イリアーデの言霊

  ★心に浮かぶ想いのピースのひとかけら★

将軍家光の乱心 激突

2014年08月22日 02時01分38秒 | ドラマ

Wikipedia
三代将軍・徳川家光の後継者である竹千代は、乳母の矢島局と共に渓谷の湯屋で保養していた。突如、老中阿部重次の命を受けた伊庭庄左衛門が指揮する根来忍者集団に襲撃される。絶体絶命のその時、堀田正盛が雇った石河刑部とその配下である多賀谷六兵衛・砥部左平次・祖父江伊織・郡伝右衛門・土門源三郎・猪子甚五右衛門らが現れ、刺客たちを蹴散らした。竹千代と矢島局は石河たちに無事救出され、堀田家に保護される。狙われた背景には「竹千代は自分に似ていないから」という精神に異常をきたしていた家光の一存だけであった。矢島局は竹千代が世継ぎにならなくてもいいと考え竹千代と共に将軍家を去ろうとするが、竹千代は父・家光と対決することを決意!石河たちは理不尽な理由で竹千代を殺そうとする家光への怒りとそれに立ち向かう竹千代に意気を感じ、彼を護衛して江戸城へ向かう。その行く手を阻もうと伊庭が指揮する大軍が立ちはだかった!かくして石河率いる浪人衆と伊庭軍団らは凄惨な死闘を繰り広げることとなる。

KINENOTE
将軍・徳川家光は性格、容貌が自分と似ていないという理由で長男・竹千代を嫌って佐倉藩に預け、次男・徳松を溺愛していた。その上将軍継承に絡み、阿部重次に対して竹千代を殺すよう命じていた。ある日、竹千代を幕府の刺客団が襲ったが、石河刑部ら凄腕の浪人達が護衛していたため、事無きを得た。佐倉藩主・堀田正盛が家光の陰謀を考えて備えていたのだ。石河刑部と家光、阿部の間にも因縁があった。嘗て石河は妻を阿部によって家光の側女として無理矢理召し上げられていたのだ。それが、お方の方であった。幕府から竹千代に元服式を行うので江戸城へ出仕するよう命令がきた。罠と知りつつ竹千代は石河らに守られながら江戸城へと向かった。途中で幾度となく幕府の刺客に襲われたが、命知らずの浪人達は竹千代を守り抜いた。石河も一騎打ちの末、阿部を破ったのだった。石河も命を投げうって竹千代を江戸城へと導き、死に際に矢島局に小刀を渡して竹千代を頼んだ。家光はお万の方に竹千代を毒殺するよう命じたが、嘗ての夫・石河が命を賭けて守ろうとした竹千代を殺すことは出来なかった。


石河刑部:緒形拳
※嘗て家光と義兄に妻を奪われた男。6人の仲間と共に竹千代を守って死ぬ。

多賀谷六兵衛:長門裕之
砥部左平次:織田裕二
祖父江伊織:浅利俊博
郡伝右衛門:荒井紀人
土門源三郎:成瀬正孝
猪子甚五右衛門:胡堅強(フーチェンチアン)


竹千代:茂山逸平
※後の四代将軍・家綱。刑部を父のように慕った石河と当初は報酬目当てだったのを情が移って命を捨てて守ってくれた浪人達を殺したのは、狙われた自身と殺害を命じた父の家光だとわかりすぎる程にわかっていたため、葬儀の際に香炉の灰を家光の位牌に叩きつけた。

お万の方:二宮さよ子
※刑部の妻。永光院。召し上げられて何年経とうとも夫に対する愛は息づいており、自分達夫婦を引き裂いて献上した兄と権力にモノを言わせて自身を我が物にした家光を憎み抜いている。竹千代を守って夫が絶命したことを知り、家光を完全に見限って毒殺しろとの命令を拒絶した。自身を愛して栄耀栄華を与えて寵愛したと言い張る家光を心底侮蔑し、愛する夫と引き裂き自身の幸福を壊した男を憎み、その憎い男に犯され続ける我が身を呪っていたと吐き捨てた。

矢島局:加納みゆき
※竹千代の乳母。石河らの死を賭した戦いで守られた竹千代に随行し、死に際に石河に手渡された小刀で竹千代を殺そうとした家光と刺し違えて死ぬ。当初、川に落ちて濡れた竹千代が風邪を引かぬようにと着物を乾かすために火を熾し、自分達の居所を敵に知らせたも同然の愚をしでかした。

堀田正盛:丹波哲郎
※佐倉藩の藩主。未来の将軍家を守るべく竹千代の護衛を石河らに依頼し、当代の将軍に背く行為ゆえに白装束を纏いつつ伊庭と対決するが、無念にも敗れ絶命した。紀州徳川家に知らせており、竹千代が江戸城に辿り着いた時点で家光の企みは潰えていた。公式記録では殉死。


伊庭庄左衛門:千葉真一
※根来衆を率いて竹千代暗殺の命を遂行しようとしたが、刑部に鎖分銅を眉間に叩きつけられ絶命した。

徳川家光:京本政樹
※三代将軍。旺盛な性欲と残忍な性格で自身に似ていないという理由で長男で世継ぎの竹千代を嫌い、次男を世継ぎにしようと企む。原因は不明だが、精神を病んでいたことは明白だった。自分の手で竹千代を殺そうとするが、庇った矢島局を斬るも彼女に刑部の小刀で刺され、お万の方の積み重なる恨み事をぶつけられながら息絶える。

阿部重次:松方弘樹
※お万の方の兄。無理矢理に夫婦を引き裂き、刑部の妻であった妹を家光に献上して老中に出世した男。江戸城に辿り着いたことで敗北を悟り家光を必死に諭すも聞き入れられず、矢島局と相討ちで絶命した家光の死を急な病と周囲に告げ、切腹した。公式記録では殉死。