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ensemble マーケティングの視点

日常生活と趣味を綴る個人的散文です。タイトルに反し、仕事に関する話は書きません。

子どもの未来が輝いてこそ、日本は生きていける

2016-03-09 00:15:21 | ニュース

このところ、ネガティブな意味での子どもの話題が立て続けに、ネットを含むメディアを賑わせています。

ひとつは「保育園落ちた日本しね」というやや過激なタイトルの匿名ブロガーの投稿、もうひとつは「税金2億円の広告費で2000万円しか集まらない子供の未来応援基金」という政府主導の国民運動の問題です。

前者ですが、共感の声とともに、ブロガーへの反発の声も大きいことに驚きます。想像ですが、反発する人の中には、端から子育てに理解がない男性(もちろん男性全員ではない)や子どものいない人(左に同じく)だけではなく、すでに子育てを終えた女性や、年収が低く苦労を強いられているシングルマザーの女性の一部もいると思うのです。

子育てを終えた女性にしてみれば、自分の時代は今ほどそもそも女性は活躍できなかった、自分は苦労して何人かの子どもを育て上げたのに、といった世代間ギャップ。低い年収のシングルマザーにしてみれば、ブロガーは恵まれているといったところでしょう。夫が働き、さらに彼女には正社員として復帰できる会社があると……。しかし、です。彼女の生活の実態などわかりませんし、仮に本当に恵まれた家庭だったとしても、低い方を基準に社会や子どもの教育環境が動いていけば、彼女から「しね」と言われなくても、日本は本当にやがて死んでしまいます。

もうひとつの「子供の未来応援基金」問題ですが、こちらはまさに子供の貧困対策への寄付を募る広報の費用対効果を問うものですが、確かに2億円の使い道については検証しなければならないかもしれません。しかし、2億円をそのままNPOに寄付したり、貧困にあえぐ子供がいる家庭に投資するレベルでは、まったく問題解決にならないのだということを、なぜ某政治家も含めわからないのか、不思議でなりません。家計感覚でいえば、2億円というお金は天文学的と思う人もいるかもしれませんが、政府どころか、そこそこの企業が拠出する金額としては、決して巨額ではありません。

仮に世帯年収400万円で、1人の子供に人並みの教育を与えられるとしましょう。全額を2億円から配ったとしたら(現実にはあり得ない政策行動ですが)50世帯分です。生活保護世帯が数百万レベルの国で、6人に1人の子どもが貧困とされている国で、たった50世帯分。しかもわずか1年間。1年で子育ては終わりません。

政府がもっとこの問題に広報費に限らず、投資していくことは重要ですが、一方で高齢化対策も抱えています。もちろんそれ以外の課題も。民間の活動や寄付も大事なのだと思います。

この2つのテーマは、一見対象となる子どもが「比較的恵まれている」「貧困家庭」とまったく異なる問題に思えます。しかし、この両方を疎かにした先にあるのは、まさに日本の死ではないでしょうか。

これだけ若手不足、労働力不足とされている日本で、職にあぶれたり、ニートと呼ばれるような若者は相当数います。もちろん全員が貧困家庭の出自ではないでしょうが、幼少期の教育の問題は無視できないはずです。

量的な少子化の問題はもちろん最も深刻なのですが、より優秀で社会に対する認識をきちんと持った大人に育てられるか、あるいはずば抜けて優秀でなくても、真摯に働き、社会に貢献しようと考える大人に育てられるか、さらに今の子どもたちが働けるような年齢になったときに、日本人であることに誇りと幸せを感じられる生活ができるかも、同じくらい重要な課題だと思うのです。

そんな若者が国の大多数を占めれば、その知恵でコストパフォーマンスが高く社会に貢献できる新しい産業を生み出したり、外国との交流のなかで健全な形で外国人労働者に日本で働いてもらったり、必ず来る年齢が偏った社会への対策も見出せるかもしれません。何よりも未来のことをまず考えられる真に優秀な政治リーダーが誕生する可能性もあり、彼らを多くの国民が支持できるかもしれません。

アメリカ大統領選で話題になっているトランプ氏の躍進は、政治を担うリーダーが世界的に不足していることの露呈にほかなりません。そして先進国の中で拡大した格差が、リーダーを選ぶ目を曇らせている。

政治は一国にとっても、外交にとっても、要です。日本が真に有能なリーダーを輩出できる国になれば、国力の低下を補うプレゼンスを得ることができるかもしれません。そのためには、今生まれている子どもへの教育は、本当に大切だと思います。

 


なぜ乳がんの検診率が上がらないのか

2015-09-25 23:38:14 | ニュース

タレントの北斗晶さんの乳がん罹患のニュースをみて、検診を受けなきゃと思った同世代の女性も多いと思います。女性にしてみれば、罹患率も完治率も比較的高いがんゆえ、ときどきこういう話はメディアから聞こえてくるし、またそれぞれの個人の身内や知人でも1人や2人乳がんを経験している人がいるのではないでしょうか。

にもかかわらず、日本人女性の乳がん検診率は、50%を割り込み、ほかの先進国と比べてかなり低い数字です。

よくいわれる理由の一つとして、女性は同世代の男性と比べて、会社で健診が半強制される正社員の比率が低いこと。つまり専業主婦や社会保険や企業の健診対象外の短時間の非正規社員の割合が多いことが挙げられます。しかし、自分が会社の正社員だった時代を振り返ってみても、企業の健診に婦人科検診は含まれてなかったような気がします。当時若かったからかもしれませんが、健診はあくまで「健康診断」であり、「検診」ではなかったと記憶しています。

そもそも、日本にはアメリカではオバマケアをもってして問題山積の国民皆保険制度が完備し、自営業者や主婦であっても自治体の健診は受けられるはずです。にもかかわらず、検診率はアメリカより低い。アメリカ人の方が乳がん罹患率が高いという事実を差し引いても、不思議な気がします。

実は私も偉そうなことはいえず、今年に入ってほとんどの検査を一度は網羅しているにもかかわらず、乳がん検診だけはまだなのです。歯もやって、目もやって、耳もやって、ピロリ菌もやって……がん個別でいえば、大腸がん、子宮がんも検査をしています。

乳がん検診は、ピンクリボン運動などで啓蒙活動が盛んなわりにアクセスが難しい検査です。まず通常の健診や人間ドックに含まれていることはなく、オプションになります。オプションでもあればいいですが、マンモグラフィーやエコー検査の対応ができないという理由で、そもそもメニューにない医療機関も多いのです。そして、乳がん検診は産婦人科の科目領域ではないので、女性が比較的よく通っている産婦人科で受けることもできません。国民健康保険加入者に対する自治体の健診でも、確か節目の年齢だけで毎年は含まれていなかったと思います。

仮に案内がきても、区の健診を引き受けている医療機関の中で、乳がん検診ができる病院が限られているので、予約をとろうとしてもなかなかとれないということもあります。国保の制度などを利用しなければ、5,000~1万円程度別に費用もかかります。

ちなみに、今回の報道で、毎年1回日曜日(平日忙しい人のため)に乳がん検診を受けられる日があると知り、HPを検索してみました。(リンク

驚いたのは対応する医療機関の少なさです。居住地の自治体に関しては、1機関のみで予約先着30人まで。地方の○○○村ではなく、東京23区です。23区の中には1機関も対応していない区もあります。

私はそんなに忙しいわけではないので、先着30人に入ることは本当に必要な人のために遠慮しますが、これが実態です。1年に1回の取り組みに賛同できる医療機関がこれほど少ないということは、対応可能な機関の絶対数が不足しているのではないかと推察します。

もちろん、いかにアクセスが大変であろうが、健康管理は個人の意識の問題ではあります。しかし、いまだ多くの女性は男性より低い待遇で仕事をし、なおかつシングルマザーやシングルの女性が増えているなか、たとえば平日の数時間の検診の時間をとることや、5,000~1万円の費用を払うことが難しい人も多いでしょう。しかも、乳がんだけ気をつけていれば、すべてOKではない。せめて、半日あるいは1日でもいいので、すべての検査が網羅できる施設がもっと多くあればいいのに、と思います。

もう一つ、個人的に思うのは、保険会社がもっと頑張ってほしい。いくら民間の保険に入っていても、くるのは確定申告用の支払い証明書くらいです。たとえば、加入者は提携医療機関、検査機関の検診の予約が優先的に取れるとか、下手な販促や返戻金で特典をつけるより、合理的な気がしますが、そういう保険会社、知らないだけであるのでしょうか。


箱根の火山活動

2015-05-08 23:53:04 | ニュース

昨日までしつこくトルコの話を書いていましたが、とうに帰国しています。

旅行前、この時期に中東方面に行くことを心配する声がなかったわけではありません。でもたいてい次に出る言葉は「どこにいても、何が起こるかわからないものね」。

あながち気休めだけでもなく、戻ってくると、国内ニュースは箱根の話で持ちきりでした。もっとも御嶽山のときのような大噴火をしたわけでも、被害が出たわけでもありません。むしろ、観光のトップシーズンに箱根町の客足が遠のき、現地の観光産業に多大な影響を与えかねないことのほうが現時点では問題なのかもしれません。

全域に避難勧告が出ているわけでもなく、警戒レベルも低く、気にしすぎの感も否めませんが、正直自分にもし箱根に行く計画があったら、直前でなければ行き先を変えている可能性もあります。

一方で、桜島のことを思い出しました。私は九州出身ではなく、とりわけ鹿児島に縁があるわけではありません。今までたった3度鹿児島に訪れたうち、2度まで噴火を見ています。1度はもろ活発化している最中に、桜島そのものに行っています。

市街地まで黒っぽい噴煙が覆い、雨のためではなく、噴煙の防御のために傘をさす人も行き交うなか、一方で傘はもとよりマスクもせずに歩く人も大勢います。

私も不思議とこわいとも、それほど不快にも思いませんでした。

皆、当たり前に自然の活動と共存し、市民生活を送っているのです。

もちろん、御嶽山のような悲劇は避けなければならないと思いますが、もともと箱根山の警戒地域に行く予定のなかった人まで、観光を取り止めるのは行き過ぎのような気がします。

みんなロープウェイに乗りたいんだと言われれば、何ともいいようがありませんが。

ちなみに去年の穏やかな箱根ですが、なぜか人が写っていない写真はこれだけ。これでは、どこだかわかりません。

梅雨時の土日でしたが、結構混んでいました。今は、通常の平日並みのようです。「通常の平日」(しかも雨模様)にも行ったことがありますが、そのときは中国人観光客が目立っていました。


書店がなくなるという喪失感

2015-03-04 21:55:00 | ニュース

リブロ池袋本店が閉店するそうです。そもそも池袋にはほとんど行かないので、感慨は深くないですが、イメージとしては青山ブックセンター六本木店を少し標準店の品ぞろえ寄りにした感じでしょうか。

個人的に好きなのはジュンク堂で、新宿店が閉店したときのほうが残念でした。池袋にはまさにジュンク堂本店がありますが、なにぶん駅から遠く、かなりわざわざ行く感があります。代官山モデルの蔦屋書店も本屋の域を超越したデザインですが、さすがに何か代官山に用がないと行きません。

結局、今よく利用するのは、有楽町の三省堂か豊洲の紀伊國屋書店。要するに、それなりの品ぞろえがあれば、特色より利便性で選んでしまう業態です。

であれば、結局本がリアル店舗で売れなくなると、どんどん減ってしまうのが宿命です。それでも東京はまだいいです。ジュンク堂新宿店がなくなっても、向かいに紀伊國屋本店がそびえたっています。神保町に行けば、お腹いっぱいになるくらい、本屋が林立しています。

地方都市や町村部に行けばどうなのでしょうか。ときどき、出張などで出かけても、駅前に居酒屋チェーンはあっても、本屋があるまちはそれほど多くはありません。ロードサイドにしまむらやユニクロ、ファミレス、携帯ショップはあっても、大型書店があるのをあまり見たことがない気がします。

それでもamazonで買っているとか、電子書籍を購入しているのであればまだいいです。私も電子化されているものは、ダウンロード購入しています。でもネット販売の普及率や頻度も、都市生活者のほうが多いのが実態です。もちろん、地方ほど高齢化しているゆえ、インフラや教育環境の整備度に差があるゆえの統計であって、読書率を表すものではありませんが、少なくとも本を売る側にとっても、生活者にとっても、機会喪失がある可能性は高いです。

公的な図書館がフォローしているのかもしれませんが、大量に本が買えない学生や子ども、収入源が限られた高齢者が利用する分にはいいですが、みんながみんな、図書館を利用していては、文化は存続しません。本が売れなくなるということは、めぐりめぐって本に関わる仕事をしている人たちが減るということですから、図書館に配本される本も長い目でみれば、質・量・エンターテイメント性ともに低下します。

大規模な総合スーパーが疲弊して、小型スーパーを大量出店しているように、あるいは特色ある品ぞろえの成城石井や紀ノ国屋の小型店に人気があるように、本屋ももう金太郎飴ではたちゆかないということでしょう。今でもやたらコミックの品ぞろえが多い店、青山ブックセンターのようにデザイン関連の本が充実している店などはあります。ジュンク堂や蔦屋書店代官山店のように座って読める店もあります。しかし、それも大都市圏に限られたコンセプトでしょう(コミック店は地方でもありそうな気はしますが)。

先見の明があるといわれる阪急電鉄がもうずいぶん前に書店経営に乗りだしましたが、成功はしていません。しかし、今でも経営権を移して営業はしています。

地方では、書店だけで採算は合わずとも 、インフラ事業との組み合わせで、キヨスク以上大型書店未満のコンセプトショップを立ちあげることはできないでしょうか。 コンテンツや作家を守るためにも。だって今、国内で制作されるいい映画やドラマ、小説かコミックかは別として、ほとんど原作ありですから。

成熟した国に生きる矜持を

2015-01-24 00:45:51 | ニュース

日本人の多くは、仏教徒の部類に入るのだと思います。でもどの家にも必ず仏具があるわけでもなく、仏教徒でも教会で牧師に愛を誓い、正月には神様にとりあえず手を合わせます。写経や座禅の経験がない人が大半で、むろん日曜日に必ず寺に行くわけでもなければ、毎日決められた回数、祈りをささげるわけでもありません。つまり日本人と宗教は必ずしも密接ではないということです。

良い悪いではなく、そういう国民性の国の方が世界では少数派です。

日本は先祖を敬う文化、だから墓参りはするという考えもあります。それはそれで守るべき伝統だと思いますが、だからといって、日本人の家族間の愛情が深いとは言いきれません。信仰を通じて、週に1度、あるいは毎日祈る行為が、今を生きる家族同士の結びつきを強めるという方が現実的です。

世界三大宗教は、キリスト教、イスラム教、仏教です。イスラム教徒が占める人口は、キリスト教徒に次いで2番目であり、日本人にも信者の方はいらっしゃいます。モスクもあります。日本の友好国の中には、イスラム教徒が大半を占める国がいくつもあります。

今、欧州で起こっているテロや、イスラム国の問題を通じて、全イスラム教徒への偏見や差別が助長されることはあってはならないことです。

フランスで起こったテロは、テロ行為そのものは重大な犯罪で論外ですが、これをきっかけにフランスの排他主義が進むと、欧州や世界レベルでのリスクはより大きくなると思います。

以前、日本でもフランスのブルカ着用禁止法が大きく取り上げられたことがあり、今もその問題は象徴的な国のあり方として、移民との対立の根っこにあるのではないでしょうか。ベルギーでも同様の法律があり、今回テロの標的にもなっていました。

日本風にいえば、郷に入れば郷に従え。あるいは西側諸国的には、女性抑圧の象徴と言いたいのかもしれませんが、それよりも上位概念として、自由主義の近代国家が大事にしなければならないのは、信仰の自由と異教への敬意のはずです。

イスラム原理主義者が力で民を従える国に生まれた女性の不幸は、イスラム教徒であることではなく、信仰の自由がないことです。

確かにどこの国で生まれようが、親や家族が信仰する宗教を拒絶することや、改宗することは簡単ではありません。しかし、為政者や力のある者による信仰の名のもとの弾圧が行われている国と比べれば、一国の中で宗教分布が平和的に成立している国は健全であり、そうした国に生まれた人々は幸運です。ならば異教徒を貶めるのではなく、共存の道を探る。最低限尊重し合うことは、フランスや日本のような世界に影響力のある成熟した国、大国に生きる人のありようではないでしょうか。少なくとも、あまり内向きになりすぎてはいけないと思います。島国とはいっても、江戸時代とは違い、簡単に行き来できるのですから。