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西洋美術関連ブログ 思索の断片
―Thoughts, Chiefly Vague

*兎の象徴性*

2014-02-14 12:55:53 | 番外編


Daniel Tammet氏は"Different ways of knowing"と題されたTEDトークのなかで、英国ロマン派の詩人キーツの「聖アグネス祭前夜」の一節を引用している。

「野兎は寒さに震え、凍て付く草地を進みゆく」
"The hare limp'd trembling through the frozen grass"
                    ('The Eve of St Agnes' 3)

詩人はなぜ"rabbit"ではなく"hare"を用いたのか。
共感覚」をもつとされるTammet氏の分析は興味深い。

言われてみれば確かに、"hare"という単語は、耳で聞く限り、無意識に同音異義語"hair"を連想させる。
主体の脆弱性がいや増し、モノトーンな情景描写に緊張感を与えているという指摘は一聴に値する。

繊細な言語感覚をもつ詩人キーツが遺した印象深い〈兎〉の描写。

西洋絵画の歴史において、この動物には伝統的に様々な象徴性が付与されてきた。
ちなみにこのページのトップに貼り付けた画像は、ドイツ・ルネサンスを代表する(銅版)画家デューラーの手による"Young Hare"である。

岡田温司氏監修の『「聖書」と「神話」の象徴図鑑』では、94頁から96頁にわたって、〈兎〉の伝統的な象徴性について解説されている。

まとめてしまえば、〈兎〉の象徴性は主に次の三つに大別される。

1. 多産、豊穣、好色(色欲)

・〈兎〉の繁殖力の強さに由来するもの。
・子孫繁栄の願いを込めて、祝婚用の絵画に描かれることも。
・美と愛の女神ヴィーナスの持物(アトリビュート)のひとつとされる。
・〈七つの大罪〉のひとつに数えられる〈淫欲〉とも結びつく。(参考:ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』p.56)

2. ダイアナの狩猟

・月と狩猟の女神ダイアナの持物(アトリビュート)のひとつが〈射止められた兎〉である。
・フランス・ロココを代表する画家ブーシェの《ダイアナの水浴》の画面右下には〈射止められた兎〉が描かれている。(下図参照)




3. 人間の臆病さ

・(とりわけ)中世において、〈兎〉に追われる騎士の図像は、人間の小心や臆病さの象徴であった。
・ゴシック期の教会のレリーフやステンド・グラスでは、〈剛毅〉の図像の対比として描かれることが多かったという。

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以下では、最初に挙げた「多産、豊穣、好色(色欲)」の象徴としての〈兎〉について、例を挙げながらみてゆきたい。

聖母マリアの足元に白いウサギが描かれていることがある。
これは、〈兎〉の象徴する「色欲」に、マリアの「純潔」が打ち勝つことを示している。

まず、ヴェネツィア派の代表格ティツィアーノの《兎の聖母マリア》をみてみよう。(下図参照)



次に挙げるのは、初期フランドルの画家ヤン・ファン・エイクの《宰相ロランの聖母》である。
よくみてみると、中央左の柱の下で、〈兎〉が押しつぶされている。(下図[部分]参照)



「色欲」を示す〈兎〉の例としては、以下の三点がわかりやすい。

・ルネサンス期の画家ピエロ・ディ・コジモの《マルス、ヴィーナス、キューピッド



・同じくルネサンス期の画家ピントゥリッキオによる《スザンナと長老たち



・ティツィアーノの《聖愛と俗愛



以前にこのブログでも取り上げた高階秀爾氏の『ミロのヴィーナスはなぜ傑作か?―ギリシャ・ローマの神話と美術』では、51頁から54頁にかけて、ティツィアーノの本作について解説されている。

二人のヴィーナス。
画面向かって左の着衣の女性が「俗愛」、右側の裸体の女性が「聖愛」を示す。

「俗愛」の背後には〈兎〉がみえる。
一方で「聖愛」の背後では、〈兎〉が猟犬に追い立てられている。

先ほど触れた、「色欲」を打ち負かす「純潔」を表す聖母マリアのヴァリエーションのひとつといってよいだろう。
もっとも、本作ではマリアではなくヴィーナスになっているが。

〈兎〉の象徴性について、少し気になったのでまとめておいた次第である。

なお、〈兎〉の象徴性の歴史については、宮下規久朗氏の『モチーフで読む美術史』(34~37頁)やWikipedia の"Rabbits and hares in art"の項目でも解説されている。

興味のある方は参照されたい。

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