このところ、ネガティブな意味での子どもの話題が立て続けに、ネットを含むメディアを賑わせています。
ひとつは「保育園落ちた日本しね」というやや過激なタイトルの匿名ブロガーの投稿、もうひとつは「税金2億円の広告費で2000万円しか集まらない子供の未来応援基金」という政府主導の国民運動の問題です。
前者ですが、共感の声とともに、ブロガーへの反発の声も大きいことに驚きます。想像ですが、反発する人の中には、端から子育てに理解がない男性(もちろん男性全員ではない)や子どものいない人(左に同じく)だけではなく、すでに子育てを終えた女性や、年収が低く苦労を強いられているシングルマザーの女性の一部もいると思うのです。
子育てを終えた女性にしてみれば、自分の時代は今ほどそもそも女性は活躍できなかった、自分は苦労して何人かの子どもを育て上げたのに、といった世代間ギャップ。低い年収のシングルマザーにしてみれば、ブロガーは恵まれているといったところでしょう。夫が働き、さらに彼女には正社員として復帰できる会社があると……。しかし、です。彼女の生活の実態などわかりませんし、仮に本当に恵まれた家庭だったとしても、低い方を基準に社会や子どもの教育環境が動いていけば、彼女から「しね」と言われなくても、日本は本当にやがて死んでしまいます。
もうひとつの「子供の未来応援基金」問題ですが、こちらはまさに子供の貧困対策への寄付を募る広報の費用対効果を問うものですが、確かに2億円の使い道については検証しなければならないかもしれません。しかし、2億円をそのままNPOに寄付したり、貧困にあえぐ子供がいる家庭に投資するレベルでは、まったく問題解決にならないのだということを、なぜ某政治家も含めわからないのか、不思議でなりません。家計感覚でいえば、2億円というお金は天文学的と思う人もいるかもしれませんが、政府どころか、そこそこの企業が拠出する金額としては、決して巨額ではありません。
仮に世帯年収400万円で、1人の子供に人並みの教育を与えられるとしましょう。全額を2億円から配ったとしたら(現実にはあり得ない政策行動ですが)50世帯分です。生活保護世帯が数百万レベルの国で、6人に1人の子どもが貧困とされている国で、たった50世帯分。しかもわずか1年間。1年で子育ては終わりません。
政府がもっとこの問題に広報費に限らず、投資していくことは重要ですが、一方で高齢化対策も抱えています。もちろんそれ以外の課題も。民間の活動や寄付も大事なのだと思います。
この2つのテーマは、一見対象となる子どもが「比較的恵まれている」「貧困家庭」とまったく異なる問題に思えます。しかし、この両方を疎かにした先にあるのは、まさに日本の死ではないでしょうか。
これだけ若手不足、労働力不足とされている日本で、職にあぶれたり、ニートと呼ばれるような若者は相当数います。もちろん全員が貧困家庭の出自ではないでしょうが、幼少期の教育の問題は無視できないはずです。
量的な少子化の問題はもちろん最も深刻なのですが、より優秀で社会に対する認識をきちんと持った大人に育てられるか、あるいはずば抜けて優秀でなくても、真摯に働き、社会に貢献しようと考える大人に育てられるか、さらに今の子どもたちが働けるような年齢になったときに、日本人であることに誇りと幸せを感じられる生活ができるかも、同じくらい重要な課題だと思うのです。
そんな若者が国の大多数を占めれば、その知恵でコストパフォーマンスが高く社会に貢献できる新しい産業を生み出したり、外国との交流のなかで健全な形で外国人労働者に日本で働いてもらったり、必ず来る年齢が偏った社会への対策も見出せるかもしれません。何よりも未来のことをまず考えられる真に優秀な政治リーダーが誕生する可能性もあり、彼らを多くの国民が支持できるかもしれません。
アメリカ大統領選で話題になっているトランプ氏の躍進は、政治を担うリーダーが世界的に不足していることの露呈にほかなりません。そして先進国の中で拡大した格差が、リーダーを選ぶ目を曇らせている。
政治は一国にとっても、外交にとっても、要です。日本が真に有能なリーダーを輩出できる国になれば、国力の低下を補うプレゼンスを得ることができるかもしれません。そのためには、今生まれている子どもへの教育は、本当に大切だと思います。