲に投じます。

私的推薦名簿

NHKプリンセスヒーロー党

ジュニアガールズヒーロー部門

NHK1979年~1982年まで放送された『プリンプリン物語』。

オープニング曲 石川ひとみ プリンプリン物語

エンディング曲 石川ひとみ 『ハッピー・アドベンチャー』 『プリンプリン音頭』 『わたしのそこく』

神セブンに入るか?は、待ちぶせしてみたいです。

スクールヒーロー党

ジュニアハイスクール ガールズヒーロー部門

映画”ねらわれた学園”から、1981年”松任谷由実”『守ってあげたい』

ジュニアハイスクール・スポーツヒーロー部門

1980年・1983年日本テレビ系”キャプテン”『君は何かができる』

君は何かができる 「キャプテン」 主題歌 Full

 ジュニアハイスクール部門では、このあたりでしょうか?”3年B組金八先生”はヒーロー部門に入るかは?ちょっと私では判断できません。

 TVドラマ・フジテレビ系1982年”ねらわれた学園・原田知世『ときめきのアクシデント』。

 NG場面をおまけのコーナーとして公開した。かつてのフジテレビ名物だったNG特番の元祖ドラマであって、人気でした。

ツッパリスケバンヒーロー党

 

 

 

 

 フジテレビ系1985年~スケバン刑事シリーズ 斎藤由貴『白い炎』南野陽子『悲しみモニュメント』浅香唯『STAR』風間三姉妹『Remember』

 TBS系 1984年不良少女とよばれて ”MIE”『NEVER』

 

 ピンクレディーのミーちゃんこと、MIEさんがソロになってからのヒット曲『NEVER』。

 

 映画ビー・バップ・ハイスクール 1985年”中山美穂『BE-B0P-HIGHSCOOL』。映画はシリーズ化され大ヒット。中山美穂も『BE-B0P-HIGHSCOOL』で、ザ・ベストテンに初ランクインした記念曲。

松田優作ヒーロー党

 1980年 野獣死すべし

 1981年 家族ゲーム 探偵物語 

 

 

 70年代「なんじゃこりゃ!」で、一躍ドラマヒーローになった故松田優作。探偵ヒーロー部門で1983年”薬師丸ひろ子”『探偵物語』。

OL・美少女ヒーロー党

 TBS系・1986年痛快!OL通り ”渡辺美里”『BELIVE』

 

 TBS系 1988年・1989年痛快!ロックンロール通り ”沢口靖子”『Follow me』”後藤久美子”『初恋に気づいて』”TM NETWORK”『RESISTANCE』

 

 

 

 

特撮ヒーロー党

 朝日放送系 ”電子戦隊デンジマン”1980年成田賢『ああ電子戦隊デンジマン』

 1975年”秘密戦隊ゴレンジャー”から継続的に続いている、特撮ヒーロー番組。

テレ東党

桃太郎伝説 OP「桃変化でいこう!」小森まなみ

 テレビ東京系 ”桃太郎伝説”1989年『桃変化でいこう!』。

そして、私が立候補したのは(投票リクエストは送信しました)

洋画ヒーロー党から 

1985年マッドマックス・サンダードーム ”ティナ・ターナー”『ウィ・ドント・ニード・アナザー・ヒーロー』

 

 80年代、『マッドマックス』が私にとって想い出のあるヒーロー映画でした。『ストリートオブファイヤー』もそのひとつですが、今回、”マッドマックス・サンダードーム”から、ティナ・ターナー『ウィ・ドント・ニード・アナザー・ヒーロー』で立候補いたしました。「これぞヒーローだ」と思ったリスナーさんは、リクエスト投票に清き1票、清き1票をよろしくお願いいたします。

 

 小説すばる 2020年3月号 『じゅんくどう書店へようこそ』では、「元祖・Dカップ」中村京子さんとの対面記事からはじまってます。

 Amazonで検索すると、今、高値のついた方が出てくるかもしれませんので、おもとめの方は地域の書店にて店頭販売か店頭取り寄せで購入したほうが定価で買えると思いますので、Amazonでおもとめになる場合には、もう一度値段をご確認してからのご購入判断をされるといいかもしれません。定価は960円です。

 

 


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2月16日・事後報告神セブン『財津和夫&チューリップ』

2020-02-17 00:43:05 | ミスDJ神セブン

 2020・2月16日文化放送・13時『ミスDJリクエストパレード』にて、14時からの『財津和夫&チューリップ神セブン』の集計結果がでました。

 バレンタインデー後の仮想デートということで、パーソナリティのミスDJこと、千倉真理さんとのディナーの場だと思ってもらっても結構です。

 と、いった感じの放送だと仮想して、妄想はNGということで・・・

まず、千倉真理さんから神セブンの告知がありました。

「OK」ということで、14時にフルコースをオーダー。オーダーは私が決めました。

事後報告になりましたが、フルコースは以下のような内容でした。

7位 銀の指輪/チューリップ (ここはちょっとびっくり!事前に聴いてませんでした。)

6位 ぼくがつくった愛のうた〜いとしのEmily〜/チューリップ

5位 青春の影/チューリップ

4位 心の旅/チューリップ

3位 サボテンの花<ひとつ屋根の下より>/財津和夫

2位 Weke UP/財津和夫

1位 虹とスニーカーの頃/チューリップ

といった順番でオンエアされました。

 今回、番組放送で聴くと、味わい深く感じました。レストランで楽しくお食事をしたような内容でした。

 ラジコなどで再放送も可能ですので、スマホアプリやパソコン、タブレットなどがある環境であれば視聴可能です。

 

小説すばる3月号。まだ手もとにございませんので、次回、内容の一部をご紹介できればなと思っております。

 


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チューリップ&財津和夫ヒットパレード

2020-02-13 01:43:26 | ミスDJ神セブン

 2月16日(日)文化放送スペシャルウイークにともなって、13時放送『ミスDJリクエストパレード』にて、チューリップ&財津和夫神セブンが予定されているようで、翌週には”80年代スーパーヒーローと、ヒーローたちの歌、神セブン”が予定されてるようですが、僕は映画『アマデウス』でのモーツァルトがヒーローで、ファルコの”ロックミーアマデウス”なんかいいかなーと思っています。

 詳しくは次週に伺うということで、まずはチューリップについて。

 テレビ番組『ザ・ベストテン』の放送開始前と開始後のチューリップ。

 1978年TBS『ザ・ベストテン』が放送されました。この民主的音楽情報番組によって、演歌、歌謡曲、フォークソング、ロックといった様々な分野の音楽が、一同かつ平等に全国に拡散されたことは歴史的な事実でもあります。

 『ザ・ベストテン』以前にもヒット曲は沢山ありましたが、テレビでは歌謡曲中心で、『ザ・ベストテン』放送開始以前は、沢田研二”勝手にしやがれ”の大ヒット、ピンクレディーの登場とキャンディーズといったようにアイドル歌謡中心に盛り上がっていました。”帰ってきた酔っぱらい”黒猫のタンゴ”およげたい焼きくん”などといった記録的なヒット曲もありましたが、いずれも1978年以前のヒット曲で『ザ・ベストテン』放送開始前のことでした。

 1978年以前の1960年代から1977年までの間に、沢田研二をしんがりとするGS(グループサウンズ)のブームがありました。ビートルズの影響で、こぞってGSがもてはやされ”ザ・ドリフターズ”もその中のひとつでもありました。加藤茶の”ちょっとだけよ”のテーマ曲や志村けんの”東村山音頭”も大流行しましたが、残念ながら『ザ・ベストテン』以前の過去作となっています。

 フォークグループ(バンド)の流行。代表的なのが『かくや姫』でした。その『かぐや姫』も1975年に解散しています。

 その頃の『チューリップ』はと言いますと、

1972年に”魔法の黄色い靴”でメジャーデビューします。

 

 1973年には、”心の旅”がレコード売り上げが1位となります。

 

そして

 

 

 

 

 

1973年 夏のおもいで

1974年 青春の影 ぼくがつくった愛のうた〜いとしのEmily〜

1975年 サボテンの花

1977年 ブルー・スカイ

と、いったように発表されましたが、テレビでは歌謡曲が中心で、フォークグループのようなシンパ性はなく、全国に平等にとまでは知名度がありませんでした。

 1978年『ザ・ベストテン』放送開始。

 この頃フォークグループは『アリス』のみとなっていました。のちに『海援隊』も”贈る言葉”でくるのですが、1973年”母に捧げるバラード”以外は泣かず飛ばずでした。

 1978年、ロックバンドで『ザ・ベストテン』でまず『サザンオールスターズ』の下克上が起きます。続いて『甲斐バンド』の”ヒーロー”が大ヒットし、ロックバンドではその二組が駆けずり回りました。翌年に移り1979年に、ロックバンドの頂点に立ったのが『世良公則&ツイスト、のちのツイスト』でした。

 そしてニューミュージック・ポップス(J-POP)といった分野で、1979年『チューリップ』の”虹とスニーカーの頃”が『ザ・ベストテン』に登場します。

1979年は、ロックバンドは『ツイスト』フォークバンドは『アリス』そして、ニューミュージックバンドでは『ゴダイゴ』が番組を飾っていました。

1980年オフコースの登場 

 チューリップの財津和夫さんとほぼ同世代の『オフコース』が”さよなら”で『ザ・ベストテン』で1位を獲得してから、ニューミュージックバンドは『ゴダイゴ』から『オフコース』へと世代交代が始まりました。この年、『チューリップ』の財津和夫さんは、”Weke UP"で79年から80年にかけて『ザ・ベストテン』にランクインし、『オフコース』の”さよなら”と同時期・同様にヒットを飾りました。そしてYMOが登場し、ニューミュージック(J-POP)サウンドが幕開けします。

 アリスの解散とフォークバンドの終焉。

 1981年、これまで『ザ・ベストテン』を盛り上げていたフォークバンド『アリス』が解散しました。このことによってフォークバンドブームは終焉したと言っても過言ではないかと。そして『アリス』の華々しい解散は、フォークソングの衰退とは言わず、GSブームから始まった、第一次バンドブームの終焉に過ぎなかったと思います。その後も『チャゲ&飛鳥』の”万里の河”や『雅夢』の”愛はかげろう”『あみん』の“待つわ”といった、デュエットフォークバンドが『ザ・ベストテン』に登場します。

 オフコースから安全地帯の時代へ。

 1980年代前半から、オフコースがニューミュージック(J-POP)バンドをけん引してました。その後『安全地帯』の登場で、ニューミュージック(J-POP)界の空気が変わります。

 1984年リリースのオフコース”君が嘘をついた”のヒットを境にオフコースは『ザ・ベストテン』の登場から遠ざかってゆきます。ニューミュージック(J-POP)バンドとしての世代交代が始まりました。

 僕がチューリップで思い入れがあるのは、1983年リリース『Halo』です。

 非常にオフコースを意識し、オフコースに寄せたようなアルバムのひとつだと思いました。

 1. The Halo
  2. コスモスの咲く郷
  3. 輝く星
  4. 丘に吹く風
  5. 星空の伝言
  6. 想い出のランドスケープ
  7. The Bells Are Ringing
  8. セルリアン・ブルー
  9. 愛を抱きしめて

このアルバムにある詩に僕は、いくつもの影響をうけました。

 とくに『星空の伝言』は、ある意味でエロいです。ほかの言いかたをすれば普遍的にエロいです。登場人物は男女のみですが、愛のいとなみが詩で表現されていて、それでいてその前後の物語をも想像しました。一見、単純な歌詞なようにみえますが、なかなかこういった官能的な歌詞は書けないと思います。ただ、僕が期待してたほど売れなかった。この頃を境にチューリップというバンドは、メディアから遠ざかっていきました。

 財津和夫としての躍動。

 1986年、松任谷由実、小田和正(オフコース)財津和夫(チューリップ)の三人で『今だから』を共同制作。

演奏に坂本龍一、高橋幸宏、後藤次利、高中正義、サディスティック・ミカ・バンドが加わり、久米宏が去ったあとの『ザ・ベストテン』に登場します。

 その後、1989年に『ザ・ベストテン』は終了し、第二次バンドブームは『いかすバンド天国』に移ります。

 ニューミュージック(J-POP)は、テレビドラマ界を飾ります。

 そして、財津和夫さんが尊敬する小田和正さんは『東京ラブストーリー』”ラブストーリーは突然に”は、トレンディドラマで高視聴率をたたき出し、その後、『ひとつ屋根の下』では、財津和夫さんのリバイバル曲”サボテンの花”でフジテレビの『月9ドラマ』の枠を不動のものにしました。

 といったように、流行や地位には世代交代があり、そこに普遍的な意味もあり生産性もあるものだと、僕は思います。

次週、2月16日文化放送13時『ミスDJリクエストパレード』にて、チューリップ&財津和夫神セブンは、どのような集計になるのか?は、楽しみにいたしましょう。

 


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