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『DQX毛皮を着たヴィーナス』まとめ・強行突破

2020-01-23 00:01:07 | DQX毛皮を着たヴィーナス

『DQX毛皮を着たヴィーナス』まとめ

 

DQX毛皮を着たヴィーナス

『DQX毛皮を着たヴィーナス』ゼフェリン

『毛皮を着たヴィーナス』告白

『毛皮を着たヴィーナス』ヴァンダ

『毛皮を着たヴィーナス』スリッパ

『毛皮を着たヴィーナス』分担

『毛皮を着たヴィーナス』腰かけ

『毛皮を着たヴィーナス』伯母

『毛皮を着たヴィーナス』真夜中

10

『毛皮を着たヴィーナス』ムチ

11

『毛皮を着たヴィーナス』獣小屋

12

『毛皮を着たヴィーナス』呼吸

13

『毛皮を着たヴィーナス』あらくれ

14

『毛皮を着たヴィーナス』王子

15

『毛皮を着たヴィーナス』交換

16

『毛皮を着たヴィーナス』召使い

17

『毛皮を着たヴィーナス』誓約同意書

18

『毛皮を着たヴィーナス』慄然

19

『毛皮を着たヴィーナス』給仕

20

『毛皮を着たヴィーナス』大鏡

21

『毛皮を着たヴィーナス』画家

22

「毛皮を着たヴィーナス』絵画

23

『毛皮を着たヴィーナス』雌雄

24

『毛皮を着たヴィーナス』ライオン

25

『毛皮を着たヴィーナス』餅

26

『毛皮を着たヴィーナス』置手紙

27

『毛皮を着たヴィーナス』わな

 

原作ザッヘル・マゾッホ(著)毛皮を着たヴィーナス

脚色 える天まるのブログ 『DQX毛皮を着たヴィーナス』

  

 


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『毛皮を着たヴィーナス』わな

2020-01-15 07:26:13 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』置手紙

<わな>

 彼女は石のベンチに腰をおろして、悲しげに頭をたれて、もの思いにふけった。わたしは彼女のそばによって言葉をかけた。彼女はびっくりしてふるえた。

 

「ボクは、あなたのしあわせを願って暮らしてきました。彼はよいご主人を持たれたようですね」

「新しい奴隷を持ったのじゃないわ。主人をよ。女には主人がいるわ。女は主人を尊敬するものよ」

「あなたは彼を尊敬しているのですか、あんな野蛮な奴を・・・・」

「尊敬しているわ。愛しているわ。ほかのだれよりも」

「ヴァンダ!」

 わたしは両手を握りしめてくやしがった。

「あなたはまだ、わたしの奴隷でいたいの。おもしろいわ。でもあの人が許されないと思うわ」

「彼が・・・・?」

「そうよ。あの人はあなたを即刻解雇しろって、わたしに命じたわ。だからあなたが、だれであるか話したら・・・・」

「彼に話した?」

「そうよ。なにもかもみんな話したわ」

「それでだっち彼が怒ったというわけだっちですね」

 彼女は下をむいて黙り込んでしまった。しかしわたしはなおも彼を嫉妬し、彼女をなじって議論をつづけ、しまいには、

「もしあいつと結婚するなら、君を殺すぞ」

 とおどかした。すると彼女は急に態度をかえて、

「わたし、そういうふうなあなたが好きよ」

 といって娼態を示し、

「あなたと結婚するわ。わたしの好きな、好きなあなたと!」

 といって、わたしの接吻に応じた。

 翌日、彼女はどこかほかへ移転したいといって、準備を始めた。夕方、彼女が一通の手紙を出してきて欲しいといったので、わたしは馬車を駆って行ってきた。帰ると早々、待ちかねたように黒人女がきて、

「ご主人様がお呼びでございます」

 といった。

「だれか来ているのだっちか?」

「いいえ、だれも」

 わたしはゆっくりと階段をのぼって、応接間を通り抜けた。彼女の寝室のドアの前に立った。

 ドアはすぐに開いた。彼女は長椅子のうえに横たわっていたが、わたしには気づかないふうであった。銀灰色の服を肌にぴったりにきて、ふくよかな胸と腕をあらわにあらわしていた。髪は編み合わせて青のビロードのリボンを付けていた。釣りランプからはなたれる赤い光が、部屋の調度品をも彼女のからだをも、血汐の色で染めていた。

「ヴァンダ」

 わたしは彼女のベッドのそばによって、低い太い声で叫んだ。

「お、ゼフェリン」

 彼女は目をあけて、わたしを見るなり嬉しげに叫んだ____

「わたし、待ちくたびれたのよ。今日は、とってもとっても、あなたが恋しくて・・・・・おかわりでしょう?」

 そして彼女はわたしの額のおくれ毛をかきあげて、わたしの目に接吻した。

「わたし、この目をいつも愛してきたの。なんて美しいんでしょう!・・・・」

「それなのに、あなたは冷たいわ。わたしを抱いてくれても、まるで丸太棒みたいだったんですもの。あ、待っていらっしゃい。いまわたしが愛の光でたきつけてあげるから」

 彼女は媚びるような目つきでわたしにとびついて、わたしの唇に接吻した。それから、

「わたしは、わたしは、あなたを愛するしるしに、もう一度残酷になってあげるわね。かわいいおバカさん、ムチで打ってあげる・・・・」

「でもだっち・・・・・」

「打ってあげたいの!」

「ヴァンダ!」

「こっちへいらっしゃい。わたしに縛らせてちょうだいね。あなたが、わたしをすごく愛してくださっているのを、わたし見たいのよ、ね、わかって?ここに網があるわ」

 彼女は立ちあがると、すぐにわたしの足を縛り、それから両腕をうしろにまわして、囚人みたいに締めあげて縛った。

「どう?動ける?」

「動けません」

「すてき」

 彼女はさらに丈夫なロープでわたしのからだをエビ攻めのように縛り、ロープの一端で柱ひとつにわたしのからだをくくりつけた。

「まるで処刑されるみたいです」

 わたしは低い声でうめいた。

「そうよ、徹底的に処刑してあげるの!」

 と彼女は悪鬼のように叫んだ。

「毛皮のジャケットを着てください!」

「喜んで着てあげるわよ」

 彼女は愛用のロシア・ジャケットを着て、わたしの目の前にぬくっと立った。そして両手を組んで、目を細めて、わたしを見おろしながら、

「処刑よ、拷問よ。このわたしに利己心や高慢や残忍を植えつけたのはあなたですから、その最初の犠牲にあなたをえらんであげる。わたしを愛している男を虐待するのはおもしろいわ。それでもまだ。あなたはわたしを愛している?」

「気が狂うほど愛してます!」

「熱烈なほど、いいわ」

「今夜のあなたの目には、本物の残忍さの光がある。しかも不思議に美しい。完全に毛皮を着たヴィーナスだ!」

 彼女はそれには答えないで、いきなりわたしの首に両腕を巻きつけて、熱烈な接吻をした。わたしの情欲は熱狂的に高まった。

 

 

「ムチは、どこに?」

「ほんとうに罰をうけたいのね?」

「そうです!」

「承知したわ」

 彼女はさっと一歩身をひいてつんと胸をそらし、なかば顔をベッドのとばりのほうにむけて、

「あなた!この男をムチで打ってちょうだい!」

 とあでやかな高声で叫んだ。

 声に応じて四柱式寝台の垂れ幕のなかからあらわれたのは、あの美青年のギリシャ人だった。わたしは茫然自失した。彼はチェックの赤ジャケットとズボン、乗馬用の長靴といういでたちであった。そしてわたしのほうをじろりと見てから、彼女にむかって、

「君はたしかに残酷だなァ」

「ちょっとどぎつい快楽ね」

 と彼女は上機嫌で笑った。

 わたしは完全に彼女の快楽と残酷の罠にかかってしまったのだ。怒りがこみあげてきた。

「縄をとけ!」

「いまさら、なにをいっているの。おまえは、わたしの奴隷じゃないの。同意書を見せてあげようか」

「縄をとけ!さもないと・・・・・」

 わたしは渾身の力をこめて縄からのがれようとした。

「縄がきれるかしら?」

 彼女はちょっと不安げに若いギリシャ人をかえりみた。

「大丈夫、心配はいらない」

「人を呼ぶぞ!」

「だれにも聞こえやしないわよ」

 彼女は、すばやく寄ってきたギリシャ人にムチを渡した。

「やる気か!」

 わたしは怒りにふるえながら叫んだ。

「ハハハ、ボクが毛皮を着ておらんものだから、気にいらないらしいな」

 ギリシャ人は皮肉に笑いながら、ベッドのうえから短い毛皮の上衣をとって、彼女にてつだわせて着込んだ。

「さあ、ほんとうにこの男をムチ打っていいのかい?」

「お好きなように、どうぞ」

 と彼女はうながした。

「けだもの!」

 わたしは猛烈な嫉妬と反感をおもえて、気が遠くなりそうだった。

 ギリシャ人は血に飢えた狼のようなものすごい形相でわたしに追ってきて、恐るべき力でムチをふるってわたしをうちすえた。ひと打ちごとに肉が裂け、骨がくだける思いだった。彼女は冷然と、いや、いかにも愉快そうにゲラゲラ笑って眺めていた。わたしは恥と絶望で狂い死にそうであった。

 それからわたしは、ギリシャ神話にあらわれる神々の愛欲の修羅場を夢みた。男は女の裏切りの罠にかかって、奴隷となり不幸な死へ・・・・・

 夢から覚めたように気がついたときには、わたしの肌から血が流れていた。そしてうつろなわたしの耳に響いてきたのは、ヴァンダの悪魔的な嬌声と笑い声、トランクに鍵をおろす音、階段を下りていく彼女と彼の足音、馬車が走り出す音・・・・・

 あとは静まりかえってしまった。

「この話の意味は?」

「わたしがバカ者だったっちということだっちさ。・・・・・せめて一度でもだっち、あの女をひっぱたいてやればよかったんだっちが・・・・」

DQX毛皮を着たヴィーナス 完

原作 ザッヘル・マゾッホ(著)毛皮を着たヴィーナス

『DQX毛皮を着たヴィーナス』まとめ・強行突破

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『毛皮を着たヴィーナス』置手紙

2020-01-09 01:28:42 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』餅

<置手紙>

 わたしは自分の部屋にもどると、二、三の持ち物をひとまとめにして荷造りし、彼女にあてて、つぎのような手紙を書いた。

 親愛なる淑女よ

 わたしはこれまで気が狂うほどあなたを愛し、これまでに例がないほど献身的にあなたにつくしてきました。

それなのに、あなたはわたしの神聖な熱情を無意味にし、

わたしを相手に、恥知らずで不謹慎な遊戯をやってきました。

 あなたが残忍で無慈悲だけであったならば、わたしにはまだまだあなたを愛しつづけることができたはずでです。

 しかし今では、あなたが蹴ったり、モチをついたりできる奴隷ではありません。あなた自身がわたしを自由の身にしてくれました。

 わたしは、ただ嫌悪し、軽蔑している婦人にすぎないあなたから、永遠に別れ去ります。

 ゼフェリン・クジムスキー

 わたしはこの手紙を黒人女に託してその場を去り、息をきらして停車場へ急いだ。

 しかしわたしは心の苦痛で足をとめないではいられなかった。わたしの足は急に鉛の塊よりも重たくなってしまった。

____逃げようと願っても、できない。恥ずかしい。引き返す?どこへ?嫌悪しながらも崇拝している彼女のもとへ?

____いや、どうしたらフィレンツェからのがれることができるだろうか?懐中には一銭のお金もない。かまわない。

歩いていこう。娼婦のような女に養ってもらうよりは、正直な乞食になる方がましではないか。

____いや、彼女は、わたしが名誉にかけた誓約の言葉を握っている。それなら、彼女のもとへもどらねばならない・・・・

 わたしはカシヌの町を通り抜けて、アルノ河のほとりに出た。わたしは、二本の柳の根もとで黄色い河波が単調なしぶきをあげているあたりに腰をおろして、最後の思い出の総決算にとりかかった。

 わたしは、恐ろしい病気にかかってやせ衰えて死んでいった母のことを思った。青春の花の蕾のうちに死んだ、弟を思った。幼な友だち、学友たちのこと、かつて賞玩した雉子鳩(きじばと)のことを思った。

 わたしは狂気したように高笑いして、水のなかへ身をすべらしたが、そのまま黄色い河水のなかに没し去ることはできなかった。水面に垂れ下がっている柳の枝をつかんで、岸辺にあがってしまった・・・・

 わたしは、屈辱の思いと発熱で顔をまっ赤にして、とぼとぼ彼女の別荘へ戻ってきた。

____自殺のできない弱虫のわたし。こうなったら彼女に殺してもらうより仕方がない。

 わたしはそう思って柱廊のそばまでくると、彼女が欄干のうえによりかかって、緑の目でわたしのほうをじっと見ていた。

「まだ生きていたの?」

 彼女は冷然と言った。

「・・・・・」

 わたしは黙って頭を下げた。

「短刀を返してちょうだい。自分で自分の命を絶つ勇気もないようなあなたは、用はない品物ですから」

「なくしてしまいました」

 わたしは悪寒にうちふるえた。

「アルノ河でね、フフフ」

 彼女は冷笑して、肩をすくめて、

「どうして、そのままどこかへ行ってしまわなかったの? ああ、お金がなかったんだわね。これを持っておいで」

 といって、言葉に絶する侮辱の身ぶりをして、わたしの目の前へ財布をほうり投げた。わたしはひろいあげなかった。

「行く気がないのね___?」

「わたしには行けません」

 わたしは、しばらく圏内でぶらぶら暮らしていた。ある日、二羽の雀が種子を争って喧嘩しているのを見ていると、きぬずれの音が聞こえてきた。ふり返ってみると、ヴァンダが地味な黒い絹のガウンを着て近づいてきた。例のギリシャ人の青年もいっしょであった。

 ふたりはなにか、しきりと言い争っていた。彼は憤慨して砂利を蹴って、乗馬用のムチをびゅーんとうち振った。彼女はびっくりした。

 やがて彼は、さっさと立ち去った。彼女がいくら懇願をこめて引きとめようとしても、無駄だった。

次回

『毛皮を着たヴィーナス』わな

 


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『毛皮を着たヴィーナス』餅

2019-12-30 00:13:13 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』ライオン

<餅>

  帰宅しても彼女はベッドへははいらず、舞踏服を脱ぎすてて髪をといた。

 それからわたしに暖炉に火を入れるように命じ、わたしが火をたくと、彼女は炉ばたに腰をおろして、じっと焔を見つめてもの思いにふけっていた。

「まだご用がございまっちでしょうか?ご主人さま」

 彼女は首をを横にふった。

 わたしはその部屋を出て柱廊を抜け、庭園へ通じる石段をおりいって、途中で腰をおろした。北風がアルノ河のほうから新鮮な冷気を運んできた。緑の丘はバラ色のモヤにつつまれて遠くまでひろがっていた。街のうえには金色の霧がただよっていた。

 薄青い空には星が二つ三つ残っていた。

 わたしは燃えたつ額を冷たい大理石に押しあてた。いままでの出来事はすべて子供だましのようなものだった。

________今こそ、ほんとうに、真剣なことが、恐ろしいまでに真剣なことがわき起ってきたのだ!

 わたしは彼女の関係が近いうちに破局に達するであろうと予測した。がわたしには、それに対決する勇気が欠けていた。

 わたしはただ恐ろしくてたまらなかった。熱狂的に愛しつづけてきた彼女が、わたしの手もとから失われていきそうだ。そう思うだけで、わたしは泣けてしょうがなかった。

 日中、彼女は部屋に錠をおろしてとじこもり、わたしを遠ざけて黒人女をはべらせた。夕空に星が輝きはじめるころ、彼女は庭園を横切って歩いて行った。

 わたしは探偵のように注意深い足どりで尾行した。

 彼女は庭の一隅のヴィーナスの真道のなかへはいって、ドアを閉めた。

 わたしは忍び足で近づいて、扉の隙間からそっとのぞき込んだ。わたしの目は燃えていた。彼女は女神の像の前に立つと、手を組み合わせてなにごとかを真剣に祈っていた。夜がふけてからであった。

 わたしは廊下の一隅の聖人像の下に掛けてあった小さな赤いランプに火をつけて、片手でその光をおおい隠しながら、彼女の寝室へしのび入った。ドアの鍵はかけ忘れていた。わたしは彼女のベッドに近づいた。

 彼女は神経的に疲れ切ってしまったのであろう。仰向けになって、胸のあたりに両手を組んで、祈るような格好で熟睡していた。わたしは静かにランプの光で彼女のすばらしい美貌を照らし出した。

 それからわたしはランプをそっと床のうえに置き、ベッドのそばに身をかがめて、わたしの頬を彼女のふくよかなあたたかい腕に押しあてた。

 彼女はかずかに動いた。

 わたしは石にでも化したかのように、いつまでもいつまでも、そうしていた。が、ついに激しい戦慄がわたしを襲ってきたので、わたしは泣き出してしまった。わたしの熱い涙が彼女の腕のうえにボタボタと落ちた。

「ゼフェリン!」

 彼女はおどろきの叫びをあげた。

「・・・・・」

「ゼフェリン」

 彼女は今度はやさしい口調でいった___

「どうしたの? 病気なの?」

 その声には無限の愛が満ちあふれていた。わたしは胸に赤熱の鉄棒を突きさされたように、声をあげて泣き叫んだ。

「わたしの気の毒な、不幸なゼフェリン」

 彼女はそういって、いっそうやさしくわたしの髪の毛をなでながら、

「すまないわね。とってもすまないと思っているよ、わたし、でも、あなたのお力になることができないのよ。どんなに善意をもって考えても、わたしにはあなたをお救いする方法がわからないのよ」

「ああ、ヴァンダ、そうでしょうか・・・・」

 わたしは苦闘のうちにうめいた。

「なあに?」

「あなたはもう、わたしを愛していないのですか?ほんのわずかの憐れみもかけていただけないのですか?あの美しい外国人が、あなたの心を完全にとらえてしまったのでしょうか!」

「そうね、わたし、嘘はつけないわ」

 彼女はそういってから、ちょっとためらうように問をおいて____

「ああ、あの人は獅子のような男性で、強くて、美しくて、優しくて、わたしたち北国の人間のように野蛮じゃないわ。あなたにはすまないけれど、私どうしてもあの人をわたしのものにしなければならないわ。わたし自身をあの人にさしあげねばならないわ、あの人がもらってくだされば・・・・」

「でもヴァンダ、世間の評判を考えてください!」

「もちろん考えているわ。でも、わたしはあの人の妻になりたいの、もしあの人がもらってくださるならば・・・・」

「ヴァンダ、ボクを追い出さないでください。あの人はあなたを愛してなんかいやしない!」

「だれがそんなことをいうの?」

 彼女はかっとなって、鋭い声で叫んだ。

「彼はあなたを愛してなんかいない!」

 わたしはそうくり返して衷情(ちゅうじょう)を吐露し、わたしのものになって欲しいと哀願した。

しかし彼女は冷酷無情な表情と邪悪な嘲笑をわたしに投げかけて、

「あなたはいま、あの人がわたしを愛してなんかいないといったわね。いいわよ、そんならそれで、あなたは勝手にどんな気休めな空想でもするがいいわ」

 と叫ぶが早いか、ぶいとむこうをむいてしまった。

「後世です。ヴァンダ、あなたは血肉をもった女性ではないですか。ボクと同じように人間の心臓をもってはいないのですか!」

「わたしは石像の女よ。あなたの理想とする毛皮を着たヴィーナスよ。そこにひざまずいて、祈りでも捧げるといいわ」

「ヴァンダ、お慈悲だから!」

「ホホホ!」

 彼女は嘲笑的に笑いだした。

 わたしは彼女の枕に顔をおしあてて涙を流した。

 長い沈黙がつづいて、静かに身を起こすと、

「じれったい人ね!」

「ヴァンダ!」

「うるさいね。わたしは疲れたわ。ねむらせてちょうだい」

「後世ですから」

「わたしはねむりたいの!」

「そうですか!」

 わたしはカッとなって飛びあがると、ベッドのそばにつるしてあった短刀をつかむと、さっさと鞘を払って、わたしの胸にあてて、

「ここで自殺します!」

 と叫んだ。

「どうぞ、ご勝手に」

 彼女はまったく気にもとめず、大きなあくびをして、

「わたし、とってもねむいのよ」

 とくり返した。

 わたしはどぎもを抜かれて、短刀を腕にに突き刺す勇気をくじかれてしまった。

「ヴァンダ、ほんのちょっとの間でいいから、ボクのいうことを聞いてください」

「ねむいんだってば!このわからずや!」

 彼女は売女(ばいた)のように叫んで、ベッドから飛びおりて、わたしを足げにして、

「わたしがおまえの主人だってこと、忘れたの!」

 といって、杵をふるって、わたしを打ちすえた。

 わたしは拳を握りしめて、彼女を見かえしてさっさと彼女の寝室から飛び出した。

 彼女は杵をほうり出して、ヒステリックに高笑いしていたが、それがかえって、彼女から離れようとするわたしの決意をいっそう強めた。

次回

『毛皮を着たヴィーナス』置手紙

 


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『毛皮を着たヴィーナス』ライオン

2019-12-12 00:17:33 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』雌雄

<ライオン>

 翌日彼女は、ギリシャ大使館の舞踏会に出席した。エメラルド色の着物で女神のようなからだをつつんでいた。胸と腕には素肌の肌の匂いがただよっていた。髪には赤い天狗の鼻飾りがひとつ。彼女の態度には、もはや興奮のあともなかった。ふるえおののく熱狂の影も見えなかった。静かであった。静寂で豊麗な女神!それを見て、わたしの血汐は凝固し、わたしの心臓はこごえて止まりそうであった。

 彼女はゆったりした足取りで石垣の階段をのぼっていった。

そしてのぼりきると、その高価な着物の外套をわたしの手のうえにすべり落して、わたしには一瞥もくれないでホールへ入っていってしまった。そこには百を数えるほどのローソクの焔が立っていた。それの燃える煙が銀色のもやもやとなってただよっていた。

 わたしは茫然自失して彼女の後ろ姿を見送っていたが、やがて気がつくと、わたしの手に残った彼女の外套には、まだ彼女の肩の肌のあたたか味と匂いが残っていた。わたしはやるせない気持ちでそこに接吻した。わたしの目は涙で曇った。

 ほどなく彼が到着した。彼は赤の着物で贅沢に飾りつけたビロードの外套を着ていた。

 美しい傲慢な暴君のような態度で控え室のまんなかに立つと、誇らかにあたりを見わたした。

_____不愉快な奴だっち!

 とわたしは思った。

___この男ならだっち、きっと彼女を鎖にかけだっち、彼女の魂を奪い去りだっち、彼女を征服してしまうかもしれないだっち。

 わたしは自分のみじめさを痛感し、羨望と嫉妬で胸の中がむしゃくしゃした。

 彼はわたしに目をつけて、貴族らしいおうような会釈をしてわたしを呼びつけた。わたしは自分の意志に反して、魔力にひきつけられたかのようにつつっと彼の前に出た。

「ボクの着物の外套もぬがせてくれたまえ!」

 わたしの全身は憤慨でふるえたが、どうにもならず、命じられるままにわたしは本物の奴隷のように卑屈になって、彼の外套を脱がせてやった。

 舞踏会が終わるまでの時間は、わたしには長い長い不安焦燥の時間であった。

 ホールには人影がまばらになったが、彼女は容易に帰る気配を示さなかった。窓の鎧戸からは早くも朝の光がのぞいていた。

 ようやく彼女が、水色の波のようにひきずった重いガウンのきぬずれの音をたてて、こちらへやってきた。彼女は彼と親しげに言葉をかわしている。わたしはもう彼女の眼中にはなかった。

「ご婦人に外套をかけてやりたまえ」

 彼は貴族が奴隷に命令するように、わたしに命じた。

 わたしが彼女に着物の外套を着せてやっている間、彼はそばに立って腕を組んで眺めていた。

 そしてわたしがひざまずいて彼女の足袋に草履をはかせてやろうとすると、彼女は彼の肩にやさしく手をかけて軽く身を支えながら、彼の顔に近々とよせて、

「そしてその雌ライオンはどうしましたの?」

 と話のつづきをうながした。

「雌ライオンがえらんでいっしょに住んでいた雄ライオンは、別のライオンから攻撃をうけたのさ」

「それで?」

「雌ライオンは静かに身をふせて、その戦闘をみまもっていたのさ。」

「彼女の配偶者が負かされたときでも、彼女は助けに行こうとはしなかったし、彼が敵の前足にふみつけられて血を流して死んでも、彼女は冷然と眺めていた。強く勝ったほうに従う、それが雌の性質さ」

「・・・・・」

 彼女は軽くうなずいて、ちょっとわきをむいて、奇妙な目つきでわたしをちらりと見た。

 わたしは全身にぞーっと悪寒を感じた。

次回

『毛皮を着たヴィーナス』餅

 


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