研究会・「職場の人権」5月定例会のお知らせです。この研究会のHPより転載します。http://homepage2.nifty.com/jinken/
ここの研究会の定例会には以前2度おじゃましました。ここは、非正規雇用に差別的ではない研究会です。また、質疑応答(意見やPRもOK)やお茶会も含めて、男女老若が活発に意見を交換するところです。定例会には誰でも参加できます。
ちなみにわたしは、当日、交通費が出る状況で、疲れて寝込んでいなければ行くでしょう。先の予定が立たないのは、非正規雇用のつらいところです。
点線以下、転載。
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■第81回研究会(5月)
『ある私立大学の雇用差別と労働強化
-使い捨てられる大学教職員-』
*と き:2006年5月27日(土) 午後1時30分~4時30分(1時開場)
*ところ :エルおおさか5階 視聴覚室 電話06-6942-0001
(地下鉄谷町線・京阪電鉄「天満橋」駅下車。徒歩5分。駅から西へ約300m)
エルおおさか(天満橋) http://mic.e-osaka.ne.jp/l-osaka/access.htm
*参加費:500円(当会の会員は参加費無料)
*報告者:
遠藤 礼子さん(立命館大学非常勤講師
/ゼネラルユニオン副委員長)
山原 克二さん(ゼネラルユニオン委員長)
*コメンテーター:
脇田 滋さん(龍谷大学法学部教授、労働法・社会保障・有期雇用問題)
雇用の流動化政策のもと、有期雇用化が止めどなく蔓延し、いまや働く人の3人に1人が有期雇用の働き方です。
とりわけ、均等待遇等制度の整っていないもとでの有期雇用=非正規職への置き換えは、働く人びとを劣悪な労働条件へと導き、正規職に対しては、使用者側への限りない忠誠心や長時間労働(働きすぎ)が「自発的」に求められています。
これは、アカデミズム(大学や高等教育)の世界も同様で、いま、非常勤の教員・職員を大量に生み出しています。
その最先端を突き進んでいるのが関西にあるR大学で、雇用契約年数に上限を定め、3年から5年で、のきなみ解雇を通告するという「使い捨て」雇用をおこなっています。
恒常的な職務・業務であるにもかかわらず、有期雇用で使い勝手のよい、物が言えぬ状態に働く人びとを追い込むやり方は、はたして、教育や学問にたずさわる資格はあるのでしょうか。
ついにというべきか、必然的に、このような「不条理」が告発される事態にいたっています。
5月例会では、今回の告発の当事者であるゼネラルユニオンと、辛酸をなめさせられている多くの非常勤の教員・職員にお話をして頂きます。
また、フロアからは、正規職にある教職員からの発言も予定しています。
教育の場における雇用のあり方、大学や学校で働き続けることについて議論します。
ぜひ、ご参集ください。
ここの研究会の定例会には以前2度おじゃましました。ここは、非正規雇用に差別的ではない研究会です。また、質疑応答(意見やPRもOK)やお茶会も含めて、男女老若が活発に意見を交換するところです。定例会には誰でも参加できます。
ちなみにわたしは、当日、交通費が出る状況で、疲れて寝込んでいなければ行くでしょう。先の予定が立たないのは、非正規雇用のつらいところです。
点線以下、転載。
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■第81回研究会(5月)
『ある私立大学の雇用差別と労働強化
-使い捨てられる大学教職員-』
*と き:2006年5月27日(土) 午後1時30分~4時30分(1時開場)
*ところ :エルおおさか5階 視聴覚室 電話06-6942-0001
(地下鉄谷町線・京阪電鉄「天満橋」駅下車。徒歩5分。駅から西へ約300m)
エルおおさか(天満橋) http://mic.e-osaka.ne.jp/l-osaka/access.htm
*参加費:500円(当会の会員は参加費無料)
*報告者:
遠藤 礼子さん(立命館大学非常勤講師
/ゼネラルユニオン副委員長)
山原 克二さん(ゼネラルユニオン委員長)
*コメンテーター:
脇田 滋さん(龍谷大学法学部教授、労働法・社会保障・有期雇用問題)
雇用の流動化政策のもと、有期雇用化が止めどなく蔓延し、いまや働く人の3人に1人が有期雇用の働き方です。
とりわけ、均等待遇等制度の整っていないもとでの有期雇用=非正規職への置き換えは、働く人びとを劣悪な労働条件へと導き、正規職に対しては、使用者側への限りない忠誠心や長時間労働(働きすぎ)が「自発的」に求められています。
これは、アカデミズム(大学や高等教育)の世界も同様で、いま、非常勤の教員・職員を大量に生み出しています。
その最先端を突き進んでいるのが関西にあるR大学で、雇用契約年数に上限を定め、3年から5年で、のきなみ解雇を通告するという「使い捨て」雇用をおこなっています。
恒常的な職務・業務であるにもかかわらず、有期雇用で使い勝手のよい、物が言えぬ状態に働く人びとを追い込むやり方は、はたして、教育や学問にたずさわる資格はあるのでしょうか。
ついにというべきか、必然的に、このような「不条理」が告発される事態にいたっています。
5月例会では、今回の告発の当事者であるゼネラルユニオンと、辛酸をなめさせられている多くの非常勤の教員・職員にお話をして頂きます。
また、フロアからは、正規職にある教職員からの発言も予定しています。
教育の場における雇用のあり方、大学や学校で働き続けることについて議論します。
ぜひ、ご参集ください。
http://mayday2006.jugem.jp/
現在救援活動中です。
専門職や大学教員などでは、期限付き採用や非常勤講師と言う名の一年使い捨てがまかり通っています。フリーターというと20代
というイメージがありますが、30代40代の専門職がフリーターとして、生活も人生も苦しい、マンゾクな研究もできない という状態です。何とかしましょう!この状態
<メイデー>と<プレカリアート>というふたつの象徴をねらった弾圧事件ですね。今ふたたび、労働や失業を軸に人々が結集し声をあげるのを怖がり嫌がる勢力がいるという証拠です。小さくても同時期に似た趣旨の集まりをもったものとして、ひとごととは思えません。
とりあえず今は、抗議・応援のメールを送ることくらいしかできません。ほかにも問題は山積みで身動きがとりにくいです。だからといってなげやりにならずに、やってゆきましょう。
今どの職種にも不安定雇用の手がせまっています。当然受け取る権利のある給与・保障・居場所としての職場、社会的信用などを政策的に大方の人から奪う。そして「椅子取りゲーム」に敗れた人をやれニートだ、下流だと際物扱いしておとしめる。
私自身30代だし、40代のフリーターにも職場で出会います。本当に、何とかしないといけないです。
どうすればいいのかすぐに答えはないけれど、知恵を出しあい、できることをやっていきましょう。
この本では、「希望学が論じられる背景」「希望とは何か」「希望を持ちやすい性格」「希望と挫折・やりがい」「希望と友達の存在・家族の期待」「希望と恋愛」「希望と豊かさ」といった論点が、データと社会科学的視点から論じられます。
「希望学が論じられる背景」については、まず、社会的問題について考察する際の前提としての希望が揺らいでいることが示されます。
そして、現在、社会における希望の存在が揺らいでいることを、若者が感じ取っていることが論じられます。
「希望とは何か」については、「希望とはこのようなものである」といった絶対的定義をすることは困難であるが、実現可能性としての希望や、人間の社会的行動に影響を与えるものとしての希望といったように、希望についての類型化は可能であることが示されます。
そして、「偽物の希望」と「本物の希望」を峻別するために、その希望が何を目的として語られ、その希望をどのような方法で実現しようとしているのかを見極める視点を、事実に基づきながら構築することが希望学に求められることが論じられます。
「希望を持ちやすい性格」については、データを見る限り、好奇心はあるがいい加減にならない、希望を持って諦めることができる、その判断は自分の責任で行う、そんな人が希望を持ちやすいことが論じられます。
「希望と挫折・やりがい」については、挫折を経験することで自分の希望を修正し、自分の可能性や適性を生かした、やりがいのある仕事に就くためのマッチングをすることができることが論じられます。
「希望と友達の存在・家族の期待」については、まず、家族に期待されて成長することにより、好奇心やチャレンジ精神が強くなることが希望をもつことにつながっていることが示されます。
次に、友達からの承認によって、他の人とは違う自分という感覚をもつことが希望をもつことにつながっていることが述べられます。
そして、友人や家族に、自分の努力を評価されることが希望につながっていくことが論じられます。
「希望と恋愛」については、まず、恋愛についての希望を断念している人が多く存在する一方で、恋愛に希望をもつことが、仕事への希望につながっていることが示されます。
そして、学習や社会貢献、遊びといった、自分の世界を広げるための活動に希望をもつことが、恋愛への希望につながっていることが論じられます。
「希望と豊かさ」については、まず、データを見る限り、豊かさと希望に直接の関連性はないことが示されます。
次に、現在、貧しい人が社会的に孤立していることが、貧しい人が希望を持ちにくいことの一因になっている可能性があることが述べられます。
そして、希望を持ちにくい社会環境にある人たちが、どうすれば希望に到達できるかを、希望学では追い求めていくことが論じられます。
この本の優れている部分は、社会的な文脈で希望を捉えて、希望をもつことが困難な時代のなかで、それでも希望を持って生きていく方が良いことを示していることです。
私は、この本を読んで、人とのつながりを持って、希望のある生き方をしていきたいと考えました。
もちろん、希望をもつことが強制されてはいけないし、希望をもつことが直ちにその人の生活を良くする訳ではないでしょう。
しかし、社会的なプロセスを踏んで、自分の目的を実現していくためには、やはり希望を持ち、人間的なつながりを形成していくことが良いと思います。