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4歳で失った右目、校長の一言、小児がん…いじめ経験の女性は願う ”なぜ虐める? 自分がそうなって虐められてどう思うか?”

2022-07-10 18:38:38 | 社会
https://news.line.me/detail/oa-mainichi/04guzoevy1kw?mediadetail=1&utm_source=line&utm_medium=share&utm_campaign=none 2022年7月6日 09:36毎日新聞毎日新聞社
 「これからの子どもたちには、もっと適切に教育が受けられるような環境があるといい」。小児がん対策国民会議が5日、厚生労働省と文部科学省に小児がん患者の教育環境の改善を求める要望書を提出した。小児がんを経験した藤沢市の松岡琴乃さん(24)は自らの経験から、教育環境改善の重要性を訴える。【本橋由紀】

 松岡さんは1歳8カ月で両眼性の網膜芽細胞腫を発症、4歳で再発し、右目を摘出した。幼稚園から地元の公立小学校に進学する際、校長から「なぜ盲学校に行かないのか?」と言われるなど、配慮を欠く対応も受けた。

 教科書の拡大コピーなどは家族がボランティアに頼んだ。助けてくれる友人はいたが、「マイノリティーだと感じていた。じろじろ見られるのも嫌だった」と振り返る。

 2年生になると給食にごみを、筆箱にカマキリを入れられるなどいじめを受けた。「親や先生に言ったら負け」と考え、通い続けることが唯一の解決法だと耐えた。

 5年生の12月に右脚の骨肉腫の治療のため、東京・築地の国立がん研究センター中央病院に入院。そこには都立墨東特別支援学校のいるか分教室があった。「みんなががんで、自分と一緒。今までの世界観が変わった」と言う。信頼できる教員と出会い、教員になることが目標になった。

 かけがえのない居場所だったこの教室には、6年生の9月末まで在籍。その後地元の学校には戻らず、地域の盲学校を経て、中学から筑波大付属視覚特別支援学校に進学した。寮生活をしながら「自分で道を切りひらく力」「生活能力」「大学に進学する力」を身につけることができた。英国やドイツにも留学し、目標だった教員免許も取得した。現在は、社会経験を積んでから教員になろうと、フリーでユニバーサルデザインに関わるコンサルタントをしている。

 松岡さんは「学校生活では、地元校の無理解や一時退院中の教育、過保護気味のサポートなどがあり、いじめや疎外感もあった」と話し、早急な教育環境の改善を求めた。

感想
なぜ虐めるのでしょう?
自分がその病気になってもおかしくないのです。
そして自分が虐められたら、どう思うでしょうか?

学校の先生にも問題があります。
ただ、信頼できる教員がいて、その出逢いが彼女を支えました。

障碍者が暮らしやすい社会は健常者も暮らしやすい社会なのですが。
今は健常者も暮らしにくい社会になっているのかもしれません。

山上容疑者が正規の仕事に就いて、結婚もしていたら、母親の宗教団体の問題があっても、私恨を晴らすことはなかったでしょう。

社会がおかしくなっています。
おかしくなっているから、自分も死んで人を殺すなどの無差別殺害なども増えているように感じます。
今こそ、その社会を良くして行かないと、同じような問題が起きるのではないでしょうか?
警備を厳重にするだけでは解決しません。

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