この写真の主がわかるでしょうか。開催中のUS OPEN1回戦、シモーネ・ハレプ戦前のマリア・シャラポワです。
ちなみにほぼ同じ時間帯のシモーネ・ハレプです。その後のゲームの勝敗はテニスファンならご存知のとおりシャラポワが勝ちました。私自身は女子の試合はあまり観ませんが、近年観た女子の試合のなかではベストマッチのひとつで、1回戦にしてほぼ満席の会場(世界最大のテニススタジアムとされるアーサーアッシュスタジアム)のボルテージもすさまじかったです。
US OPEN観戦に訪れていたNYですが、私は二人の練習を見るつもりでこの場にいたわけではありません。
今年は多くの欠場者を出したUS OPENですが、少なくとも1,2回戦は、体感にすぎませんが、2年前(男子BIG4、バブリンカ、錦織、アメリカでは一番人気のセレナもそろっていた)のUS OPENより盛況に思えました。一部の会場が工事中でキャパシティが狭くなっていたこともあるでしょう。それなりに著名なプレーヤーが出る会場は、どこも満席で行列ができています。
行列に疲れ、このあとに予定されていたサーシャ・ズベレフの練習を観たかったこともあり、反対側の狭いマッチコートにいたのです。
そのとき、どうもプラクティスコートにビッグネームがいるらしい歓声と熱気を感じました。
プラクティスコートというのは、時にマッチコートより残酷に、そこにいるプレーヤーの人気や動員力を表します。マッチコートなら相手があっての集客ですが、試合前は基本的にヒッティングパートナーやコーチと打ち合い、プレーヤーはひとりです。しかも試合をするわけではないので、勝ち負けも関係なく面白くない。必然的にそこに人が集まるということは、そのプレーヤー自身の人気のバロメーターになります。
だから裏側にいても、その反対側の主の人気の有無は雰囲気でわかります。
「誰かな?」と、好奇心で見てみましたが、一瞬はやや遠目であったこともあり女子選手であることしかわかりません。同じ距離感でもフェデラーやナダルならわかります。ジョコビッチ、マレー、セレナ、ビーナスでもわかるでしょう。
ただ、その人は大きな声も上げず、男性のヒッティングパートナーと淡々と打ち続けています。服装もいたって地味です。
やがてその人がシャラポワだとわかったのは、観衆の数人が「マリア」と声をかけたのを聞いたときです。
はっきり言って、オーラのかけらも感じませんでした。あとからやってきたハレプの方が観衆こそ少なかったけれども、「ああ、ハレプだ」というオーラはあり、やや悲壮感はあったけれども、「あなたならできる」(英語。固有名詞は出てこなかったけど、シャラポワに勝てるという意味でしょう)という観衆のひとりの声に手をあげて応えるサービスもありました。
しかし結果は日本でも放送されたとおり。
どこまで伝わったか知りませんが、最初は会場はかなりハレプ寄りだったのです。ドーピング問題でいわくつきで戻ってきたシャラポワに対して、プレースタイルは派手ではないけれども、まじめで人気はあるトッププレーヤーのハレプ。1回戦からシャラポワに当たってしまった同情的な声も多かったと思います。
しかしアメリカの土地柄でしょうか。本来、アメリカ人の多くは、カムバックを許す寛容さ、強者や成功者へのリスペクト、あらゆる背景を持った者への受容性は高いと感じています。やがて歓声の方向は、徐々にシャラポワに移り、最後は勝者を万感胸に迫る拍手と声援でたたえました。それはハレプの健闘を貶めるものとは感じませんでした。
もともと私はシャラポワに何の興味もありません。しかし今回、居心地が悪いであろう孤独な場所に戻り、彼女のトップパフォーマンスと言えない状態で挑み、1stWeekだけとはいえ、ビッグネームに乏しい男女ボトムハーフの日に、2万人強入るスタジアムを埋めたことには凄みを感じます。
ドーピングの記者会見前、(ドーピング問題を知らないなかで)引退会見ではないかと思った人は多かった。もうそれくらい機は熟したプレーヤーです。にもかかわらず、戻ってきました。その心の強さには感動します。そしてどこか物悲しささえ漂っていたプラクティスコート。相当な覚悟の復帰だったのでしょう。